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第二十一話 『不穏の前兆』




 鳥の鳴き声を聞きながら、俺は目を覚ました。


「……朝か」


 重たい体をゆっくりと起こして、俺は立ち上がった。

 隣に視線を向けると、敷布団ではなく床に寝転がり、いびきをかいている男ーー東雲幸宏が爆睡していた。


「こいつ、昨日は早起きして起こしてきやがったくせに……」


 今日は寝坊。色々と自由すぎる。

 掛け布団もくしゃくしゃになって東雲とは真反対の方向に落ちている。誰がどう見ても寝相が異常に悪いのがわかる。

 不思議なことに、昨日の朝は普通に寝れていた。だから、余計におかしく見える。


「おい、朝会体操の時間だ」


「……んみゃ? と、どふ!」


 俺は東雲の背中を掬い上げるように蹴って転がした。直後、東雲は居室のドアに激突した。


「……ててて。あ、おはよう逸釆……」


「おはようじゃねぇよ。お前昨日は起こしてきただろうが」


「……いや〜、ごめんごめん。思った以上に疲れてて」


 疲れてたら寝相悪くなるのかよ。最悪すぎる。

 明日も同じだと考えるだけで、東雲と同じ部屋で睡眠することにさらに嫌気が増した。


「んー! さぁて、行きますか!」


 俺たちは朝会体操に参加するために、居室を出て一階のホールに足を運んだ。

 昨日とは違く、ホールにはほぼ全員列を作って並んでいた。活気も少しある。


 昨日の朝ホールに降りた時は三、四人しかいなかった上にほぼ全員口すら開けようとしてなかったからな。


「おはよ、新崎。それに東雲も。新崎は昨日の夜中ぶり」


「ああ」


「え? 何? 夜中って何?」


 目の前、俺たちに挨拶をしてきたのは菖蒲悠晴だ。

 深夜ぶり、という菖蒲から俺への返しに東雲が気になっていたが、面倒なのでシカトする。


 五分としないうちに、ホールに群馬自然体験の家の宿泊者全員が集まり、管理人である薩摩を先頭に昨日同様キャンプファイヤー場へ向かった。


「おはよう、新崎くん」


「ああ。眠そうだが、どうした?」


「昨日も小峯さんたちと、遅くまで話してて……」


 やたらと眠たそうな顔で挨拶してきたのは、石母田智音だ。

 石母田の歩きの遅さと表情から察するに、北青透高の女生徒たちは、また石母田の意思を考えずに遅くまで会話していたらしい。


「新崎くんは、大丈夫だった?」


「夜は全く寝つけなかったが、睡眠自体は問題ない。……朝の東雲の寝相の悪さに呆れたが」


「ふふ、そうなんだ」


 俺の返答に石母田は薄く微笑んだ。


「はーい! みなさーん! おっはよーうございまーす!」


「「「おはようございます!!」」」


 山中に響き渡るレベルの江端の挨拶に、小学生たちが元気よく返事をした。


「ではまず、深呼吸からー!」


 全身をしっかり伸ばし、酸素を体内に取り込んで吐き出す。これを五回繰り返す。


「航河のお兄ちゃんは、他に兄弟とかいるの?」


「うん、いるよ」


 そんな会話が耳に入ってきた。

 視線を向けてみると、小学生の男と菖蒲が会話をしていた。


「俺と航河、それと一つ上に兄がいるよ」


「おー! 三人兄弟!」


 なんではしゃいでんだよ、あのガキ。

 ただ兄弟を聞いただけ、


「──三人兄弟?」


 俺は思わず、呟くようにして男子小学生と同じ単語を口にした。


 ──『三人』兄弟って言ったか? 待て、おかしいだろ。


 菖蒲悠晴に最初に会った時、俺は兄弟が何人いるかを聞いた。

 その時、菖蒲は『二人』兄弟と言っていた。

 しかし今、確かに『三人』兄弟と答えていた。


 言い間違いじゃない。

 自分と弟、それから『兄』がいる、という答え方をしている。


「──っ」


 ただ、暇な夏休みを脱するために、俺はここへ来た。

 甘村に頼まれた小学生の見守り、暇でいるよりマシだと思って、わざわざ群馬まで来たんだよ。


 結局、結局か。

 何事もなく、終わるつもりだった──。


「ふざけるな」


 迫っていた不穏の前兆に、俺は小さく怒りを呟いた。




 ■■■■■■■■■■■■■■■




 朝会体操から、四時間後。


 現在は、登山を終えて、名札作りの時間だ。

 群馬自然体験の家、食堂。男女別に座り、俺の左に東雲、右と対面に北青透高の生徒という配置だ。

 菖蒲悠晴だが、小学生たちの間に座っており、俺たちと席は離れている。


 周囲の人間が名札を作っている中、俺は朝に感じた不穏の前兆に意識を囚われていた。


「聞きたいことがあるんだが」


「どした? ええっと、新崎、だっけ?」


「お前らの友人、菖蒲悠晴は――何人兄弟だ?」


「えっ、悠晴は、確かー……」


 ほんの一瞬だが、俺が質問をした対面に座る北青透高の生徒に微かな焦りが生じた。


 菖蒲悠晴が弟の航河含めて『三人』兄弟なのは、もうわかっていることだ。

 なら何故もう一度聞くのか。それは、簡単な話だ。


 俺は菖蒲悠晴との初対面時、菖蒲という字は漢字でどう書くのかを聞いた。理由は、明様高三年、且つ陸上部の部員である菖蒲圭馬と同じ苗字だったからだ。

 メモに書いてもらい、字を見れば『菖蒲』、同じ漢字だった。

 そして、俺はもう一つ菖蒲悠晴が菖蒲圭馬の弟かどうかを調べるための質問をした。

 それが──兄弟の人数だ。


 初対面時は、菖蒲悠晴は一緒に宿泊体験学習に参加している弟、菖蒲航河を含め『二人』兄弟と答えていた。

 明様高の菖蒲圭馬は、過去に俺と同じ歳の弟が一人、小学生の弟が一人と言っていた。


 菖蒲悠晴が嘘をついているようには見えなかったし、仮に兄弟に関する嘘をつくなら『三人』兄弟を『二人』兄弟と言えと同行者に伝えておかなければならないため面倒だ。


 しかし、その面倒をしているとすれば──、


「二人ー、だったと思うぜ。他になんかある? 苗字どう書くか教えようか〜?」


「興味ない」


 側から見れば、突然苗字を漢字でどう書くか聞くという行動は明らかに不自然だ。小馬鹿されイラつくが、今はどうでもいい。


 やっぱり、菖蒲悠晴は友人に『三人』兄弟ではなく『二人』兄弟と言うように伝えていた。

 何の目的かは知らないが、随分と面倒なマネをする奴だ。


「――――」


 何がしたくて、わざわざ嘘までついて三人兄弟であることを隠そうとしてる? 肝心な部分がわからない。

 ただ、理由があって菖蒲圭馬の弟であることを隠そうとしてるのは間違いない。


 少し離れた位置に座っている、菖蒲悠晴を見る。

 何気なく笑い、小学生たちと暖かい空間を形成している。


 群馬自然体験の家での宿泊体験学習は、今日含めて後二日。

 残り僅かだが、俺は菖蒲悠晴を監視することにした。




 ■■■■■■■■■■■■■■■




 八時を過ぎ、辺りは暗闇に包まれていた。

 だが、この暗闇の中で、燃え盛る炎が周囲を明るく照らしてくれている。


 宿泊体験学習三日目、最後の体験活動。キャンプファイヤーだ。


「すっげー!」

「わぁあ!」

「うぉお──!」


 爛々と燃える炎の周囲に立つ小学生たちは、薪を燃やす前からずっとこの調子だ。無邪気に激しく騒ぎ散らかしている。

 あんまりにもはしゃいでいたため、従業員たちが少し落ち着くように注意したのだが、全く聴こえていないようだった。


「良い雰囲気だね」


「うるさいだけだ」


「でもこの雰囲気、わたしは好き」


 真っ直ぐ、騒々しい小学生たちを見つめてそう言った石母田の表情には、何か強い意志が宿っているように見えた。


「あ、ごめんなさい……勝手なこと言って」


「別に、構わない」


「え……?」


「好みは人それぞれだ。俺は別に、否定したりしない」


 石母田にとっては、目の前で繰り広げられる騒々しい光景でなくても、明るく良い雰囲気の光景が明様高にも戻ればと思っているのだろう。


 過去がどうかは詳しく知らないが、今の明様高は最悪の状態と言っていい。

 三芳芽亜が俺を貶めたことで、学校の人気者新崎逸釆が暴行事件を起こしたという大問題が起こり、未花瀀が明様高の生徒を標的にした連続傷害事件もあった。

 前者は嘘だが、嘘だとわかっているのは石母田と東雲と甘村だけなので大問題の事実は変わらない。


 たった半年で、明様高の環境も最悪になった。

 仮に石母田が、明様高が明るい環境に戻っていてほしいと思ってても不思議ではない。


「──新崎だ」


「…………」


「こんにちは、煌梨ちゃん」


 年下のくせに、生意気に俺を呼び捨てにする女──木坡多煌梨だ。


「今度はなんだ?」


「別に、つまんないから来ただけ」


「俺らはお前を楽しませられないが」


「ううん。新崎と智音ちゃんといる方が楽しい」


 何で石母田は呼び捨てじゃねえんだよ。


「何か、考え事してる?」


「──っ」


 こいつ、俺が考え事してるのがわかったのか?

 顔には出してないつもりだが、それでも顔に悩ましい表情が出てたのか、あるいはガキの勘か。


「まぁな」


「何か手伝えることない?」


「手伝えること、か」


 菖蒲が三人兄弟なのを二人兄弟と嘘をついていた件があるが、その件で頼むことっていってもな。


 朝会体操中の菖蒲悠晴が二人兄弟ではなく、一つ上の兄がいて、自分と弟を含めた三人兄弟だったという発言。

 以降、監視は続けているが、これといって何か問題を起こそうとする素振りは見られなかった。


 いや、待てよ。木坡多が俺を手伝えることなら、ある。


「一つ手伝ってくれ」


「うん。わかった」


「菖蒲航河に、兄がいるか聞いて」


「──いるよ」


 俺の言葉を遮って、木坡多は答えた。


「なんで知ってる?」


「煌梨、航河と三年間同じクラスだったし」


「そういうことか」


 これで、完全に確定したと言ってもいい。

 最初に会った日に、俺が二人兄弟と聞き間違えてた可能性だってなくはないからな。


「じゃあ、別の聞き方をしてもらう」


「うん」


「あいつの兄が今、何処にいるかを聞いてこい」


 ほぼ確定した事実だが、まだ足りない。ほぼじゃダメだ。


 菖蒲圭馬と菖蒲悠晴が、偶然同じ兄弟構成だった可能性もある。

 それに、俺が完全に確定したと言い切れない理由はもう一つある。

 ──菖蒲圭馬は埼玉の高校、菖蒲悠晴は東京の高校に通っているということだ。


 埼玉にある明様高は、東京から割と距離がある。

 東京にある北青透高は、二十三区内とは聞いているが、それでも距離は十分にある。

 電車にしても車にしても通いづらい位置だ。

 だとすると、兄の菖蒲圭馬の方が一人暮らしをしている可能性が高い。


 菖蒲悠晴が弟の菖蒲航河との仲がとてつもなく良い理由は、家に二人も兄がいれば、兄を慕う気持ちは分散する。だが、一人しかいなければ慕う気持ちは兄一人にしか流れない。

 あの仲の良さにも納得がいく。


「俺が行くと本当のことを言わないかもしれない。加えて、変に怪しまれるのも面倒だ。だから、頼んだ」


「わかった」


 木坡多は足早に菖蒲航河の下へ駆けて行った。

 俺と石母田は、少し離れた位置で木坡多と菖蒲航河を視界に入れて聞き耳を立てた。


「あの、航河」


「どしたん、煌梨」


「航河ってお兄さんいたよね。高校三年生の」


「圭馬兄ちゃんのこと?」


「そうそう。その圭馬って人、今どこにいるの? この宿泊体験学習にも悠晴はいるのに、圭馬って人はいないから気になって」


「──圭馬兄ちゃんなら、今埼玉県に住んでるよ。だから来てない」


 ──揃った。

 菖蒲圭馬、菖蒲悠晴、菖蒲航河。

 三人が、兄弟である完全な証拠が。


「これでいいの?」


「ああ、十分だ」


 ささっと聞いて帰ってきた木坡多に俺はそう言った。


 菖蒲航河が『圭馬兄ちゃん』と呼んでいたこと、そして『埼玉県に住んでいる』という事実。

 これだけ揃えば、もう十分だ。


 明様高校三年、陸上部短距離所属、菖蒲圭馬。

 菖蒲悠晴と菖蒲航河の実の兄──。


「あの、また何かあったの……?」


 心配そうな声と顔で、石母田は俺に問いかけてきた。


「まだ問題自体は起こってない。これから起こる可能性があるのは事実だが」


「わたしも、何か……」


「いや、今回はお前たちに何かしてもらう必要はない」


「……でも」


 落ち込まれても困るんだが。

 ……ったく、面倒だな。


「俺は前に、お前を傷つけた」


「あの時は! その……」


「だからまた、次の機会にお前を利用する」


「……!」


 声にならない声を上げて、石母田はみるみる内に暗かった表情が明るくなった。

 これで問題ない。


「さて……」


 正面、キャンプファイヤーの炎の奥、菖蒲悠晴が立っている。


 お前は、何をする気だ? この場所で何を企んでる?

 なんにせよ、お前が起こそうとしてる災難は俺が必ず退ける。


 こうして、俺たちの宿泊体験学習最後の夜は、終わりとなった。




 ■■■■■■■■■■■■■■■




「──と!! 起きてってば!!」


「……るっせぇ」


「頼む!! 大変なんだよ!!」


「あー!! うるせぇな!なんだよ朝から!!」


 人が安眠してんのに、こいつはまた起こしてきやがって。


 あまりのウザさに俺の限界は超えて、無理やり起こしてきた張本人、東雲に怒りを反射的に言い放っていた。


「ご、ごめん。でも、マジで大変なんだよ!」


「わかったから、さっさと要件を言え」


「──菖蒲の弟が誘拐されたんだよ!!」





「──は?」


 


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