第十九話 『宿泊体験学習初日』
バスが二台、群馬自然体験の家の前に停車した。
バスの中からぞろぞろと小学生と高校生が降りて来る。
小学生は俺たちと比較すると半分の身長しかない。
対して高校生の方だが、男は俺と東雲と近い身長差の奴が三人、飛び抜けて身長が高い奴が一人いる。
女は教師含めて三人。石母田が俺の首ぐらいの身長なのだが、東京の高校の女生徒はいずれも石母田より身長が高い。
なんなら、俺と東雲と僅差だ。
その中の一人、青い服を着た俺と近い身長の男が俺たちの下へ歩いて来た。
「──北青透高校から来た二年、『あやめゆうせい』。よろ」
「……菖蒲?」
「うん?」
「あ、あぁ、俺は東雲! 東雲幸宏! で、こっちで考えて事してるのが新崎逸釆、その隣が石母田智音さんと甘村茉林先生」
「お、おうよ。よろ、東雲」
俺の呟きに一瞬反応したが、東雲が遮るように自己紹介したことで、俺への意識は逸れた。
東雲が東京の高校の奴らに俺たちのことを紹介し始めたのを余所に、俺は一つ引っかかっていた。
──あやめゆうせい。
俺の正面で気さくに話してるこいつ自体は、全く知らない。当然だ。今初めて会ったんだからな。
引っかかったのはそこじゃない。
あやめゆうせい、その苗字だ。
俺は四月まで陸上部に所属していた。
面倒なことになって辞めたが、辞めた陸上部に同じ苗字の三年がいた。
『菖蒲圭馬』。明様高三年。
過去に菖蒲圭馬と話した時、下に二人の弟がいると話していた。
小学生の弟と、俺と同じ歳──つまり高校二年の弟がいると。
「おい、あやめって言ったか」
「え、そうだけど」
「漢字でどう書く?」
「漢字で? ははは、初めて会ったのに変わったこと聞くな。ちょっと待って」
俺の質問に笑いながら、あやめは背負っていた鞄からペンとメモ帳を取り出して、自分の名前を書いた。
「はいよ」
俺はあやめから受け取ったメモの切れ端を見た。
──菖蒲悠晴。
メモには、そう書かれていた。
『菖蒲圭馬』と、同じ漢字の苗字。
メモを見てから、俺はもう一つ質問した。
「お前、兄弟は?」
「兄弟なら隣のバスに弟がいるよ。名前は航河。俺と航河の二人兄弟」
「兄弟で宿泊体験学習とは、随分と仲が良いんだな」
「そりゃ、まぁ。航河は、やたらと俺に懐いててさ。兄離れできるか心配だよ兄ちゃんは……」
二人兄弟、か。
菖蒲圭馬は三人兄弟。菖蒲悠晴は二人兄弟。
兄がいることを隠している可能性もあるが、こいつが嘘をついてるようには見えない。
「引き止めて悪かった」
「いやいや、話しかけてくれる方がこっちとしてはありがたい限りよ」
それから、菖蒲は同じ高校の奴らの下に戻っていった。一通りの自己紹介も終わったらしい。
菖蒲が戻ったのとすれ違うようにして、東雲が俺の隣に戻ってきた。
「もしかして逸釆……」
「あ?」
「菖蒲に、なんかあるって思ってる……?」
「――――」
「逸釆さ、ここは明様校じゃないんだよ。遠く離れた群馬の施設。いくら何でも考えすぎだと思うよ」
まぁ確かに、東雲の言う通りだな。
ここは、埼玉県にある明様高校じゃない。群馬県にある宿泊体験学習の施設だ。
三芳芽亜に暴力を振るった悪人だと扱う奴は、一人もいない。
いくら何でも考えすぎ。本当にそうだ。
明様校とは無縁の地で俺に何かあるなんて、自意識過剰を極めてる。
自意識過剰すぎる自分に、呆れた。
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一通りの顔合わせを終えた後、俺たちに施設内と施設付近を紹介した薩摩ともう一人の従業員高橋が、今度は東京の高校――北青透高の生徒と小学生たちに色々と紹介しに行った。
後に来た人たちに紹介を終えた後、群馬自然体験の家の中に集まり、この四日間のスケジュールが伝えられると甘村が話していた。
そして現在俺たちは、群馬自然体験の家の一階、ホールに集まって座り、待機している状態だ。
「小学生の子たち、ちっちゃくて可愛かったね」
「石母田さんもそう思う!? いやぁ、無邪気な感じがいいよね〜。俺たちも昔はあんなだったと思うと、不思議な感じがするよ」
改めて小学生たちを確認したが、事前に甘村から聞いていた通り人数は十二人。男四人、女八人という酷い男女比だった。
まぁ、希望制だし大体こんなモノだろう。
女は割と行事を好むが、男は面倒に感じる人間の方が多い。希望制なら、別途金も掛かるし余計に来たくなくなる。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません」
「いえいえ。そんなに待っていませんので大丈夫ですよ」
薩摩が施設の中に戻り、俺たちに謝罪の声をかけてきた。甘村がそれに応じる。
薩摩の後ろに続いて、小学生たちとその教師、さらに後ろから北青透高の生徒たちが戻ってきた。
従業員の高橋の指示で、俺たち明様高の生徒の隣に小学生。小学生の右隣に北青透高の生徒たちが座り、高校生集団が小学生を挟んで座る形となった。
全員がホールに揃ったところで、管理人の薩摩、従業員の高橋、そしてもう二人の従業員が皆の前に立ち並んだ。
「それでは皆様、改めて群馬自然体験の家へお越しいただき、誠にありがとうございます。ここの管理人を務めております、薩摩です。四日間、よろしくお願い致します」
薩摩が深々と腰を曲げて頭を下げると同時、建物内には拍手が響き渡った。
「はいはーい! 皆さんこーんにちはー!」
「「「こんにちはー!」」」
喧しい奴だな。
「はい! 僕の名前は、エ・バ・タと言います! 気軽にお声がけくださいねー!」
「「「はーい!」」」
「次は僕ですね。高橋と言います。案内の時にご一緒した者です。どうぞよろしく〜」
「「「よろしくお願いします!」」」
薩摩の時は拍手だったのに、なんで従業員の奴らの時はデカい声で返事してるんだよ。
小学生はよくわからない。
最後に眼鏡を掛けた清水という従業員の自己紹介で群馬自然体験の家の人間たちとの顔合わせは締め括られた。
すると、従業員の高橋が江端、清水、薩摩に重ねられた小冊子の様な物を渡していた。
それを各列の先頭に座っていた人間に配り、前から後ろへと流れていった。
俺の手元に小冊子が届き、軽く目を通した。
内容としては、この三泊四日の間に行う体験活動が時間別に記されている。
「お手元に行き渡りましたでしょうか。私、薩摩の方から軽くご説明をさせていただきます」
そう言ってから、従業員の後ろに立っていた薩摩が前に出てきて話し始めた。
「本日、宿泊体験学習の初日ですが、お越しになったばかりですので、ハイキングのみとなっております。本格的に活動するのは明日以降でございます」
「――――」
「明日二日目はツリーイング、ノルディックウォーク、野外炊事を予定しております。三日目は、登山、ナイトハイク、名札作り。最後にキャンプファイヤーになっております。四日目は、群馬自然体験の家での体験を振り返るということで、長めのハイキングと野外炊事を行う予定です」
中々疲れる日程だな。
とはいえ、役割は小学生の見守りだ。俺が直接何か仕事をすることはない。
適当に突っ立って時間を潰すか。
「改めて、今回は群馬自然体験の家へお越しいただき誠にありがとうございます。素敵な四日間をお過ごしくださいませ」
薩摩の挨拶と共に、群馬自然体験の家での三泊四日、宿泊体験学習がスタートとなった。
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時刻は十五時を過ぎ、俺たちは指定されたハイキングコースを縦に長い列になって歩いていた。
「すごくいい景色……」
隣で目を輝かせて感想を呟いたのは石母田だ。
ハイキングコースが始まる前、もっと言えば甘村の車で山に入ってからやたらと自然の景色に感動している。よほど好きらしい。
薩摩が話し終えた後、ハイキングまでの時間があったため就寝時の部屋決めをすることとなった。
男部屋は、俺と東雲、北青透高の男四人、小学生の男四人。
女部屋は、甘村と北青透高の引率教師である尾野平で二人、北青透高の女二人にプラスαで石母田、小学生四人ずつという構成になった。
石母田が初対面の奴らと一緒なのを気まずそうにしてたが、俺たちと同じ部屋にはできないし、教師は別部屋と決まっているため仕方のないことだった。
「皆さん、大丈夫ですかー!?」
江端という従業員が背後へ振り替えながら心配の声を掛けると、小学生は山中に響き渡る声で返事をした。
その後も景色の変わらない山道をハイキングして、一時間半くらい経ってから施設の中へと戻った。
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夜になり、外はすっかり真っ暗闇に包まれていた。
「皆さま、本日はお疲れ様でした。夕食をしっかり摂り、また明日も頑張っていきましょう」
「「「はーい!」」」
薩摩が労いの言葉を述べると、またしても小学生たちが大声で返事をした。
ハイキングを終えた後、それぞれの部屋で自由時間となった。
俺は東雲と二人、特に話すこともなかったため、東雲が「ちょっと北青透高の男子と話してくる!」と言って、早々に部屋を出て行った。
一人になった俺は、ようやく訪れた静かな空間を満喫し、あっという間に夕食の時間となった。
夕食はすき焼きだ。
鍋の中に牛肉、焼き豆腐、ねぎ、椎茸、春菊などが入っている。鍋の横には小皿に卵二つが置かれていた。
夕食の席の配置は、寝室の部屋毎となっている。なので、俺の対面に東雲が座っている。
薩摩が「いただきます」と言うと、食堂は一気に騒々しさに包まれた。
「うっま!」
「…………」
「ん? 逸釆すき焼き食べないの?」
「食わないわけないだろ。ただ……」
「? あ、もしや逸釆、すき焼き嫌い?」
「──っ」
ニヤニヤしながら、東雲は俺にそう言ってきた。
その態度が物凄くイラつく。
「ああ、嫌いだ。なんでしょっぱい味に甘い味があるんだよ」
「すき焼きってそういうものだから、しょうがない気がするけど……」
俺はすき焼きが嫌いだ。
食えるが、こういう宿泊体験学習などの強制の場でも無ければ絶対に食わない。
塩味と甘味が一緒になってるのが、どうにも口に合わない。別々にしろよ。
「にしても意外」
「あ?」
「逸釆ってなんでも食べられるイメージだったからさ」
「そうかよ」
嫌いなすき焼きを無理やり胃に流し込む作業を繰り返す。
舌に合わないものを流し込む作業は、停学期間に母親の飯で散々やっていたことだ。とっくに慣れている。
ふと、俺は周囲を見渡した。
食堂にいる皆が、笑い合い、楽しく食事をしている。
誰がどう見ても穏やかな空間だった。
明様高や自宅にいる時と違って、歩いているだけで罵声を浴びせられたり、ゴミを投げつけられたりしない。
紛れもなく、平和な空間だ。
ただ、俺は明様校や自宅で、この平和な空間に戻りたいとは思わなかった。
一瞬にして手のひらを返す奴らと笑い合うことなんて、俺には一生できない。
そんな場違いな感想を抱いて、気づけば鍋は空になっていた。
そして、宿泊体験学習の一日目も終わった。




