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第二十七話 『いじめ』




 坂野柚葉からの全面協力の話を承諾してからニ日。


 俺は、石母田、東雲、坂野を東棟一階に集まるように指示した。

 俺が地に落とされてからの詳しい事情を、坂野は知らない。そのことを坂野に対して話すためだ。


「では、また明日」


 半田の挨拶と同時にチャイムが鳴り、長い一日が終了した。


「それじゃあ、東棟……」


「どうした?」


「えっと、お母さんから連絡が来てて……」


 石母田は一瞬だけ席を立ち、スマホの画面を見てからまた席に座った。

 何事か聞いてみれば、母親からの連絡らしい。

 その表情は、何故かとても暗い。


「……ごめんなさい。お母さんに、今日は帰って勉強しなさいって……」


「そうか」


 石母田は俺に体を向けて、深く頭を下げてから足早に教室を出て行った。


「うーわ」

「またなんかやったのかよ」

「変わんねーなあいつ」


 クソっ、何でもかんでも悪い方向に考えやがって。

 にしても、母親からの連絡か。今まで無かった気がするが。


 考えてみれば、俺と石母田が関わり始めてから石母田の母親からの連絡など一度もなかった。

 俺の知らない内に連絡が来ていたなら話しは別だが、そうでなければ今日が初めて。


「……視線もウザいし、そろそろ行くか」


 石母田が俺に頭を下げてから駆け足で去って行ったことで、またしても俺が何かしたと思われ、教室内にいる全員が悪人を見る目をしていた。――否、


「――さっさと行くわよ」


 全員ではない。一人、そうたった一人だけ、他の奴らとは違う目をしていた。

 疑問符の浮かぶ二年八組の視線に臆することなく、堂々と自分自身という存在を貫いている女――坂野柚葉だ。


「……お前、本当にやるのかよ」


「当然じゃない。一度やるって決めたらやめたりしないわ」


「そうかよ」


 ……こいつ、もし自分が間違った時どうなるんだよ。


 あまりの信念の強さに、俺は呆れていた。

 もしもの話だが、自分自身を信じすぎるあまり、間違った時に折れかねない。

 まぁ、坂野はその辺のことも考えて行動しているんだろう。気にするだけ無駄だ。


「……はぁ」


 石母田が行けなくなった今、俺と坂野二人で東棟一階へ向かうことになる。

 石母田がいれば、何かしら理由のつけようがあるものの二人きりとなれば話は別だ。言い訳のしようがない。


 これで正真正銘――坂野柚葉は俺と何かしらの関係にあるとバレたと見ていいだろう。

 学級委員で且つ女だ。東雲よりも情報網は広かったはずだが、今の行動で確実に狭まった。


「行くぞ」


「ちょ、待ちなさいよ!」


 ひとまず、東雲と合流だ。

 諸々の話は、東棟一階に着いてからでも問題ない。


「ねぇ、石母田さんはどうしたの? 帰った?」


「母親から今日は勉強しろって言われたらしい」


「そう、残念ね」


「何が?」


「今日で一気に距離を縮めようと思ってたから。あたし、石母田さんみたいな友達少ないのよ」


 だろうな。そもそもお前みたいな人種は、石母田みたいな物静かな人間なんか意に介さないだろ。


「一つ聞いてもいいかしら?」


「あ?」


「石母田さんからはいつ声をかけられたの?」


「―――っ」


 坂野の問いかけに、俺は思わず足を止めていた。


 俺と石母田が歪な関係になった理由。

 東雲や甘村でさえ、詳しい事情を聞こうとしなかった。


 目的地である東棟一階まで残り数段。

 このままシカトして降りることもできるが、なんとなく、俺は留まって質問に対する返答をすることにした。


「具体的な日にちは覚えてないが、停学明けすぐから俺の倒された机直したり、俺が配られなかったプリントを自分の分渡してきたり。あいつは、声をかけてくる前から、ある程度目に見える形で行動してた」


「――――」


「停学明け三週間が経過して、俺は半田に呼び出されてた。帰りは土砂降りだったんだが、石母田は一人で待ってた。あいつが俺に助けさせてっていってきたのは、そん時だ」


 誰よりも早く、俺のために行動してた。

 でも未だに、何故俺をそこまでして助けようとするのかが、わからない。

 悪い理由でないことには、違いないだろうが。


「そう、だったのね」


「話は終わりだ」


「――新崎は石母田さんのこと、どう思ってるの?」


「は?」


 今更意味不明な質問してくんなよ。


「どうもこうもない。多少信用できる、それだけだ」


「そんなはずないわ。これだけ長く石母田さんといるのには、特別な理由があるからよ。新崎は石母田さんに最初に声をかけられた時、内心じゃ感謝の一つくらいしたんじゃないの?」


「俺は――」



「――死ね! このブス女!」



「「!?」」


 坂野への返答をしようとした寸前、汚い声が鼓膜を叩いた。

 しかも、その声は――女だ。


「お前みたいなブス、いなくなればいいのに!」


「……や、ぃ、ゃ……」


「聞こえないって言ってんの!」


 人のいないはずの東棟一階の廊下に、罵声が響きわたる。


「行ってくるわ」


「おい」


「なによ。いじめられてる子を放っておくっていうわけ?」


「面倒事を増やしたくないだけだ。お前は知らないかもしれないが、何かしら不祥事が起こると俺に結びつけられる可能性が高いんだよ。連続傷害事件の時がそうだった」


「あたしも一緒に責任を負うわ。眼前で、苦しんでる子を見捨てる選択肢はない」


「―――っ」


 ……少しは人の話を聞けよ。


 自分の意思が強すぎるあまりに、俺の言ったことを全て無視していじめられている人間を坂野は助けに行った。


「何やってんのよ」


「――! 誰!? 」


「あんたたちの先輩。もう一度聞くわ。何やってんのって聞いてるの」


「年上なんかに関係ないでしょ‼︎」


 相手が一年かはわからなかったが、二、三年に知り合いの多い坂野は一発で一年だと当てた。

 人数は四人。

 三人の女生徒が一人の女生徒を囲んでいる形だ。

 その一人の女生徒は蹲り、肩を震わせて酷く怯えている。


「――調子に乗らないで」


「ひ」


 すると、坂野の表情が急激に憎悪に染まる。そして、いじめていた側の女生徒一人の右肩を強く掴んで壁に押し付けた。


「関係ない? あんたがその子をいじめてる時点であたしには関係大アリよ。それに、先輩に対して敬語も使えないなんて終わってるとしか言いようがないわね」


「……ぁ……」


「いい? 忠告してあげる。次あたしがいる前であんたたちが誰かをいじめてたりしたら――タダじゃ済まさないわよ……!」


「ひぃ!」


 坂野の言葉を受けて、壁に押し付けられていた女生徒は先程までの他者を嘲るような表情ではなく恐怖へと変化した。

 それは、一緒にいじめていた残り二人の女生徒も同じだ。

 いじめを行なっていた三人の女生徒は、逃げるように走り去っていった。

 その背を見届けてから、俺は坂野の下に行く。


「……お前、脅してどうすんだよ」


「他に方法が思いつかなかったんだから仕方ないじゃない」


「後で面倒被るのはお前だからな」


 他人を脅したなんて話が広まってみろ。

 周囲の奴らは脅した人間を悪人だとしか思わなくなるぞ。

 まぁ、今は後回しだ。


 俺は視線を左下へ向ける。

 視線の先には、今も肩と唇を震わせ、涙を流しながら蹲っている女生徒がいる。

 いじめられていた、女生徒だ。


「おい」


「………ごめんなさいごめんなさいごめんなさい………」


「俺は何もしない。だから、話を聞け」


「…………ぇ?」


 俺がそう言うと、蹲っていた女生徒は恐る恐る顔を上げた。


「あなた名前は?」


「……ぅ……こひ、るい……」


「こひるい?」


「……小比類、恵那……です……」


 蹲ってまっていた女生徒――小比類恵那は、潤んだ瞳で俺と坂野の顔を見ている。


 さて、問題はこいつをどうするかだ。

 このまま放置しておくのは、坂野の目があるからまず選択肢としてない。逆に深く関わるのも面倒だ。


「とりあえず、話だけは聞いてやる」


「意外と優しい一面があるのね」


「違う」


 ニマニマと俺の顔を覗き込んでくる坂野がウザいが、ひとまずこの場においては最善の判断だろう。


 小比類恵那が何故いじめを受けているのかを知り、面倒事にならずに済むならいじめの解決も選択肢としてある。

 まぁ、いじめの解決が面倒事にならずに解決なんて不可能だろうが。


 俺の言葉を受け、小比類は小さく頷くと俯きながら話し始めた。


「……わたし、元々は学級委員だったん、です……」


「そうなの?」


「……はい。……小学校と中学校の時、端っこにいるだけで、なにもしていなかったので……」


 小比類はぽつぽつと話を続けた。


「で、なんでいじめに発展した?」


「……さっき、の……志帆ちゃんの好きな人に、告白されて……」


「それはいつのことなの?」


「五月の初めくらい、だったと思います……」


 五月の初めか。

 元々根が強くない性格だったようだし、些細な嫌がらせで相当傷ついたみたいだな。なら、ここまで沈んでるのも納得がいく。


 ――いや待て。何かおかしい。


 小比類との会話の中で、俺は一つ違和感を覚えた。

 だがその違和感の正体は、すぐにわかった。


「――小比類、お前俺のこと知ってるか?」


 そう、俺と小比類が普通に会話していること自体がおかしかった。

 俺は明様校内で学年問わず、同学年の女生徒に暴力を振るった悪人として扱われている。

 実際、半田のパシリで一、三年の校舎に行った時に「クズ野郎」などと言われた。


 学年問わず。なら、小比類が『新崎逸釆』が悪人だという話を知らないはずがない。


「……知ら、ないです」


「そうよ。学年が違うんだから知ってるわけないじゃない」


「いや、俺は学年問わず悪人扱いされてんだよ。一、三年の校舎に行った時、ウザいレベルで聞こえるようにクズ呼ばわりされた」


「……ごめん」


 坂野が小声で謝ってきたが、俺がクズ呼ばわりされてるのは今に始まった話じゃないため今はどうでもいい。


 とにかく、小比類が俺を知らないならそれでいい。もし俺を知ってたら、今すぐこの場から逃げ出すか、あるいは会話になど一切応じようとはしなかったはずだからな。


「お前、不登校だったりするか?」


「……五月の、二週目くらいから、休みがち……です」


 俺が停学になったのは、四月二十一日から五月二十一日までの一ヶ月。

 いくら事件とはいえ、継続的に俺に関する話題が上がるわけじゃない。

 加えて、部活などに入っていない、あるいは上の学年に兄弟がいないのであれば俺の話など知る由もない。


「――遅れてごめん! って、その子は?」


 東棟一階の廊下に威勢の良い声が響き渡った。

 声の方へ視線を移すと、東雲が立っていた。


「……ゃ……」


「こいつは俺の、あー、利用してる奴だ」


「そこは仲間とかでよくない!?」


「黙れ。怖がる必要はない、小比類」


 再び怯えた表情へと変わった小比類に、敵ではないと伝えるためにそう言った。


「ずっと床に座ってると汚れるわよ」


 坂野は小比類の背中と肩を支えて、床からゆっくりと立ち上がらせ――、


「この傷……」


 目を見開いて小さく声をこぼしたのは坂野だ。


 蹲っていて、且つ上からだったため気づけなかったが小比類の首と手に痣があった。


「この傷、どうしたんだ? さっきのクズ女か?」


「……違い、ます……」


 違う? じゃあ誰が――、


「――お父さんに、叩かれたり首を絞められたりして、できた痣……です」




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