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第二十四話 『温もりに触れて』




 ──八月三十一日、午後十九時。


 俺は上下青の衣服を着用して、ネットニュースを見ながら三人の人間を待っていた。


「なんで俺が一番最初なんだよ……」


 そう、時間きっかりに指定された場所に来たが、誰一人として他のメンバーは来ていなかった。

 指定された場所は荒川の土手、指定時刻は現在の十九時だ。


「誘っておいて遅刻してくるってどういうことだよ」


 呆れながら俺は呟く。


 群馬自然体験の家で起こった、菖蒲悠晴による『偽装誘拐』の一件から半月以上が経過した。

 問題を起こした第一人者である菖蒲悠晴は、北青透高校の教師によると、半年の停学処分となったそうだ。明様高と違って、向こうの学校はしっかりしている。

 誘拐されたことになっていた菖蒲航河は、何も知らされていなかったようで、学校側からは兄の言葉を全て信じるなと軽い注意がされた程度で済んだらしい。


 そして、俺と同じ明様校に通う一つ上の学年の菖蒲圭馬は「弟が勝手にやった」の一点張りで真実を話さなかった。

 明様高の生徒指導室に菖蒲圭馬を呼び出した形で、俺たちもその場に居合わせたのだが、俺の顔を何度も睨みつけてきた。


 菖蒲圭馬もまた、俺が三芳芽亜に暴行を振るったと信じ切っているのだろう。

 実に憎たらしい話だ。


「──お待たせ」


 と、俺が不愉快な記憶を思い出していると、横から柔らかな声が聞こえてきた。

 振り向くと、白黒の世界に、一つの『色』が鮮やかに映る。

 長い茶髪を頭の上の方で纏め、衣服はいつもの服装とは違う花柄の赤い浴衣に身を包んでいる。


 俺の視界で『色』が認識できる存在はただ一人――石母田智音だ。


「誘っておいて遅れるってどういつもりだよ……」


「……ごめんなさい。準備に手間取っちゃって……」


「──すみません! 車が渋滞していて!」


 石母田の背後から新たに慌ただしい女声が耳朶を打った。こちらは半袖に、長ズボンでポニーテールの女、明様高校保健教師、甘村茉林だ。


「やっぱり最終日ということもあってなのでしょうか。とにかくすみません、新崎君!」


「いや、もういい。ん? 東雲はどうした?i


「あ、東雲くんなら新崎くんのところに来る途中の屋台でミニカステラ買ってたよ」


「あいつ……!」


 少しは遅刻してる自覚しろよ。


「いやぁ、ごめんごめん。はむ……」


「食ってんじゃねぇよ」


 言って側から、東雲は悪びれる気ゼロでミニカステラを頬張りながら俺たちのところに来た。

 苛立ちを通り越して、呆れざるを得ない。


 俺はスマホを取り出して、現在の時刻を確認した。現時刻は十九時十五分。花火の開始は十九時半からなので、ある程度時間がある。

 余りの時間をどう過ごすかだが――、


「あ、型抜きやろう!俺型抜き得意なんだよ〜」


「そうなんだ。わたし、一回も成功したことない……」


 俺が考えている間に勝手に話が進んでいた。しかも型抜き。


「……新崎くん、いいかな?」


 ……俺に許可とるまでもなく、初めからやるつもりだっただろうが。


 まぁ、俺はあくまでも誘われた側だ。当然、仕切る権利なんかないしそのつもりは毛頭ない。

 なら俺の答えは一つだ。


「好きにしろ。お前が提案した花火大会だしな」


「──! ありがとう!」


「うし! 行きますか!」


 俺を除いた三人はパッと表情を明るくして、現在地から最も近い型抜きの屋台へと早足で行った。


「らっしゃい!このシートから好きな型選んでくれ!」


 丸刈りの頭部に鉢巻を巻いたおっさんが石母田たちを出迎えた。

 すると、一枚のシートを石母田に渡した。後ろから俺はシートの内容を見る。


 何処の祭りにでもある内容だ。

 簡単な型から難しい型までがあり、簡単な型のクリアで知らないカードゲームのレアカードや、駄菓子。中級の型だとエアガンやスマホケース。そして、難しい型だとゲーム機やカセット、ぬいぐるみなどが貰える。


 石母田は先ほど言っていた通り、本当に型抜きが苦手らしく簡単な方を選んでいた。隣に立っている東雲は、難しい型を選択。


「逸釆もやろうぜ!」


「面倒臭い」


「いいからいいから!」


 東雲は俺に無理やり型を押し付けてきた。

 しかも渡された型は、


「なんで一番難しい型なんだよ」


「逸釆こういうの得意でしょ?」


 得意でもなんでもないが。

 そもそも、祭りなんか幼い頃以来、来ていないし得意か苦手かもわからない。


 押し付けられてしまったからには、屋台主の目もあることだしやらざるを得なくなってしまった。

 俺は椅子に座り、東雲に渡された難しい型を机の上に置いた。

 机の上にコップがあり、中には爪楊枝が入っている。それを一本取って型抜きを始めた。


 俺の型の形は鳥だ。羽と爪、嘴が小さくとてつもない難しさだ。


「あっ……」


 一言、声を漏らしたのは石母田だ。横目で見れば、石母田の型は真っ二つに割れてしまっていた。


「すごいね、新崎くんと東雲くん」


「言ったっしょ? 型抜きは得意だってね」


 渾身のドヤ顔でそう言った――直後。


「だー!」


「割れてんじゃねえか」


 東雲はあと少しのところで、型をバラバラに破壊した。

 そして、残るは俺一人。型抜きをやらなかった甘村と、失敗した石母田と東雲の視線が俺の型に集中する。


 非常に気が散るが、意識を型に集中して、


「すご! 店主さん!」


「おっ! あんちゃんやるねぇ! ほら、景品のリストだ。好きなの選んでくれい」


 難しいとされていた型を俺はなんなくクリアした。

 屋台主から渡された難しい型の景品リストに俺は目を通す。


 選んでくれと言われても欲しいものなんかないんだが。


 俺はスマホを取り出して、現時刻を確認する。

 十九時二十五分。花火大会開始まであと五分だった。

 時間も押しているし、適当に景品を決めることにした。


「これで」


「あいよ!」


「犬の、ぬいぐるみ?」


 そう、俺が選択した景品は犬のぬいぐるみだ。

 だが、ただの犬のぬいぐるみではない。世界的人気作品のキャラクターのぬいぐるみだ。


 当然、俺はこんな物はいらない。なので、このぬいぐるみは別の人間に渡すために選んだ。


「ん」


「え……?」


「いらないからやる」


 渡した相手は、石母田だ。

 俺からぬいぐるみを渡されて石母田は少しの間目を丸くしていた。しかし、すぐにその表情は明るくなり、若干頬を赤らめて、


「……ありがとう。大切にするね」


 笑顔で、石母田は俺にそう言った。

 俺は何も答えず、無言を返答とした。


「やば、花火大会始まる! 三人とも、早く行こう!」


 時間を確認して焦った東雲は、勢いよく走り始めた。俺たち三人はその後ろに続く形で小走りでついていく。


 真っ直ぐに土手の道を進んだ所で東雲は止まり、同時に俺たちも足を止めた。

 その、瞬間。


「おー、始まりましたね」


 全身にずっしりと重たく大きな音が響き渡る。

 その音は、二発、三発と続けて全身を振動させる音で鳴り響く。

 花火大会の開始だ。


「ここで座ってみようぜ!」


 土手の斜面に俺たちは腰を下ろして、空で繰り広げられる花火を眺める。

 生憎と、俺は音はわかるが『色』はわからない。

 ただピカピカと白黒の花火が打ち上げられているようにしか見えない。


「……来てくれてありがとう、新崎くん」


 と、横で俺の顔を見て感謝を言ったのは石母田だ。さっきあげた人気作のぬいぐるみを抱きしめながら、笑顔で俺に感謝を言ってきた。


「まぁ、暇だったからな」


「また、誘ったら来てくれる……?」


「気が向いたらな」


 そのまたがあるかは、わからない。

 何故なら、来年以降俺が明様高から姿を消している可能性が考えられるからだ。

 三芳芽亜に貶められて、今度は別の奴が俺を退学にするために罠を張る。有り得ない話じゃない。


「二学期もよろしくね」


 そんな可能性の域を出ない考えに浸っていると、石母田はそう言ってきた。


「ああ」


 二学期。二学期か。

 一学期で地獄が再開され、連続傷害事件に巻き込まれ、宿泊体験学習中に偽装誘拐事件が起こった。


 この先、近いレベルの災難が俺の身に降りかかってくると考えるだけで心底面倒な気分になる。

 だが、その全てを退ければいいだけの話だ。


 でも今、この瞬間、俺の心は酷く安らいでいる。


 今も打ち上げられている花火を眺めながら、この先に降りかかるかもしれない新たな災難への面倒に嫌気がさす。

 それと同時に、こうして花火を眺める穏やかな時間の暖かさを感じた。


 ──少なくとも今の俺にも、そう感じれた。




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