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第十六話 『常軌を逸した少女』




「……ん、ぐぁ」


「──目ぇ覚めたぁ?」


  ……声?

 助か──、


「──っ!」


「うわぁ! いきなり動かれるとびっくりしちゃうよぉ。でも、逸釆くんならぁ、瀀は好きぃ」


  曖昧だった意識が、視界に映る前髪の長い紫髪の女の顔を見て、一瞬にしてはっきりとした。


  付けられた手錠、足枷、鎖は健在。これだけで十分だ。──俺はまだ監禁されている。

  それと、今目の前に笑みを浮かべながら俺を見てる紫髪の女が異質なのもわかる!


「お前は!」


「もう、運ぶの大変だったんだからぁ。事前にタクシー呼んでおいてぇ、眠った逸釆くんを大きい鞄に詰めて来たんだからぁ」


  最初に目覚めた時全身が痛かったのはそのせいか……!


「──っ」


「あ、そっかぁ。瀀に色々聞きたいんだよねぇ? 良いよぉ、瀀は逸釆くんにならなぁんでも教えてあげるよぉ」


  乱れた紫髪に紫色の花のピンを付け、長い前髪の隙間から俺を見てそう言った。


  一人称が『瀀』ということは、今目の前にいるのが未花瀀で間違いない。

  聞きたい事は山ほどあるが、まず俺が聞かなければならないのは──。


「お前が連続傷害事件の犯人だな」


  俺がそう質問をすると、未花は目を丸くした。


「そんな風に言われてるんだぁ。でもぉ、傷害とかって嫌な言い方しないでほしいなぁ」


「は?」


「まぁいいやぁ。──そう。瀀が犯人だよぉ」


  直前の言い方が気になるが、あっさり認めたな。とにかく、聞く必要のあるものは全部聞いておくか。


「ねぇねぇ、他にはぁ?」


「なんで凶器を変えて人を傷付けた?」


「そんなことぉ? もっと他にあるじゃぁん」


「さっさと答えろ」


「怖ぁい。でも好きぃ。うーん、試してみたかったんだよねぇ」


「――――」


「逸釆くんはぁ、三芳さんに嘘を広められたせいでぇ、たっくさんの人にいじめられてるんでしょぉ?」


  ストーカーしてたから俺の事情を知ってるのは当然か。


「それがなんだ?」


「邪魔者は最初から消すつもりだったけどぉ、前から気になってたことがあったからついでに試しておこうと思ってぇ。──人って何をすればどう傷付くのかなぁって」


  こいつ今、なんて言った……?


「例えば人参をピーラーで剥くとピラピラーってなるけどぉ、人の皮膚ならどうなるのかなとかぁ、木の板に穴をあけるとぉ、綺麗な丸になるけど人の皮膚も同じなのかなぁとかぁ」


  この女が異常なのは、とっくにわかってことだったが、


「プラスチックとか燃やすと黒くなるけどぉ、人の皮膚も黒くなるのかなとかぁ、壁をハンマーで叩くとへこむけどぉ、人間の体を叩くとどうなるのかなとかぁ」


  ……想像を遥かに超えてる。


「黒板を爪でぇ」


「もういい……!」


「えぇ、話し足りないよぉ」


  こいつは、自分が捕まらないために凶器を変えてたんじゃなかった。──自分の疑問の解決のために、凶器を変えて犯行を行なってた。


  ……常軌を逸してる。普通じゃない。この女はただの異常者だ。


「他には他にはぁ?」


  他にも聞くつもりだったが、常人には理解できない返答しか、こいつからは聞けないのが目に見えてるからやめておくか。


  だがもう一つ、これだけは聞かなければならない。


「未花瀀。お前は、なんで俺にここまで執着するんだ?」


「んぅ?」


「俺はこうして監禁されるまでお前と関わったことは一度としてない。俺にはお前が俺に執着する理由がまるでわからない。理解できないんだよ」


  未花は呆気にとられた表情をしてから、顎に手を当てて考え込んだ。


  俺は、高校に入ってから多くの人間と関わってきた。生徒、教師、カウンセラー、OB。あらゆる行事で活動すればするほど、人との繋がりは増えていった。そして俺は、ある程度関わった人間を忘れない。

  しかし、どれだけ記憶の中を探しても『未花瀀』という女の存在は無い。

  連続傷害事件が起こらなければ、顔すら知らなかったかもしれないレベルだ。


  一分程度経過して、未花は両手を合わせ「瀀はね」と話し始めた。


「ずぅっと、逸釆くんがカッコいいなぁって思ってたんだよぉ。なんでもできてぇ、優しくてぇ、ほんとぉにすごいなぁってぇ」


  ここだけ聞けば、他の奴らと言ってる事は変わらない。ここだけ聞けばな。


「逸釆くんはぁ、瀀には無いものをたっくさん持ってたぁ。瀀は弱くてぇ、何もできなくて無能だけどぉ、逸釆くんは真逆なんだもぉん。そこに惹かれたぁ」


「――――」


「誰でもついていきたいってぇ、思える存在な逸釆くんはきっとぉ、いっぱい努力したんだよねぇ」


  未花は俺に一歩詰め寄ってきた。


「だからさぁだからさぁ、瀀は瀀と真逆な逸釆くんを好きになったんだよねぇ。瀀に無いものを逸釆くんがくれると思ったしぃ」


「――――」


「なぁんにもできない瀀を変えられるのはぁ、全てが真逆な逸釆くんだけなんだぁ。瀀と一つでも同じところを持つ人間じゃぁ、瀀は変えられないし好きにはなれないぃ。だからさぁ、やっぱり瀀には逸釆くんだけなんだよぉ。こういうのを運命って言うんだよねぇ。素敵だなぁ、運命ぃ」


  他力本願どころの話じゃない。

 こいつは、自分を何もできない無能と決めつけて、俺を人生の核として生きていこうと考えてる。常人と考え方がかけ離れすぎだろ。


「ふざけんな。ストーカー行為が運命なわけないだろ」


「むぅ〜。照れ屋さんだなぁ」


「いい加減だま、お前、何してる……?」


「瀀ぅ、逸釆くんには身も心も捧げるって決めてたんだぁ」


  未花は突然来ていた衣服を上下脱ぎ、下着姿となって俺に接近してきた。


「来るな!」


「照れなくてぇ、良いんだよぉっ!」


「おま、離れろ!」


  この女! 抱きついて体を擦り付けてきやがる──!


「離れろ!」


「ほらほらぁ、いぃっぱい、瀀のこと堪能してくれて良いんだよぉ。瀀からの愛情ぉ、受け取ってぇ」


  クソッ! 最悪の状況だ!


「ねぇ、ねぇ〜」


「――お前が向けてるのは愛情でもなんでもない! 抑圧散乱させた、ただの狂気だ!!」


「──ぇ」


  止まった……?


  俺が言い放った直後、未花の動きは止まった。

 これがチャンスだと思い、馬乗りになっている未花を突き飛ばして、俺は玄関へ向かった


「早く脱出しねぇと!」


  玄関の鍵を開けようと、俺は扉に背を向け、未花が見えるような状態で手を動かす。

  だが、手錠と鎖のせいで全く自由がきかない。


「――どうしてぇ、わかってくれないのぉ」


「──っ!」


  倒れて動きの止まっていた未花が、ゆらゆらと立ち上がった。


「まずい……! 早く、よし! まず一つ!」


  カチャ、と玄関の鍵の一つが開いた。後もう一つの鍵と扉のチェーンを開けなければならないが。


「瀀はこんなにもぉ、逸釆くんのこと大好き……ううん、愛してるのにぃ」


「頼む早く開いてくれ!!」


  未花がキッチンの方へ向かうのを見て、嫌な予感が脳裏を過ぎる。その予感は――、


「……おい」


 的中した。

 ──包丁を持った未花が、俺の真正面に立っていた。


「瀀ぅ、思いついちゃったぁ。――逸釆くんとぉ、一つになればいいんだぁ!」


「ふざけんな!!」


  頼む開いてくれ!!

開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開いてくれ!!


「逸釆くんが瀀の中で生きればぁ、瀀がどれだけ逸釆くんのことが好きかわかるよぉ?」


「知りたくねぇし興味もねぇよ! いい加減嫌われてることに気づけ!!」


「逸釆くんはぁ、瀀と一つになってぇ――瀀の永遠の愛に溺れればいいんだよぉ!!」


  考えろ‼︎ 考えろ考えろ考えろ!! 恐怖に支配されるな!!

  致命傷にならない体の部位はどこだ!!

 包丁で刺されても死なない場所は――、


「逸釆く〜ん!!」


「ぐ、がぁぁぁぁ!!」


  左手から血が吹き出し、激痛が走る。


「いい加減に、しろ!!」


「……ぅ」


  包丁で俺の左手を刺した未花の背後へ回り、うなじに手刀を打った。

  すると、未花は一瞬だけ苦鳴を漏らし、床に倒れて気絶した。


「……はぁはぁ」


  張り詰めていた緊迫感と一気に押し寄せる疲労感と死の恐怖に、俺は玄関前の廊下の壁に座り込んだ。


  ……痛すぎる。何が一つにだ。殺して一つになれるわけないだろ。


「後は、助けを待つだけか……」


  ひたひたと流れる左手の血に目をやりながら、助けを待つことにした。


  改めて今回の事件を振り返ると、とてつもなく異常だったことがわかる。

 連続傷害事件の狙いは俺であっていた。しかし、俺を貶めるために明様校の生徒を襲っていたのではなく、俺に対しての異常な愛情から、周囲の人間を全て邪魔者として排除するべく生徒を襲っていた。


  そして、知りたくもなかった半年以上の俺へのストーカー行為。

  どこまでも歪んで、狂った異常者による犯行だった。


  ──ドンドンドン!!



「──警察だ!! 扉を開けなさい!!」


「逸釆!!」


  助けが、来たのか。


「突入するぞ!!」


  直後、扉が勢いよく開け放たれ、二人の男が部屋の中に入ってきた。


「逸釆! 無事で良かった!!」


「……これを見て、同じことが言えるか?」


「手が……! 淡土さん救急車を!」


「わかった! すぐに呼ぶよ!」


  二人の内、一人は警察官の淡土だ。もう一人は、


「なんで、お前があいつと一緒にいる。──東雲」


「俺から頼んだんだ。逸釆を助けたいって。石母田さんのことなら安心して。瀬波さんに警備してもらってるから」


「そう、か」


  東雲から、石母田の安全確保を聞いてホッとした。


「手錠に鎖、それに足枷……ちょっと待ってて! 鍵探してくる!」



  東雲は白い手袋を着用し、室内の奥へと入っていった。

 淡土が救急車の手配から戻ってくると、俺に視線を向けた。


「この子が、未花瀀さんで間違いないようだね」


「ああ」


「今この子は?」


「うなじに手刀を打って気絶させてある」


「そのようだね。とにかく、生きていてくれて良かったよ」


「あぁ……」


「新崎君!」


  なん、だ? 力が、入らない……。


「──と!!」


  叫び声が聞こえるが、なんて、言ってる? だ、めだ。げんか──。



  ────。

  ───────────────────。





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