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第十八話 『自然体験の家』

 



「……そういえば、今日か」


 煩く鳴るスマホのアラームを止めて、俺はカレンダーを見た瞬間急激に体が重たくなるのを感じた。

 怠い。ただただ、怠い。


 八月七日、金曜日。夏休み開始二週間目だ。

 ひたすらに暇な二週間を過ごしてきたが、今日は仕事を頼まれて群馬まで行くことになっている。


 経緯は二週間前。

 甘村が知り合いの小学教師から、群馬の山で希望者のみで行われる三泊四日の宿泊体験学習の見守りを頼まれた。

 そこで、甘村一人だけでは心許ないと言って、石母田と東雲、そして俺を見守りとやらの手伝いをさせられることとなったわけだ。


 東京の高校の奴らも来るらしく、そいつらと甘村だけで十分だろと思ったが、しつこいのは面倒だ。仕方なく、俺は動向を承諾した。


 荷物は四日分の着替え、鞄、財布、以上だ。

 何かするわけじゃない。ただ小学生が危険な行動をしないかを見てるだけ。

 荷物なんか、この程度で全く問題ない。


 クズ親は、両方とも仕事ですでに家にいない。

 適当に着替えて、一階に降り、戸棚に置いてあったカップ麺を作る。

 ガラスのコップにコーヒーを入れて、それを飲みながら三分を待った。


「できたか」


 できあがったカップ麺を胃に流し込んで、後はあいつらが来るのを待つだけだ。



 ■■■■■■■■■■■■■■




 待つこと三十分。

 俺の家に、インターホンの音が鳴り響いた。


「やっとか」


 時刻は、九時丁度。

 インターホンの画面には、茶髪の女と脳筋男ーー石母田と東雲が映っていた。

 その背後には、軽自動車が止められている。連続傷害事件で石母田が被害に遭った時に利用した甘村の車だ。


 俺は応答ボタンを押して、


「はい」


『あ、あの、えっと……い、いい、逸釆くん、いますか……?」


 なんでそんな緊張してんだよ。


「今行く」


『あ、新崎くん⁉︎ お、おはよう……!』


『おーっす逸釆!』


「玄関で騒ぐな。近所迷惑だろ」


 朝から煩い奴らだ。


 インターホンでの会話を終了して、俺は玄関に行く。鞄を背負い、靴を履いて外へ出た。


「おはようございます! 新崎君! さ、これでみんな揃いましたね! 車に乗ってください!」


 俺たちは、甘村に言われて車の中に乗り込んだ。

 助手席に石母田、後部座席に俺と東雲だ。


「出発しますよーう!」


 甘村の掛け声と共に、車は発進した。


「というか逸釆、よく来る気になってくれたよね」


「暇だったからだ」


「ふ〜ん」


 ニヤニヤしながら見てくるが、本当にそれ以外に理由はないからな。


「甘村先生、小学生の子たちって何人ぐらい参加しているんですか?」


「えっとですね、確か十二人だった気がします」


「じゃあじゃあ! 東京の高校生ってどんくらいなんすか⁉︎」


「ごめんなさい、それはわからないですね」


「なら、行ってのお楽しみってヤツだ!」


 東京の高校生、か。

 少人数であってもらいたい。大人数いても邪魔なだけだ。


「あ、逸釆と石母田さん。怪我の具合は?」


「わたしは、全然大丈夫。新崎くんの方が……」


「とっくに塞がってる」


「なら良かった」


 東雲が聞いてきたのは、連続傷害事件の時に受けた傷だ。

 石母田は右肩、俺は左手。

 俺の左手の傷は、石母田と東雲を囮に利用した罰だと思っている。心配される謂れはない。


「甘村」


「甘村せ・ん・せ・い。ですよ?」


「……甘村先生、一ついいですか?」


「なんでしょうか?」


「まだ何も詳しいスケジュール聞かされてないんですが」


「実は、私もまだ知らないんですよね……。現地に着いたらしおりが渡されると思いますし、説明もされると思いますので……」


 宿泊体験学習にしては、色々と不足しすぎだろ。


 それからも甘村と石母田と東雲の三人は、軽口を交わし合い、俺は窓の外を眺めながら群馬への道を車で走った。


 何事もなければいいが、そう思いながら。




 ■■■■■■■■■■■■■■■■




「――もうすぐ着きますよ!」


 甘村の声と同時、スマホの画面を見ていた俺は窓に視線を移した。

 見渡す限りの自然。ガタガタと車が揺れる感覚を味わいながら、入り組んだ道をそのまま進んで行った。


「うおー! すっげー!」


「わぁ……!」


 前と隣、石母田と東雲が窓の外の光景に興奮の声を漏らしていた。

 そんな二人に俺は呆れながら、


「ただの山だろ」


「たくよー、わかってないな逸釆は。こういう山の自然ってのは、中々見られないからいいんじゃんか 」


「ああそう」


 興奮するほどのものでもないという意味を孕んで言ったが、東雲の返答に更に呆れさせられた。


 こんな山道、写真でいくらでも見れんのにどこがいいんだか。

 というか、わかってないも何も一切興味がない。興奮するわけがない。


 俺がそんな風に考えていると、何もない山道を抜け、二階建ての建物が視界に入った。

 建物はぱっと見でも古臭さを感じさせる。


「さっ、着きましたよ」


「結構早かったね」


「長かったが」


「……えへへ」


 俺の返答に石母田は苦笑した。

 辛辣な対応をしていると、隣に立っていた東雲が「あれれ?」と言い、


「まだ小学生たち来てないなー」


「お昼頃到着予定だそうですよ。それじゃあ、私たちは中で待っていましょうか」


 俺たちは甘村の背後について行き、建物の中へ入った。

 中へ入ると、開けた空間があり、壁に『ホール』と書かれた木の板がかけられていた。

 広さは外からでは確認できなかったが、かなり広い。


 床は木目調で作られており、建物内には木の香りがこれでもかと蔓延している。

 建物の中も整備はされているが、やはり外から見たのと同じく、時間が経ち古くなっているのが窺える。


「――お待ちしておりました」


 俺が建物内部の観察をしていると、エプロンに名札を付けた婆さんが甘村の正面に来た。


「ようこそ、群馬自然体験の家へ。管理人を務めさせていただいております、薩摩美智子でございます」


「明様高校の引率の甘村です。よろしくお願いします」


 甘村のお辞儀に合わせ、薩摩という婆さんも深々と頭を下げてお辞儀をした。

 お辞儀をしてから薩摩はゆっくりと顔を上げると、ズボンのポケットから一枚の紙を取り出した。


「―――っ」


 瞬間、俺の脳裏に地に落とされた日のことがフラッシュバックする。

 半田が、胸ポケットから取り出した一枚の紙。そこに、患者名三芳芽亜と書かれていた、あの地獄の再開の日――。


 ……全く関係ないことで何思い出してんだよ。


 頭を強く振って、余計な記憶から意識を逸らす。

 それから、俺は再び正面の薩摩の方へ視線を戻した。


「皆さま、この建物のご案内をさせていただきます。こちらへ」


 薩摩の指示に従い、俺たちは建物の中を案内されることとなった。


 左回りに紹介されていった。最初に紹介されたのは食堂だ。


「こちら食堂でございます」


「うっわ、広いなぁ〜」


 食堂の中は、大体教室二つ分といったところか。

 白い横長の机が何台も繋げて並べられていて、そこに一つ一つパイプ椅子が並べて置かれていた。

 何故かわからないが、無駄なデカさのホワイトボードが壁につけられていた。


「次はこちらの部屋になります」


 続けて洗面所、研修室など紹介されてから、階段を降りて俺たちは地下に行った。


 階段を降りて左側が倉庫、乾燥室、機械室と並び、右側には男子、女子それぞれの浴室がある。

 地下にも一階同様ホールが階段の正面にあるが、あまり広くはない。


 浴室の中は、長方形の浴槽があり、その前後にシャワーが六個ずつ、合計十二個だ。


「次は二階をご紹介させていただきます」


 浴室を出て、階段を上り、今度は二階へ案内された。


「これ、寝室、ですか?」


「はい。全部で十二部屋の寝室となっております。通路の中央に男子トイレと女子トイレがございます。今回は、あまり人数も多くないので、広々と使っていただいても大丈夫ですよ」


 薩摩は石母田に微笑みながら返答した。


 俺は階段を上がってすぐ左手側にあった寝室に入った。

 天井は高く、床は畳。左右に大きめの段ベッドが置かれ、登り降りは梯子で行えるようになっている。


 部屋の正面には、窓があり、外の木々が見られる仕組みだ。俺にとっては、どうでもいいことだが。


「続いては、お外のモノをご紹介させて頂きます」


 開いた扉の前から薩摩の声が聞こえて、俺たちは建物を出て外に出た。


 建物の玄関を出て左の道を抜けて行くと、汚れて古くなった屋根と柱が見えて来た。屋根を支える中央の柱には『炊事場』と書かれている。

 全部で十二個のかまどが置かれ、屋根の真下には六個の机。

 天井は高く、火を取り扱うのに適した空間だ。


「こちらはキャンプ場も兼ねていまして、山でテントを張ってキャンプをする際に調理などでご利用することができます」


「いつかはキャンプもしてみたいな〜」


「東雲君、キャンプ好きなの?」


「まぁね。俺、結構野生児タイプだからよく一人でキャンプ行くよ」


「そうなんだ」


 誰がどう見てもお前は野生児タイプにしか見えねぇよ。


「では、次はキャンプファイヤー場へご案内致します」


 俺がそう思っていると、薩摩は次の場所への案内を開始した。

 来た道とは反対の道を真っ直ぐ進むと、ひらけた場所に出た。


「何も、無い?」


「キャンプファイヤーは、火が大きくなりますので、最大限安全面を配慮しております。ですので、何も置かずこのような場となっております。キャンプファイヤーをする際は、私どもにお声がけいただければ薪を準備致します。ぜひお声がけ下さい」


 そう言って薩摩は微笑んだ。


 キャンプファイヤーか。ただ火が熱いだけだろ。昔からキャンプファイヤーは嫌いだ。

 どうせ、小学生のガキどもはやりたがるんだろうな。面倒臭い。


 その後は、ツリーイングに使う大木が並ぶ場所や、登山、ハイキングコースのスタート地点、ナイトハイクのコースの場所などを紹介された。



 当の小学生と東京の高校の奴らが到着したのは、施設付近の紹介を全て終えてから数分後だった。





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