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第十七話 『事件解決後』

 



「……ん」


「――新崎くん!?」


  目を開ける前に、女声が俺の耳朶を打ち、一気に意識がはっきりとした。

  そこから、ゆっくりと目を開いて声の方へ視線を向ける。


「石母田、か?」


「うん! 良かった、目が覚めてくれて……」


  視界には、長く伸ばした茶髪が陽光に照らされる女――石母田智音だ。


  俺は体を起こして、まず寝台の上にいることと左手に包帯が巻かれていることを確認してから、周囲を見渡し、現在どこにいるのかを把握する。

  ──今俺は病院にいるらしい。


「そうだ! 東雲くんと淡土さんたち呼んでくるね!」


  石母田は表情をパッと明るくし、駆け足で東雲たちを呼びに病室を出て行った。


「事件は、終わったんだな」


  今この場にいることが、自身をひどく安堵感に満たしてくれる。


「逸釆!!」

「新崎君!」


  二分程度が経過した後、室内に男二人の声が響き渡った。

 その声は、監禁された俺を助けに来た男の声と、同じだった。


「東雲。それにあんたもいたのか」


「無事でなによりだ、新崎君」


 東雲とハンチング帽を被った淡土だ。

 二人共、急いで俺の横になっているベッドの周りに立った。


「ああ、お陰様でな。あんたの部下は?」


「瀬波君なら、今日は休みでね」


「そうか。それで、未花は、どうなった?」


  俺は監禁の場に東雲たちが到着した後、すぐに気絶した。そのせいで、今回の連続傷害事件の犯人である未花瀀がどうなったかを知らない。


  俺の質問に対し、淡土が「そのことなら」と言って話し始めた。


「未花瀀さんは、すぐに現行犯で逮捕したよ。だから、安心してくれて大丈夫だ」


「そう、か……」


  未花瀀が逮捕された事実を聞いて、全身の力が一気に抜けた。


  終わった、終わったんだ。――連続傷害事件は完全に解決したんだ。


「一つ聞きたいんだが、俺をどうやって見つけた?」


「東雲君が共犯者の男を捕まえてね」


「待て、共犯者?」


「男は、新崎君を運ぶためだけに協力していただけだから大丈夫だよ」


 それなら、いいが。


「場所は聞かされていなかったけど、男は新崎君がアパートに運ばれると聞いていたんだ」


「それで?」


「犯人が女子生徒の可能性が高いと新崎君が言っていたことを東雲君から聞いてね。まず、新崎君が襲われた時間帯にタクシーが呼ばれていたのを調べたんだ。全部で合計四台。それぞれ、どこに送り届けたかを調べ、アパートの近くに送り届けたタクシーを見つけて、君に辿り着いた」


「助けるのが遅くなって、ごめん……」


 暗い表情で東雲が俺に謝罪すると同時、石母田と淡土も暗い表情になった。


「別に、無事に生きてるんだ。それでいいだろ」


  室内に流れる重たい空気に居心地の悪さを覚えて、俺はそう言った。

  それから、俺は淡土の方へ視線を向けた。


「取り調べはいつだ?」


「一週間後を予定しているよ。来るつもりかね?」


「ああ」


「わかった。話を通しておくよ」


 次に、俺は未だ暗い表情のままの石母田と東雲の方へ視線を移した。


「まず石母田。俺のせいで事件の被害者にさせた。――悪かった」


「ううん! わたしは、全然大丈夫だよ! だから、そんな謝らなくて平気だよ」


「いや、謝罪しなくていいわけがない。半ば、お前を俺は囮にした。本当に悪かった」


 こいつらを、俺は利用すると決めた。

 だが、仮に信用していない人間だったとしても、未然に防げたはずの事件に囮として利用するのは最悪の行いに等しい。

 ――俺を貶めたクズ共と、やっていることは何も変わらない。

 あんな奴らと同じになりたくないと思いながら、無意識に同じことをしていた。


 この謝罪は、石母田を事件の被害者にしたことと、最悪の選択肢を二度と取らないこと。

 この二つの謝罪だ。


「東雲も、悪かった」


「俺はむしろ謝る方だって! 石母田さんを守るって約束したの破ったしさ……」


「いいや、そもそもお前に任せきりにした俺の判断ミスだ。万が一が起こらないとも限らない。そのことを考慮してなかった」


「……逸釆」


 自分中心に解決しようとした今回の事件。

 もっと違う解決の仕方があったはずだ。それなのに、俺は自分一人の被害だけを考えていた。


 終わってると、そう思った。




 ■■■■■■■■■■■■■■■■




 張り詰めた緊迫感の中、俺は二人の警察官と共に取り調べ室を見学していた。


「改めて聞く。君は、新崎逸釆君に近寄る生徒を襲った。凶器を変えていたのは、自身の疑問を解くため。間違いないかな?」


「――――」


 取り調べ室の中、野島という警察官と、その対面に座る視線をどこか別の方向へ向け、口を開けっ放しにした紫髪の髪の女――連続傷害事件の犯人、未花瀀だ。


 何度聞いても、頭のおかしい犯行動機だ。

 俺に異常に執着するあまり、俺に対して嫌がらせをする奴、俺を好意的に思っている奴関係無しに手にかけた。

 凶器を変えていたのは、捕まらないようにするためではなく、人の身体を傷つけたらどうなるのかという疑問。


「未花さん。質問に答えてくれないかな」


「――――」


 今の未花の状態は、完全に意識が別のところへ行っている。

 もうかれこれ二十分は、この状態だ。

 質問に答えず、ただただ明後日の方向を見続けている。


「これでは、埒があかないね」


「――っ」


 散々被害者を出しておいてこれだ。

 そうだと思いたくないが、未花がなんで意識がこの場にないのか予想はつく。


 絶対的な執着を抱いていた存在――それが俺だ。

 未花にとって俺の存在は、犯行動機からも監禁時の際の会話でも想像できないほど大きなモノだったと伝わる。

 第三者が見てもわかるレベルだ。

 その俺に拒絶されたことで、今の未花の状態が生まれた。


「……気持ち悪ぃ」


「ん? 帰るのかい?」


「ああ。時間の無駄だった」


 未花が何も話さない以上、もうこんな所にいる理由はない。

 いつまでも警察となんか同じ空間にいたくないしな。


 俺はさっさと取り調べ室を出た。




 ■■■■■■■■■■■■■■■




 高校二年最悪のスタートを切ってから、早三ヶ月が経過した。

 外は喧しいほど蝉が煩く、異常に気温が高い。

 たまに子どもの声が聞こえてくるが、こんなクソ暑い中遊ぶ気になるなと、逆に感心してしまう。


 そして今俺は、暗闇の自室で冷房ガンガンにしながらベッドの上に寝転んでいる。


「……クソっ」


 七月二十四日。夏休み初日だ。


 未花の取り調べ後、学校では連続傷害事件についての注意喚起が行われた。被害に遭った石母田含む八人の被害者は、学校側から謝罪があったらしい。

 どちらにせよ、上辺だけだろうが。


 俺に対しての扱いは、ただ連続傷害事件の犯人の疑いが晴れただけ。事件解決は、保健室の教師である甘村がしたとされたぐらいだ。

 つまり、現状維持。

 まだ三芳の一件も、俺の立場も、何も変わっていない。


「――電話? 誰からだ?」


 俺のスマホに一本の電話がかかってきた。

 即座に電話番号を検索バーに入力。


「明様高かよ。出る意味ないな」


 どうせろくな連絡じゃない。

 また理不尽な教師からの文句を言われるだけ。疲れるだけだ。


 十五秒ほどしてようやっと電話は切れたが、即再びかかってきた。


「うぜぇな」


 今度はこちらから電話を無理やり切った。

 しかし、切った直後に再びかかってきた。


「ああ、なんだよしつけぇな!」


 このまま無視してもまたかけてきそうだな。

 クソ、電話に出るしかないか。


「何の用だよ」


『──あ! やっと出てくれましたね!』


「その声……甘村?」


 聞き覚えのある声と話し方。一発で誰かわかった。

 未花に石母田が襲われた時、病院に車で送ってもらった。それ以外にも、犯人の手がかりを得るために出席名簿を俺に渡してくれた。

 電話の相手は保健室の教師――甘村だ。


「なんですか?」


『その、二週間後に小学生の……』


「断る」


『ちょっと! まだ最後まで話してませんよ!』


「はぁ……」


 ……嫌な予感しかしない。


『二週間後に希望者の小学生が、群馬の山で三泊四日の宿泊体験学習を行うそうなんです。私その小学校の先生とお知り合いで、見守りをお願いされちゃましてね……」


「……はぁ」


 ……声だけで喜んでのがわかる。


『私一人だけでは心許ないので、東京の高校との合同なのですが、どうですか?』


「嫌です」


『石母田さんたちも来ますよ……?』


「嫌です」


『そこを何とか!!」


 しつこいな。

 だがまぁ、夏休みやること何一つないからな。変化を与えられるなら、


「まぁ、どうせ暇でしたし」


『ありがとうございます!! それじゃ、二週間後! 新崎君のお家にお迎えに行きますね!』


 そう言って、甘村は電話を切った。


 あまりに暇な現在を脱するために、仕方なく見守りとやらを承諾することにした。

 俺の夏休みにやることが無いのは、学校から何も配られていないからだ。担任教師、各教科担当教師からの嫌がらせで課題を渡されなかった。

 実に憎たらしい。


 他に読書をするとか、ゲームをするとか、完全に何も無いかと言えばそうではない。あるにはあるが、結局は短時間の凌ぎ。

 夏休みは長すぎる。二ヶ月も必要無い。


 ……にしても暑いな。

 喉も渇いたし、何か飲むか。


「──ああ、いたのか」


「──っ」


 階段を降りきった直後、父親とバッタリ会ってしまった。


 こいつと話すことは、何もない。

 俺はシカトしてその場を立ち――、


「色々、あったみたいだな。その、お前が」


「どういう風の吹き回しだよ、気色悪い」


 何のつもりか知らないが、不愉快なんだよ。

 お前らクズ親は、見捨てた。周囲に悪人だと思われたくないから、飯だけくれてるだけだろ。


 俺は父親の顔も見ず、そのまま冷蔵庫の水を飲みに行った。






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