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第二十三話 『偽装誘拐』

 




 翌朝、俺は不思議と一瞬で目が覚めて体を起こした。

 朝は苦手で眠気が強い状態で目覚めるのだが、今日は何故かパッと目覚めることができた。


「菖蒲の件、だろうな……」


 昨日発生した菖蒲航河誘拐事件。

 最初は本気で焦ったが、よくよく考えてみればこの誘拐事件はやたらと不自然な点が多かった。

 それと同時に菖蒲航河の実の兄、菖蒲悠晴にも不自然な点が多く存在していた。


 俺が今日、一瞬で目覚められた理由は簡単だ。――菖蒲航河誘拐事件に終止符を打つと決めていたからだ。


「こんな面倒にこれ以上付き合ってられないしな。帰ったところでなのは変わらないが、ここにいるよりマシだ」


 俺は早く帰宅するためにも、まずは隣で綺麗に爆睡している東雲を起こすことにした。

 昨日は床に寝転がり、布団は関係のない方向へと落ちているくらいに寝相が悪かった。

 しかし、今日は随分と綺麗に眠っている。


「……ったく、お前どうなってんだよ。おい、起きろ」


「……む? げべっ!」


 俺は東雲の背中を蹴って、無理やり起こした。


「さっさと朝飯食うぞ」


「うぇ? あ、あぁ、おはよう逸釆……」


 俺の顔を見るなり、東雲の表情は一気に暗くなっていった。昨日の一件を思い出したのだろう。

 だが、そんなことをいちいち気にしている時間はない。

 ──一刻も早く、このふざけた時間を終わらせるために。


「じゃ、行こっか」


 現時刻は九時。朝会体操はなくいつもより遅い朝となった。

 そもそも、本来俺たちには存在しないはずの群馬自然体験の家での朝だけどな。


 俺と東雲は、一階に降りて食堂に向かった。


 食堂に入ると、中には既に俺と東雲を除いた群馬自然体験の家の宿泊者たちと、管理人の薩摩、従業員とほぼ揃っていた。


 当然、菖蒲悠晴の姿もある。


「―――っ」


 今も沈んだ表情を浮かべ続けているが、俺には演技にしか見えなくなっていた。

 ひとまず、行動に移すのは後だ。朝食を食べるのが優先。空腹状態じゃ、まともな思考もできない。


 朝食は白米に味噌汁、サラダというシンプルなものだ。

 薩摩が「いただきます」と手を合わせて言った直後、食器の音だけが鳴り響く静かな朝食が始まった。



 二十分足らずで全員完食した後、薩摩が「ごちそうさまでした」と言って皆それぞれ食器を持って席を立ち上がったが、俺は食器を自分の席に置いたまま立ち上がる。

 そして、他の奴らと同じように食器を片付けようとしている寝癖で乱れた髪の女、甘村に声をかけた。


「甘村先生」


「あ、おはようございます新崎君」


「──頼みたい事があります」


 俺は早速、菖蒲航河誘拐事件を解決するために動き始めた。




 ■■■■■■■■■■■■■■■




 朝食から三十分後。

 俺は菖蒲悠晴を呼び出し、山を下る道を歩いていた。


「……なに? 朝から用って……」


「後で話す」


「いや、まぁ、そうだけどさ……」


 どうせ後で話すんだ。今ここで話して、逃げられでもしたら厄介だ。

 だから、予定している目的地まで黙ってついてきてもらう。


「……? ここで話すの?」


「ああ」


 顔を顰めて菖蒲悠晴は周囲を見渡していた。


 どこまで無害を演じ続けるつもりだか知らないが、お前はここで、この瞬間に――俺が終わらせてやる。

 散々俺たちを引っ掻き回した罰だ。


 菖蒲には聞こえないように、俺は小さく息を吸った。

 それから、ゆっくりと口を開いた。


「俺は疲れた」


「……は?」


「どれだけ探しても見つからない。進捗ゼロ。体験活動の何倍も疲れる」


「……っ! 弟が誘拐されたのに探すのが疲れた? ふざけんなよ! 嫌ならやめれば」


「──その演技も、いい加減辞めたらどうだ?」


「……はぁ?」


 流石に、これだけじゃ本性を表さないか。

 なら、徐々に追い詰めていくだけだ。


「強情な奴だな。もう一度言う。俺は疲れた。だからさっさと帰るためにも、率直に伝えてやるよ」


「……なにを」


「――俺は菖蒲航河が誘拐されたとは思ってない」


 俺の発言に、菖蒲は目を見開いて驚愕をあらわにした後、徐々に憎悪へと表情が変化させていった。


「お、前はぁ……!」


「菖蒲悠晴、お前は俺が初対面で何を質問したか覚えてるか?」


「急に、なんだよ……。あれだろ、俺の苗字を漢字でなんて書くかってヤツ」


「それと、兄弟は何人いるかって質問をした。俺が聞いた時は、自分と弟を含めて『二人』と言った」


「事実だから当たり前だろ」


「いいや、嘘だ。お前は三日目の朝、隣の列に並んでた小学生に同じ質問をされた。その時お前は――『三人』だって答えてた」


「そ、そんなの聞き間違え」


「聞き間違えなわけがない。お前の答え方を再現してやる。――俺と航河、それと一つ上に『兄』がいるよってな」


 俺は菖蒲悠晴の言葉を遮ってそう言った。

 ここまで言って、ようやく菖蒲悠晴の表情が別の『何か』に対する動揺へと変化した。

 俺は重ねて話を続けた。


「明確に兄存在を指し示す言い方だった。その時点から、俺はお前に監視のを目を向け始めた。だが、三日目は特に何かをする素振りはなかった。代わりに四日目の朝、お前の弟は誘拐された」


「別に、兄が嫌いかもしれない」


「嘘を言う奴は、証拠を突き付けられた時決まってそう言いやがる。他に証拠はそれだけとか言うつもりか?」


「くっ……!」


 図星か。兄弟のことがバレただけでこの焦りよう。

 これから俺が言う証拠を突き付けたら、菖蒲悠晴は確実に逃げようとする。

『あいつ』を連れてきておいて、正解だったな。


「俺も起床直後に東雲から聞かされて、最初は動揺した。最初だけな。でも、冷静に誘拐事件を分析すると不自然な点だらけだった」


「――――」


「誘拐事件に違和感を感じたのは、通報したにも関わらず、通報当日に警察が来なかった事からだ」


「山の上にいるんだし、時間もかかるだろ……」


 ……こいつ、また聞くに耐えない返答だな。


「あのな、誘拐事件って通報が入ったのに、警察が事情は聞きに来ない、現場調査もしに来ないなわけないだろ」


「…………」


「改めて言うが、俺はお前の弟が誘拐されたと聞いた瞬間は動揺した。だから絶望して項垂れてるお前を見て、少なからず気にかかった。そのお陰で、思い出した。――答えに至る道に辿り着けた」


「思い出した……?」


 菖蒲悠晴が絶望し、酷く沈んだ表情に、俺は早く見つけて元の気さくな状態に、僅かではあるが戻ってほしいと感じた。いつまでも重苦しい顔をしているよりか、ずっとマシだと思ったからだ。


 そんな菖蒲悠晴の姿を見たことで一つの記憶を思い出せた。


「二日目の夜、お前は弟と二人で話してたな」


「あれは、航河が眠れないって部屋に……」


「よく平然と嘘をつけるな。お前と同室の北青透高の奴らから話を聞いたが──菖蒲航河は二日目の夜どころか、宿泊体験学習期間中、『一度』も部屋を訪れてないらしいな」


 菖蒲悠晴は目を見開いて驚愕する。

 俺は話を続けた。


「二日目の夜のあれは誘拐事件の最後の打ち合わせってところか。四日目の朝から菖蒲航河の姿が無かったってことは、姿を消したのは三日目の深夜。十分辻褄が合う」


「――――」


「初めから誘拐事件なんて発生してない。これは、誘拐事件に見せるために『お前ら』で仕組んだーー偽装誘拐だ」


 俺は菖蒲悠晴の顔を見て、強く言い放った。


 ──偽装誘拐。

 ありもしない架空の誘拐事件。それを、菖蒲は、菖蒲たちは、家族ぐるみで発生させた。


「目的は知らないが、随分と面倒なことをするな。概ね、目的自体も予想はつくが」


「は」


「あ?」


 突然、菖蒲悠晴は息を吐くように、笑った。


「もういいか? 偽装誘拐だかなんだか知らないけど、俺がそれをする理由がなくね? 圭馬兄さんのこと隠してたのは、お前たちに茶化されたりしたくなかっただけだし、二日目の夜は三人が寝た後の話だし、警察だって遅れてくる」


 まだ、馬鹿みたいに言い逃れを続けんのかよ。哀れすぎて見てられない。


「──来たか」


「何が?」


 俺は自身のスマホが振動したのに気づいて、即座にポケットから取り出した。

 画面を見ると着信を受けており、相手の名前が表示されている。──甘村だ。


 俺は着信に出ると同時に、スマホのスピーカーをオンにして菖蒲悠晴に画面を向けた。


「甘村、茉林……」


『あ、もしもし新崎君ですか? 言われた通り、警察に誘拐事件について問い合わせて見ましたが――そう言った通報は一件も入っていないそうです」


「なっ!?」


 菖蒲悠晴の顔は、再び驚愕に染まった。

 俺は通話を切り、菖蒲悠晴の顔をじっと睨みつけた。


「これでわかっただろ? お前はもう、詰んでんだよ」


「…………」


 そう、俺が朝食の後に甘村に頼んでいた事とは――警察に誘拐事件の通報があったか問い合わせるというモノだ。

 最初に甘村に誘拐事件が偽装だったと伝えたら、信じられないといった様子だった。まぁ、無理のない話だ。


「────」


 呆然と、菖蒲悠晴は立ち尽くしている。


「常に動きっぱなしの宿泊体験学習だ。大して動いてない俺でさえ疲れてる。小学生に囲まれてたお前は、俺の倍は疲弊してるはずだ。だから、ボロが出たんだ」


「────」


 自然体験という名目で、木登りやらハイキングやら登山やらと、様々な体験活動に参加させられた。

 入り組んだ山道を歩くだけでも疲れるというのに、体験活動で更なる疲労が蓄積することになる。

 人は疲れている時ほど、隠し事などしている時にはボロが出やすくなる。


 菖蒲悠晴は、正しくその状態だった。

 気づかぬ内に、あっさりとボロを出していたのだ。


「……なに、お前……探偵かなんかなわけ?」


「いいや、ただの一般高校生だ」


「一般高校生が、偽装誘拐だのなんだのわかるかよ……クソっ」



 ヒラヒラと手を振り、口角を上げながら菖蒲悠晴は俺にそう言ってきた。


「クソ!!」


「やっぱり逃げるのか」


 無様にも、菖蒲悠晴は下り坂を猛ダッシュで駆け降りて行った。追い詰められて、言い逃れできない状況で取れる選択肢は二つ。自白か逃亡だ。


 自白の方がまだマシなのに、逃亡するとはな。

 まぁ、偽装誘拐を企むぐらいだ。筋金入りの馬鹿か。


 俺は走り去って行く菖蒲悠晴を『追いかけず』その場に立っていた。

 何故なら、もう別の奴に役割を任せてあるからだ。


「──よっと! 逃がさないぜ!」


「はなっ、東雲!? なんで!?」


「事前に逸釆に頼まれてたんだ。──証拠を突き付けたら逃げるから止めてって」


 俺は菖蒲悠晴との会話を始める前から、逃亡するだろうと踏んでいた。だから、東雲に予め頼んでおいたのだ。

 下り坂になっている山道。その下の方の茂みで待機しておくようにと。


「何処までも哀れな奴だな」


「チッ……」


 俺は取り押さえられた菖蒲悠晴にゆっくりと近づく。

 そして、見下ろすような形になりながら話し始めた。


「──三芳芽亜」


「──っ!」


 やっぱり、そうか


 俺があの女の名前を出した瞬間、菖蒲悠晴は眉を上げて驚いた。

 それから、力なく頬を地面に付けると、


「……許せ、なかったんだよ」


「何が?」


「──お前が女子に暴力を振るったことだよ!!」


 ……クソッ、クソが。結局、あいつ絡みなのかよ。


「圭馬兄さんからその話を聞いた時、俺は腹が煮え繰り返りそうだった。しかも、学校のみんなをいい人ぶって騙してもいた。最悪だろ!」


「────」


「そしたら、偶然、航河の宿泊体験学習の見守りを頼まれてその同行者にお前がいた。絶好の機会だと思ったんだ。新崎逸釆を潰す、絶好の」


 菖蒲悠晴は、下から俺を鋭い視線で射抜きながら話を続けた。


「それで偽の誘拐事件を考えた。この山にいるのは、俺たち群馬自然体験の家にいる人間だけ。なら、誘拐事件が起こったのに新崎逸釆は探そうともしなかったって、ここにいない人間たちに伝えやすい」


「────」


「予め圭馬兄さんの存在を隠しておいて、三日目の深夜に、山下で母さんに航河を迎えに来てもらう。そのまま航河には家に帰ってもらって、翌朝には突如失踪した状態ができあがる。後は、俺が落ち込んでるのを上手く演じるだけだった。……なのに、失敗した」


 予想はしてたが、本当に家族ぐるみで俺に攻撃を仕掛けてきてたとはな。


 群馬自然体験の家で何も起こらず過ごすつもりだったのに、また災難が降りかかった。

 その事実に、俺はひしひしと込み上げてくる怒りを拳を強く握って抑えた。


「最後に言っておきたいことがある」


「なん、だよ……」


「俺は三芳芽亜に暴力なんか振るってない。ましてや、学校の奴らだって騙した覚えはない。俺はーー貶められたんだ」


 言っても無駄だと思って言ったが、案の定菖蒲悠晴の怒りを倍増させただけだった。



 こうして、俺たちの四泊五日という長い群馬自然体験の家での生活は、終わった。




 ■■■■■■■■■■■■■■




 誰も口を開かない無言の車内の中、俺はなんの変哲もない自然を窓から見ていた。


 あの後、菖蒲悠晴の企てた偽装誘拐を群馬自然体験の家に残っていた奴らに伝えた。当然驚いていたが、悲しんでいる奴も多かった。

 そして、菖蒲悠晴のことは向こうの教師がどうにかするとのことで、俺たちは先に帰宅することとなった。


「……あのさ、新崎くん」


 無言の車内、小さな女声が耳に入った。


「夏休み最終日。八月三十日なんだけど……えっと、花火大会があるから、見に行かない?」


「────」


「何事もなく過ごすつもりが、こんなことになっちゃったし……どう、かな……?」


 白黒の視界、唯一色のわかる存在ーー石母田智音が、茶髪を揺らして振り返り、俺の顔を見た。


 花火大会、か。

 別にそのくらいなら、いいか。


 俺は外の風景を見ながら、小さく頷いた。


「……! じゃあ、また連絡するね……!」


 石母田はパッと表情を明るくして、再び前を向いた。



 俺は静かに、この気遣いに心が軽くなるのを、感じた。





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