第三十四話 『正しさを問う』
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《明様高校 体育祭スケジュール 後半》
『集合時間』 『開始時間』
9 一年 借り物競走 12:30 12:40
10 二年 棒倒し 13:00 13:10
11 一年 台風の目 13:25 13:40
12 三年 騎馬戦 13:35 14:00
【30分休憩】
13 三年 組体操 14:25 14:40
14 クラス対抗リレー 14:35 15:00
15 結果発表 15:30 15:35
16 閉会式 15:50
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「──は? 四組が五位?」
明様高校体育祭、後半開幕直前。
俺は昼休憩の間に掲示された結果に唖然としていた。
「残念だけど、本当のことみたいね……」
驚きを隠せないのは坂野も同じらしい。
当然だ。こんなの、誰がどう見ても唖然とせざるを得ない。
──二年四組が五位になるなんて誰が予想できるって言うんだよ。
「──っ」
俺は強く唇を噛んで、無理やり思考を冷静にする。
順位は上から一組、三組、八組、六組、四組、二組、七組、五組という結果だ。
俺は尾暮に言われた通り、可能な限り競技の妨害を行なってきた。
一つ目が障害物リレー。二年四組は失格となり、点数はゼロ。
二人三脚は十ペア中、六ペアを最下位にして合計点数は最下位になっているはずだ。
なのに、なんで五位なんだよ──。
「……東雲?」
理解できない現実に歯噛みしていると、東雲から電話がかかってきた。
「なんだ」
『あ! 繋がった!』
「メッセージでやり取りしろって言ったはずだが」
『ごめん、でも早く伝えたくて! 人のいないところで電話してるからそこは安心して!』
安心できないが、声色が焦っているため余程のことでかけてきたんだろう。
それは恐らく、俺が今唖然としている理由と同じはずだ。
「二年四組の点数のことか?」
『そう!』
やっぱりな。
『順位が高くてビックリしてさ、色々調べたんだ。そしたら四組──百メートルと二百メートルでほとんど二位以上だった……』
「──は?」
とてつもない結果を聞いて、俺は衝撃を受けた。
「二人三脚も、布がちぎれた六ペア以外の四ペアが一位か二位だけだったりとかで……」
「待て待て待て。それで妨害されてても、高い点数を獲得してるって言うのか?」
『……うん』
二年四組は、俺が思っていた以上に圧倒的な力を有していた。
しかし、俺はふと疑問を覚えた。
学校のクラス替えだ。
これは階級制度のない学校では、学力にしても運動力にしても偏りが出ないように組まれるようできている。
そこに他者をまとめられるリーダー的存在やピアノが弾ける生徒、リーダーでなくとも実行委員に立候補してくれる生徒を構成して、一つのクラスが完成する。
だから、今年の二年四組はおかしい。
百メートルは計二十五人、二百メートルは十五人がそれぞれ走る。東雲が言ったほとんどが二位以上というのは、明らかに運動力が偏りすぎている。
『……もう一つあるんだけどさ』
二年四組のクラス替えの異常な偏りについて考えていると、東雲は言いづらそうに話し始めた。
『二年四組がめっちゃ強いのが順位が高い理由だけど、その、二年五組がものすごく弱いのもあって……』
「二年五組?」
『ぶっちぎりで最下位。七組が130点なのに対して、五組は99点で……』
「百にすら届いてないのかよ」
二年四組の合計点数は185点。
一位の一組が265点
俺たち三位の二年八組が221点。
そう、僅差だ。
つまり、七位の七組から30点以上も差があり、かつ百点にすら届いていない五組は最弱。──圧倒的に弱すぎる。
まさに二年四組とは対局の存在と言っていい。
俺が妨害していなければ、二年一組の点数など軽々抜いて、ぶっちぎりで一位の座についていたはずだ。
だが、二年五組は妨害などされず、各競技において低い点数ばかりをとりまくっている。
「クソっ……」
脳裏に過るのは、二年四組を最下位にできない可能性。
二年四組の強さ、二年五組の弱さ。
二つが最悪な形で噛み合い、俺に課された取引が失敗になりかけている。
──戦いが敗北になりかけている。
「……考えるな。坂野、次の競技は?」
「棒倒しね。その後がクラス対抗リレー」
「終わりか?」
「……ええ」
二年の競技が後二つ?
クソっ……!
「棒倒しなんてどう妨害すればいい……」
明様高の棒倒しは、AコートとBコートに二クラスずつ分け、全クラスと当たるように男女別にローテーション形式で行い、二分間の間にどちらが先に棒を倒すかを競い合うルールだ。
勝利数の多いクラスから、順位づけがされるようになっている。
俺たち八組と四組が当たり、俺が何かしらの方法で妨害して勝利したとしても、四組に敗北点がつくのは一回だけ。
前半戦の結果から察するに、二年四組は六連勝すら成し遂げる可能性は高い。
「だとしても、諦める選択肢はない。──俺の過去がかかってる」
尾暮雷から出された取引、俺の七年前の過去を拡めない代わりに二年四組を最下位にしろというモノ。
理不尽で、不利益しかない、取引に見せかけた戦い。
たとえ、後に自分の評判がさらに落ちることになろうと、俺の過去さえ知られなければそれでいい。
「東雲」
『なに?』
「二年四組と当たったら徹底的に叩き潰せ。生徒もろともな」
『生徒、もろとも……』
最後に言った言葉を小さく反芻した東雲。
棒倒しの妨害は不可能に近い。なら、周囲に悟られる事なく戦力をダウンさせる以外にない。
それも、試合中に。
「お前は六組だったな」
『え、うん』
「お前なら、一人で十分戦力になる。周りの奴らも動かせる。うまく立ち回って相手を疲弊させろ」
『あぁ! なるほど! それなら任せてくれ!』
さっきの反応と今の反応を聞くに、東雲は他者を傷つけることを嫌厭していたようだ。
他者を傷つけるのが嫌なら、東雲は正攻法で二年四組の奴らを疲弊させてくれればいい。
──代わりに俺が危害を加える。
「失敗するな」
『オーケー!』
最後にそう言って、東雲は電話を切った。
俺は一度深呼吸をして、意識を切り替える。
時間のない中、出せる手札は少なくても最善策を引き寄せなくてはならない。
だが、どれだけ厳しい状況下に置かれていても、今回の二年四組の妨害を完遂する。
「棒倒しまで、少し休んだら?」
「大して疲れてない。それより、二年四組との棒倒しで相手の戦力をどうダウンさせるか考える」
「……まったく、智音も大変ね。いいわ、さっさと考えて片付けようじゃない」
と、坂野は堂々と言いきった。
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──時刻は十三時十分を回り、二年の棒倒しが始まろうとしていた。
くじ引きで組分けが決まり、最初は肝心の四組と最弱の五組。
早速勝ち星を四組に与えることとなった。
もう片方は、一組対六組。
どうせ五組は敗北確定のため、俺たちは東雲のいる六組を観戦することにした。
「これより、棒倒しを始める。よーい、スタート!」
陸上部顧問の藤堂の合図で、AとB両コートの棒倒しが始まった。
まずは男からだ。
先に攻撃を仕掛けたのは一組だ。
前方に七人が走り、棒目掛けて真っ直ぐに走っている。
対して五組。
棒に十人がしがみつき、その少し前に二人。東雲だが、前衛でもう二人の生徒と共に立っている。
「三人なら余裕!」
五組の棒に向かってきていた一組の七人のうちの一人が、余裕を大声で言い放つ。
すると、東雲は笑った。
「名井口! 青戸!」
「「おう!」」
東雲が合図した直後、合図を受けた東雲と共にいた二人の生徒が七人中四人を足止めした。
両手を広げ、全身を押しつける形で左右からも逃れられないようにしている。
「ちょっと、嘘でしょ。一人で倒す気?」
チラと隣を見れば、坂野が有り得ないものでも見たような顔をしている。
それも無理ない。――東雲はたった一人で敵陣に突っ込んでいったのだ。
「いや無茶だろ」
「無理無理」
「いくら東雲でもねぇ……」
周囲からは、無謀を嘲笑う声が聞こえてくる。
一組の陣地に近づくにつれ、その声は大きくなっていった。
「どいつもこいつも、東雲を甘く見すぎてる」
俺は周囲の奴らと違って、東雲の行動が無謀だとは思っていない。
俺が東雲を利用しているのは、校内の情報収集役だけではない。
本来の利用理由は、暴力除けだ。
俺は知ってる。
東雲幸宏が、複数人の不良に囲まれた時もあっさり対処していたのを。
「よっ、と!」
一組の最初の防衛に東雲はたどり着き、五人の間を軽やかに交わしてさらに奥へ進んでいった。
「マジ!?」
次に中衛、攻撃に七人使っているため人数は三人しかいない。走る勢いの衰えていない東雲は、中衛三人の頭上を高く飛び越えて既に一組の棒は目前だ。
無謀を嘲笑った生徒は、驚きを声に出している。
棒の目の前に立った東雲は、一度背後へ振り返った。
通り抜けていった東雲を追いかけてきている一組の防衛。しかし、東雲が見ているのはその奥。
自分のクラスである六組を見ている。
六組は最初に攻撃を仕掛けてきた一組の七人のうち、四人を足止めしているため、残り三人から防御すれば済む。
トドメを刺す前に、自身のクラスの安全確認を東雲はしたのだ。
「後で謝るから、許して、な!」
棒にしがみついている残り四人の一組の生徒。
東雲は謝罪をしてから、両足の靴を脱ぎ捨て、しがみついていた一人の男子生徒の頭を踏み台に棒の上へと登った。
「あたぁ!?」
身の軽い動きで東雲は棒の先端へ。
それから、棒の先端を両手で掴みながら、
「倒れろぉぉぉ!!」
両足で力強く棒の先端を蹴った。
直後、棒はグラっと斜めに傾く。東雲は傾いたと同時に僅かに位置を移動して、体重をかけた。
「決めろ東雲!」
「シノくんがんば!」
「やったれぇ!」
六組からの声援を受けて、東雲は「だぁぁ!」と声を上げた。
そして──、
「……ぇ、やば」
誰かがそう声を漏らした。
東雲はたった一人で、十数人の一組の生徒を突破して棒を倒した。
これで、二年六組の勝利だ。
「「「うおおお!!!」」」
凄まじい大歓声の中、隣のコートを見ればとっくに勝敗は決して観戦に入っていた。五組の生徒の顔が浮かばないのを見れば、四組が勝利したと一瞬でわかる。
その後も、二年の棒倒しは白熱した戦いが繰り広げられていた。
だが、俺は真逆に冷え切っていた。
──六組も八組も、四組と当たらないからだ。
四組は現状、男女共に無敗。六組は女が一度敗北したが、男は東雲の貢献により無敗。
後四組が当たっていないのは、六組、八組、二組だけ。
「……詰んだな」
四組の棒倒しの順位は、三位以内に確定した。
五組はここまでで男が一勝した程度で、女は全敗。男もその一回以降敗北し続けている。
もはや、詰んだとしか言いようがない。
次の組分けでも四組とは当たらず、八組が五組と、二組が四組とという組分けになった。
因みに八組の結果だが、男が二勝二敗。女が三勝一敗とまずまずだ。
「……クソっ」
組分けはランダム。完全に運だ。
どうしようもないことだが、自分の引きの悪さを呪う。
敗北が確定している以上、参加する意味はない。
俺は座って観戦する。
「――――」
結果は、八組があっさり五組に勝利した。
隣のコートも、四組が二組を圧倒して勝利に終わった。
そしてようやく、八組と四組が当たった。
今更遅いため、終わるまで座りながら待つ。
「――――」
男は四組に圧倒され、完敗した。
隣では一組対七組が行われているが、こちらは接戦だ。
八組と四組は先に女へ入れ替わり、藤堂の合図と同時に競技が始まった。
四組は攻撃に徹して前方へ。
八組は全く動かず、防御に徹している。
「止めるわよ!」
防御に徹することが敗北に繋がることを考え、坂野が近くにいた五人に声をかけた。
中には石母田もいて、八組の陣地に向かってきていた四組の十人を足止めしようと、坂野たちは走り出した。
「――あ?」
坂野たちが四組の女生徒十人の前へたどり着いた、瞬間。
石母田が盛大に前へ転んだ。
「智音!」
坂野は競技よりも石母田を優先。すぐに駆け寄った。
今のは本当にただ転んだだけか?
いや、
「……石母田さん」
「みんな! 一気に攻めるよ!」
──転ばされたのか。
八組の坂野と石母田と共に前へ走っていった女生徒は、石母田を心配そうな目で見ている。
しかし、四組の攻撃してきた女生徒たちは意に解す事なく競技を続行。
俺が石母田が転んだ時に不自然に感じたのは、石母田の前に立っていた四組の女生徒のうちの一人が強引に突っ切ろうとしていたからだ。
石母田は相手の動きを読んで、うまく前後左右に体を動かしていた。そのため、相手は突破が難しかった。
普通に競技的にと考えたいが、相手は四組、石母田は俺と深く関わっているのを踏まえると、意図的に転ばせたとも考えられる。
「――――」
ひとまず俺は、コートから出ていった坂野と石母田の下に行くことにした。
「おい」
「新崎くん……?」
「あんたも心配で来たのね」
「違う。なんで転んだか気になっただけだ」
俺と石母田は、石母田の母親が俺と関わることを禁止しているせいで、こうして対話するのも教室以外ではできていなかった。
と言っても、大した会話は元からしていないため別に問題ないが。
「石母田、なんで転んだ?」
「えっと……前の子を行かせないようにしてたら、足が地面から離れてて、それで……」
「やっぱり転ばされたのか。クソ面倒な奴らだ」
俺は背後へ振り返り、棒倒しの競技へ視線を向けた。
未だ続く棒倒しは、もう終盤に差し掛かっている。
結局俺の策は、運に見放されたことで実行不可となった。
相変わらず、四組は圧倒的な強さで無敗のまま。
「坂野、お前は戻れ。石母田は俺が保健室に連れて行く」
「え? あんた、取引はどうするのよ?」
「──諦める」
俺の発言に、坂野は目を見開き、石母田は何の話かわからない様子でいた。
諦める選択肢などないと思っていた。しかし、棒倒しで二年四組が一位しか取っていない上に、二年五組のとてつもない弱さを考えれば諦める以外にない。
仮にクラス対抗リレーを失格にできたとしても、最終順位は二年五組の点数の低さの方が上で二年四組は六位以上に収まる。
現実を見て、正しい選択をする。
「新崎が諦めるって決めたのなら、あたしはとめないわ。智音のこと、よろしくね」
「保健室に連れて行くだけだ」
坂野は八組の応援席に戻り、俺と石母田は保健室へ向かった。
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「新崎くんたちが来る時は、いつも何かしらありますね……」
と、保健室に来た俺たちに甘村がそう言った。
甘村と石母田、両者に一連の話を伝えた。
俺の七年前の過去を拡めない代わりに、二年四組を体育祭で最下位にしろ、という釣り合わない取引。
結果はもう見えてる。
俺は過去を拡められ、妨害の件についても拡められる。
最悪の結末だ。
「ありがとうございます、甘村先生」
「いえいえ! いつでも来てくださいね! 新崎君も、気をつけて」
「――――」
何を言っていいかわからなかったのか、甘村は最後にそう言った。
俺と石母田は保健室を出て、この後の話をするべく東棟一階の密談室へ行くことにした。
「……また、新崎くんのこと……」
「どうにかする。必要ならお前にも話すつもりだ」
「……うん」
気休め程度の言葉だ。
どうにかする、とは言ったが何も思いついていない。何をすればいいか、見失った状態にある。
俺はこの状況をどうすれば──、
「──約束、破ったようね」
俺と石母田しかいない廊下に、低い女声が響きわたった。
聞き覚えのある声。隣に立つ石母田の震えている姿を見れば、概ね誰が背後に立っているか予想がつく。
臆することなく、俺は背後へ振り返った。
「何の用だよ。──石母田の母親が俺に」
「相変わらず、目上に対する口の利き方がなってないわね。暴力魔」
石母田智音の母親が、俺たちを見下しながら立っていた。




