第三十一話 『忍び寄る悪意』
季節は過ぎ、外で煩い蝉の音が聞こえなくなり始めた今日。
気温も下がり生い茂っていた木々の葉も散り始めていた。
「────」
生徒会の二人との邂逅から約一ヶ月。
あの後、俺たちは無事に目的の東棟一階の空き教室を一つ得た。俺と関わる人間の人数も増えて、そろそろバレる頃合いだったし丁度良かった。
生徒会に関してだが、あの接触以降俺に関わってくることはなかった。
俺たちが東棟一階を密談の場として利用していたことも、拡められてはいなかった。
「おい」
「はぃい!」
「小比類いるか?」
「え? あ、あぁ、小比類さん! わかりましたー!」
現在俺は、小比類の教室である一年四組の前に来ている。教室の扉掃除をしていた同クラスの男子生徒に声をかけ、俺は小比類を呼んだ。
この男子生徒は俺の顔を見るなり飛び跳ねるように怯えていたが、理由は簡単だ。
小比類恵那のいじめ問題を解決するということは、俺の存在を隠すのは難しくなる。
別に隠す必要もなかったので問題解決以降、俺は堂々と小比類の教室へ赴いていた。
と、数秒で小比類はさっきの男子生徒に声をかけられて俺の下に来た。
「あ、こんにちは! 新崎先輩!」
「ああ。今日は何もなかったか?」
「はい、特には。……あの」
「?」
「……いつも、ありがとうございます」
明るくこちらへ駆け寄ってきた小比類。
しかし、俺にお礼を言う際に途端に表情を暗くした。
「そうやって弱さを見せるのは俺たちだけしかいない場にしろ」
「は、はい……あ! すみません先輩!」
人間、早々根っこの部分は変わらないと言うが小比類はまさにそうだ。こいつは内側の傷の数があまりにも多すぎる。
半ば性格を強制するようなやり方だが、弱いままよりかはマシだ。それが辛いなら石母田にでも相談すれば緩和されるはずだ。
好きなだけ相談すればいい。
「新崎先輩!」
「あ?」
「明日の体育祭、頑張ってください……!」
「興味ない」
一ヶ月間様子を見てきたが、この調子なら問題なさそうだな。
にしても体育祭か。
このクソな日々が始まってから、もうそんなに経つのか。
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東棟一階。空き教室──改め『密談室』にて。
「つっかれたー!」
俺、東雲、坂野は生徒会から利用許可を貰った空き教室を『密談室』と称して正式に利用していた。
一ヶ月間利用していたが、校内に新崎逸釆たちが利用していたと言う話は出ていない。このままバレずに利用できればいいが時間の問題だろう。
許可は取ってあるし、何か問題があれば生徒会に対処させればいい。
「体育祭の練習、なんであんなに辛いのよ……」
俺はサボってたがここ数日間、二時間連続で体育祭の競技練習をさせられていた。
何回も徒競走をやらせ、授業の初めと終わりに必ずリレーをさせる。頭の硬い体育教師が、陸上部と大差ない練習をさせているのを見てると馬鹿らしくなってくる。いや、馬鹿だ。
「やる気ない奴だらけの中よくあそこまで本気で取り組む気になるな」
「それ、サボってたあんたが言うこと......?」
「ったくほんとだよ逸釆……。そういえばさ」
「なによ」
「……今日も石母田さん、来なかったよね」
「……そうね」
石母田智音。
東雲と坂野同様、俺の事情を知る存在。
正確には一番最初に俺の真実を知った存在だ。
何故、あいつが来ていないのか。
そもそも、石母田は密談室に事態、空き教室利用開始日以来、一度も来ていない。
何も俺たちと関わりたくなくて、来ていないわけではない。
私情ではなく、他者に縛られ来ていないのだ。
それも、最も身近な存在。──石母田の母親。
「んー」
「なんだよ」
「こういう時、あんたがどうにかできる策を考えつくんじゃないかと思って」
「俺は万能じゃない。それに、たとえ策が思いついてたとしても確実に問題を解決できる保証はない」
どうにか、なんて希望を俺に望まれても迷惑だ。
俺はただの一般人。これまでの事件解決だって、多少頭が回って、偶然解決できただけであって事件解決した自分が凄いなどと微塵も思ったことはない。
だが、石母田を母親の縛りから解放できないか、考えてはいる。
しかし、今回の問題の解決は正直難しい。
連続傷害事件や偽装誘拐なら、証拠をかき集めて一つの答えを手繰り寄せるやり方でよかった。
小比類恵那のいじめとDV問題は、最初から明確な行動と証拠が存在していたため、解決するための方策だってすぐに考えついた。
しかし、今回の石母田の件はそうじゃない。
縛っていると言っても暴力を振るっているわけじゃない。
無理やり娘に言うことを聞かせているという情報を拡散したとしても、まず俺の信頼度じゃ不可能な上に『家庭内ルール』と言われれば、厳しい家だと判断されるだけで終わる。
「――――」
詰んでるとは言わない。だが、詰んでいる状況に近いことに変わりはない。
明日からは面倒な体育祭だ。
誰かが俺に攻撃を仕掛けてくるには絶好の機会だろう。その可能性も考えなければならない。
もし、攻撃を仕掛けられれば石母田と東雲の二人を利用することができないため、俺と坂野で対処するしかない。
「あんなの可哀想だよ、石母田さん……」
「親子問題だ。小比類の時みたいにDVがあるならまだしも、家庭が異常に厳しいだけだとしか第三者からはとられない。俺たちがどうこうできる話じゃない」
「……そう、だけどさ」
東雲は机に置いていた手を拳に変え、やるせなさを拳に力を入れて出している。
俺が親に真実を伝えても信用してもらえないように、石母田もまた母親と分かり合えていない。
あいつの家のリビングに置いてあった父親と二人の写真から何年も縛られていたことが伺える。
東雲にも言ったが、これは親子の問題だ。
第三者が口出しできるものではない。
でも──何もできないわけじゃない。
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「で? 逸釆君たちがどこの教室を使ってるかわかった?」
紅茶を啜りながら、艶のある微笑みを浮かべながら少年は対面に立つ女生徒に声をかけた。
「バッチし! 東棟あるじゃん? あそこの一階の空き教室を使ってるみたい」
「へー、東棟一階……。確かに、あそこなら密談にはもってこいの場所だね。流石逸釆君、考えたね」
明様高校の暴力魔、新崎逸釆。
彼が事件などの話をする際、校内のどこを利用していたのか少年は気になっていた。校内だから探すのは簡単と思っていたが、思いの外時間がかかってしまった。
しかし、ようやく新崎逸釆が密談の場として利用している場所を見つけた。
それも、可愛い『女の子』のお陰で。
「ありがとう、千早ちゃん」
金髪の少年は、顔に笑みを残したまま対面に立つ女生徒の目の前へ。
互いの息がかかるくらいの距離に近づき、少年はそっと女生徒の──赤江千早の髪に触れる。
その行動に、赤江は頬を赤くして唇をきゅっと結んで嬉しさを堪えている。
「……あー、俺たちもいんだけど」
「はうあ!?」
「ごめんよ雷。ついね」
二人の様子を呆れた様子で眺めていた目つきの悪い男生徒──尾暮雷は、この場にいるむず痒さを感じて声をかけた。
尾暮の声に笑みを残したまま謝罪する金髪の少年。
対して、同じく尾暮に声をかけられた赤江は顔を真っ赤にして俯いている。
「相変わらずだよ。お前は」
「昔も今も同じで変わらないのが僕の取り柄だからね。変わらないことこそが、自分という存在を大事にしている証拠でもあるし」
金髪の少年は、変わらないことが自分を大事にする一番の方法だと考えている。
だから、尾暮のことを唯一敬称をを付けずに呼んでいるのだ。古い幼馴染だから。
「さて、そっちはどうだった? 例の人とは無事会えた? ひまりちゃん」
「うん、大丈夫……頼まれたこと、ちゃんとやってきた」
小さく口を緩めて応じたのは、黄緑色の髪の少女──海津ひまりだ。
彼女もまた赤江や尾暮同様に金髪の少年を慕っている一人だ。
「いいね。千早ちゃんもひまりちゃんもいつもありがとう。と、最後に雷だね」
「何をすれば?」
「君には逸釆君に接触してひまりちゃんが得た情報を脅しに使って彼に無理難題を出してほしい。そうだね。例えば『四組を体育祭で最下位にする』とかね」
「それもらい。例えが良すぎる」
「例えでも最適解を出すのが僕さ」
翌日から開催される明様高校体育祭。
この日を、金髪の少年は待ち侘びていた。
何故なら――、
「この日が、僕にとって始まりの日だからね」
いつまでも、二番煎じとは言わせない。思わせない。
この体育祭の日が、金髪の少年――夜叉甬马の始まりの日となる。
新崎逸釆も三芳芽亜も一番から引きずり下ろして、自分こそが明様高校の一番であると知らしめる。
「さぁ、始めようか。──この僕が一番になるための道行を、ね」




