第二十話 『悲しげな少女』
――強烈な眠気に襲われながら、俺たちはキャンプファイヤー場へ向かっていた。
宿泊体験学習、二日目の朝だ。
昨日とは打って変わって、一切の活気がない。小学生たちも、あの騒々しさは何処へやらと言った状態だ。
しかし、ただ一人、口は開いていないが全身から活気が溢れ出ている男がいた。
それが――、
「みんな随分と静かだね……」
前髪を綺麗に切り揃えた脳筋高校生、東雲幸宏だ。
今の一声が、施設を出て外に出てから初だった。
因みに、東雲は朝からやたらと煩かった。六時頃に無理やり俺を叩き起こしてきやがったんだ。
気分悪すぎて、ブチギレそうになった。
そもそも、なぜ俺たちがこんな朝早くに外へ出ているのかというと、昨日夕食を終えた後に薩摩が「言い忘れておりました!」と慌てて居室に駆け込んできたのが始まりだ。
この群馬自然体験の家では、宿泊体験学習などの際に、毎朝『朝会体操』と呼ばれる早朝に体操を行うそうだ。自然体験の一環として。
俺たちも(東雲を除いて)そうだが、何より難色を示したのは小学生たちだ。普段一切やらない朝の体操なんて、普通に考えてやりたくない。
宿泊者の反応を見て、薩摩は酷く落ち込んだ顔をしていたがそもそも先に言っておかないのが悪い。
事前に前もって言っておけば、ここまで嫌な反応をされることはまずなかった。
俺からすると、先に言っておかないで唐突に「朝体操するから」と言って、嫌がられて落ち込むのはおかしいだろと思う。
まぁでも、年老いた人の良い婆さんにそれを直接言ったら、確実に婆さんの寿命が縮む。
だから言わないでおく。
「では皆さーん、昨日と同じ列で並んでくださーい」
先頭を歩いていた従業員、高橋の指示通り昨日と同じ左から明様高、小学生、北青透高の順で並んだ。
正面には、薩摩と高橋、清水が横並びで立っている。
もう一人の従業員江端は、施設内で朝食を作るため来ていない。
「まずは大きく深呼吸〜」
従業員たちだけの声が響き渡る、静かな朝の体操が始まった。
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「――くれぐれも怪我には気をつけてくださいねー!」
「「「はーい!!」
重く静かな朝会体操から二時間。
さっきまでの静けさが嘘のように小学生たちが活気を取り戻していたーー否、高校生も含めて活気を取り戻していた。
「元気だねー、小学生たちー」
「それ。朝とは大違いだよ」
そんなやり取り交わしているのは、北青透高の二年、菖蒲悠晴と小峯桃だ。
小峯は石母田と同じ部屋になっているのだが、性格が全く合わずかなりキツかったらしい。
石母田は物静かな性格だが、小峯は所謂ギャル系統の性格。
石母田が合わないのも無理ない。
「にしても、ぶっとい木だよなぁ〜」
「ツリーイングに使うならこんもんだろ」
そう、現在は群馬自然体験の家の体験活動の一つ。ツリーイングの最中だ。
小学生たちと東雲、菖蒲を除いた北青透高の男たちが木登りに挑戦中だ。
事前に軍手とバンダナをはめるように指示され、従業員が予め木に取り付けておいたロープを、着用したハーネスに付けて登るという形だ。当然ながら、安全対策は全く問題ない。
「? あいつ、なんであんな所に」
視界に、一人の女子『小学生』が入った。
背丈の低さから明らかに小学生だ。
他の十一人の小学生は、無邪気に遊んでるっていうのに、なんで一人で突っ立ってるんだろうか。
多少、不自然な行動が気にはなったが、特に触れることなく次の体験活動の時間となった。
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時刻は十二時を過ぎ、昼食の時間となった。
ツリーイングの後、ノルディックウォークという山道を棒二本を持ってひたすら歩く体験活動をさせられた。自分の居室で休むつもりだったが、強制参加で休むことができなかった。
そして現在は、野外炊事の真っ最中だ。
料理する物は、ありきたりにカレー。
「……こんなクソ暑いのになんでカレーなんだよ」
日差しは強く、風や雲は一つもない。正に真夏というのに相応しい日だった。
俺は野外炊事場の外にある坂に座り込み、ただ食事ができあがるのを待った。
そうして、何分か待っていると、また見覚えのある姿が視界に入った。
「あいつ、またかよ」
ツリーイングの時に一人でいた髪の長い女子小学生だ。
俺とは反対側で、後ろで手を組みながら突っ立っている。
すると、女子小学生が俺の視線に気づき、俺の方へ歩いてきた。
面倒事な気がしてならないんだが。
「――お兄さん、何してるの?」
……やっぱり話しかけてきやがった。
「――――」
「サボり?」
「違う。俺の仕事はお前らの見守りだからだ。それ以上の理由はない」
「サボりじゃん」
この、クソガキ……。
「てか、そういうお前もサボってんじゃねぇか。ツリーイングの時も参加してなかったの見てたからな」
「参加したくないだけ。……野外炊事は単に、役割がないの」
役割が無い?
「それはどういう」
「名前、何ていうの?」
「質問したのはこっちだ。名前なら、新崎だ。新崎逸釆」
「お兄さんって呼びたくなかったから助かる。――新崎」
呼びたくないなら最初から関わってくんなよ。
しかもこいつ、呼び捨てかよ。
「いきなり呼び捨てにすんな」
「――――」
突然話しかけてきたクソガキ女子小学生にイライラしっぱっなしだが、ふと顔を上げて隣を見れば、彼女はジッと野外炊事場を見つめていた。
それはどこか、遠いモノを見るような目で。
「……お前、名前は?」
「木坡多煌梨」
「なんでさっきから一人でいる?」
「―――ぁ」
ツリーイングの時といい、ノルディックウォークの時といい、今回の野外炊事といい。
何故かこいつは、ずっと一人でいる。
厳密にいうとノルディックウォークは、二列に並んで歩いていたが、この女子小学生――木坡多煌梨は隣の奴と会話を一切していなかった。
何か理由があるのは明白だ。
それもおそらく、確実に面倒事に違いない。
「心配、してくれてるの?」
「いや、興味だ。お前が一人でいようがいまいが、俺にはどうでもいいことだ。ただ、希望制の宿泊体験学習に来てるのに一人でいるのは不自然だと思ったから聞いた」
「そう……」
俯いて考え込む木坡多。
心配ではなく興味と言った奴に言うかを考えているんだろう。
実際、俺からすればこんなクソガキを心配する理由はないしな。
二分ほど経過してから、木坡多は再び顔を上げて野外炊事場を眺めながら話し始めた。
「――煌梨、前にハブられたことがあるの」
「ハブられた?」
今の小学生でもそんな面倒なことする奴がいるのか。時代が変わっても、変わらないところばっかりで呆れてくる。
「あそこにいる日和ちゃん」
と、野外炊事場で五人くらいの女子小学生の中心で笑っている『日和』という女子小学生を木坡多は指差した。
「前に遊ぼうって誘われて、ちゃんと約束したんだ。日にちも決まってて、その日を楽しみに待ってたんだけど、たまたまママと買い物に行ったら……」
「あのガキが、友人といたのか」
「……うん」
木坡多は再び膝に頭を乗せて俯いた。
「次の日に聞いたら、忘れてたって言っててね。絶対、知ってて煌梨のことハブったって、すぐに嘘だってわかった」
歳は幾つになっても、人間同じだなと思った。
俺と同じ高校生でも、木坡多のような小学生でもハブったりするような人間がいる。社会でよくパワハラがどうのとかあるが、それも同じ類の人間だ。
木坡多はただ、悲しそうに下を向いていた。
見るからに木坡多はメンタルが強そうには見えない。だから一回ハブられたりしただけで、相当なダメージを受けているのは間違いない。
だが、お前には悪いが――俺はその仕草が嫌いだ。
「おい、木坡多」
「なに?」
「――悲しい顔するな」
「え?」
俺は木坡多の丸く小さな瞳を覗き込みながら、強く言い放った。
「お前、ハブられた以外になんかされたか?」
「それは、えっと……廊下ですれ違ったら、あからさまに避けられたことが何回か……」
「それはもう、いじめに発展してる。お前をハブって遊んでた奴らもその事情は確実に知ってるはずだ」
「確かに、そうかも……」
思い当たる節があるのか、悲しそうな声を木坡多はこぼした。
「お前、親と仲はいいのか?」
「う、うん」
俺とは大違いだな。なら、改善のしようがある。
「いいか? 俺が一つ助言してやる」
「助言……?」
「――いじめに屈するな」
「――――」
「あいつらは、お前をいじめて楽しんでんだよ。お前が悲しそうにしてる顔を見る度に喜んでる。なら、いじめてくる相手を喜ばせないためにお前は平然としてろ。幸い、お前は親と仲良いなら明確ないじめを受けたら即言え。後、教師だけは頼るな」
俺の言葉に、木坡多はキョトンとした顔でいた。
なんで、こんな助言をする気になったのか俺でも不思議だ。
でも、こいつは俺よりまだ境遇がいい。改善できる位置にいる。
なら、さっさと改善してもらいたい。
後単純に、俺も日和とかいうクソガキにムカついたのもある。
「……新崎」
「だから呼び捨てにすんな」
暗い表情から微笑へと変わり、俺に目を合わせて木坡多は言った。
「――ありがとう」
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二日目の一連の行事を終えた後、俺たちは夕食と入浴を済ませてから自分たちの居室へと戻っていた。
「たっは〜、疲れた」
横で東雲が敷いた布団に飛び込んで疲れを口に出した。
野外炊事時間での木坡多との会話の後、東雲と石母田も加わって、四人で野外炊事のカレーを食べた。
最初に俺が木坡多を見かけた時とは違く、元気に食事をしていた。
「木坡多ちゃん大丈夫かな……」
「問題ないだろ。一応助言もしておいたからな」
「助言?」
俺は部屋の時計に目をやった。現時刻は十時。
消灯時間を回っていた。俺はさっさと布団を被り、東雲に「寝る」と一言だけ言って横になった。
電気が消えて、真っ暗で静かな空間が訪れる。
隣にいた東雲は五分としない内に、寝息を立て爆睡していた。
「……寝るの早すぎだろ」
囁き声よりも小さな声で思わず呟いてしまう。
俺も疲れたし眠りたいところだが、これが全く眠気がこない。無理やりに目を瞑って眠るよう努力する。
「……クソっ、眠れない」
結局眠れず、俺はスマホをいじって時間を潰すことにした。
一時間半ほど経過して、スマホを見るのにも飽き外へ出ることにした。
群馬自然体験の家の玄関から外へ出ると、暗闇の山を照らすように月光が降り注ぎ、星が爛々と輝いている。
そんな僅かに照らされる暗闇に目を凝らすと、正面――人影が見えた。
「あ? こんな時間に何してるんだよ」
俺は警戒しながらゆっくりと人影の方へと近づいていった。
近づくごとに人影は鮮明になり、人数が二人であることが確認できた。片方は俺と同じ背丈。もう片方は、泊まっている小学生くらいの背丈で――、
「――あれ? 新崎?」
「お前かよ、菖蒲」
正面に二人立っていたのは、菖蒲兄弟だった。
「昨日の昼も言ったが、本当に仲が良いんだな」
「仲が良いのは認めるけど、これはわけがあるんだよ」
「わけ?」
「航河が眠れないみたいでさ、俺たちが寝てる部屋に入ってきてわざわざ起こしにきたんだよ。それで、こうなってる。それこそお前は?」
「お前の弟と同じで眠れないから気分転換に来た」
手を頭の後ろにらやり、菖蒲は微笑した。
菖蒲弟の方は、何分か話していたんだろうか、既に眠そうだ。
「お前の弟、眠そうだぞ」
「やっとか……航河、戻ろう」
「……うん……」
「じゃ、俺たち戻るな」
「ああ」
菖蒲は俺の方へ振り返りながら、施設内へと戻っていった。
俺は一人立ち尽くして、夜空を眺める。
この宿泊体験学習も残すところ後二日だ。ようやっと帰れる。
「……帰ったところで、なんだが」
本当に、帰ったところで面倒な事しかない。
ふと、脳裏に木坡多の姿が過ぎる。
あいつも俺と同じく、暇な日を脱するために来た一人だろうな。そうでもなければ、何もしないで突っ立ってるなんてマネしないはずだ。
帰ったところでっていうのも、同じなんだろうな。
互いに面倒な位置にいる木坡多も気苦労が絶えないなと思う。
夜更けに俺は一人、夜空を眺めながら考え事をして施設内へ戻った。




