第十五話 『恐怖の光景』
「さて、戻りますか」
新崎が病院を出てから数分後。東雲は昼食を買いに病院近くのコンビニに行っていた。今は病院への帰り道だ
「一人で帰ったけど、逸釆大丈夫かな……」
昨日石母田が襲われたばかりなのだ。ものすごく心配だ。
気がつけば、病院のすぐ近くまで来ていた。
「──ったくあのガキ。ゴミよこしやがって」
正面に黒いジャケットを着た男が、独り言を言いながら歩いていた。変わった人だな、と思いながら、東雲はそのまま男の横をすれ違──、
「──っ!」
すれ違った直後、東雲はその場に立ち止まった。
それは、見覚えのある物だった。ある少年と初めて言葉を交わしたあの日、連絡先を交換する時に見たことがあった。
「おい」
「あぁ? なんだガキ」
やっぱりと、そう思った。男の右手に握られている、全体的に割れた赤のスマートフォン。ついさっき、病院を出て自宅へ帰ったはずの少年の物だ。
──何故か新崎逸釆のスマートフォンがジャケットを着た男の右手にあった。
「そのスマホ、誰のだ……」
「は? 誰のも何もオレのだ」
「ゴミよこしやがって。さっきそう言ってたよな? ゴミってそのスマホか?」
「さっきからなんだてめえ。痛ぇ思いしてえのか!」
「――それは俺の友達のなんだよ!!」
男の怒声に対して、東雲は男の怒声よりも大声で言い放った。
「友達だぁ? あーあー、あのガキが連れてった奴のことか」
「逸釆に何をした!?」
「オレは運んだだけだ。女のガキが眠らせただけだ。用があるんだとよ」
「場所はどこだ!」
「こちとら金で雇われてんだ。話すわけねぇだろうが」
東雲の胸中は、不安感が増すばかりだった。昨日、新崎との約束を守れず、石母田を傷つけた。同じ過ちを繰り返すわけには、いかない。
「あぁ? やんのか?」
「あんたをぶっ飛ばして、逸釆の居場所を聞きだす」
東雲が拳を構えると、男はナイフを構えた。
「死ね!」
男は、躊躇なく東雲へとナイフを突きつける。東雲は右へ左へと突きつけられるナイフを全て避け、男の下腹部へ回し蹴りを入れた。
「ご、お! こ、の、ガキぁぁ!!」
男はナイフを両手持ちし、東雲を殺そうと走りだす。だが東雲は左に回避、男が両手に持ったナイフを蹴り飛ばし、横っ面を五回殴り飛ばした。
「……か、は」
「話せ!! 逸釆はどこだ!?」
男の胸倉を掴んで東雲は怒声を浴びせた。
「アパートとしか、聞いてねぇよ……詳しい場所までは、知らねえ……」
東雲は男に圧勝したが、新崎の居場所を知ることはできなかった。
この事態を淡土たちに知らせるために、スマホを取り出して電話をかけた。
「淡土さん! 逸釆が連続傷害事件の犯人に誘拐されました!」
『本当かね!?』
「捕まえた協力者の男から聞きました! 場所はわかんなかったんですが、何処かのアパートだそうです!」
『わかった。すぐに……協力者!? 東雲君は無事なのかい!?』
「俺は無傷なので大丈夫です! とにかく逸釆を!」
『そうだね。すぐに助けに行こう。東雲君、君は協力者の男を連れて一度戻ってきなさい』
「わかりました!」
東雲は通話を切り、ジャケットの男に「行くぞ」と伝え、病院に戻った。
石母田のいる病室の中に入り、数分前に起こったジャケットの男との一連の話をした。
「あら、ざきくん……」
話を聞き終え、石母田はぽろぽろと涙を流した。
「淡土さん。早く逸釆を助けに行きましょう!」
「もちろんそのつもりだ。瀬波君、君は石母田さんの警備を頼むよ」
「了解しました!」
「わたしも、行きます……!」
東雲たちの話に、石母田がベットから起き上がって同行の意思を伝えた。
「ダメだよ! 安静にしてないと!」
「でも、新崎くんが……!」
石母田も、新崎を助けたいと思っている一人だ。ただ、解決を待っているだけなのが嫌なのだ。けれど、今の石母田は万全な状態じゃない。
東雲も石母田の気持ちはわかる。だから──。
「逸釆は、俺たちが必ず連れて返ってくる。安心して」
「東雲くん……」
東雲は石母田に、必ず連れて帰ると約束した。
互いに新崎を助けたい気持ちは同じだ。
だが、東雲は一度、約束を破り、石母田を傷つけた。これ以上、新崎と石母田には傷ついてほしくない。
だから、まだ傷ついていない東雲が行くのが必然だ。
石母田は少し沈黙した後、強い意志を表情に宿して、
「――新崎くんを助けて!」
「うん! 任せて!」
石母田は東雲に、新崎を助けるようにと叫んだ。そして、二人は約束の握手を交わした。
「瀬波さん、石母田さんのこと、よろしくお願いします」
「任せて。東雲君と淡土さんも気をつけて」
東雲は瀬波に頷いて、淡土に「行きましょう」と言って病室を出た。
――大切な友人を助けるために行動を開始した。
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「……ぁ、が、ぐ」
全身が異常に重く、激しい頭痛を感じながらゆっくりと目を開いた。
「……暗いな。てか、ここ何処だよ……」
視線を天井から周囲へ移すが、見渡しても真っ暗だ。電気はついておらず、窓もなく部屋に光が一切ない。
「そうだっ! 俺は、誰かに口を押さえられてから意識を失って……」
意識が完全に覚醒し、俺の身に何が起こっているのかを思いだした。
連続傷害事件の被害者になった石母田の話を聞きに来た警察官二人に、新たな情報を聞いた。
その後、今まで得た全ての情報と考えていた可能性を纏めるために自宅へ帰ろうと病院を出たところで、俺は何者かに口を抑えられ、意識を失った。
……頭痛が治らない。何かされ――手が動かせない?
今も続く頭痛に、頭部に何かされたのかと確認しようとしたが、手が動かせなかった。
それどころか、足も体も自由に動かせない。
手を動かせばガチャガチャと、足を動かせばガチャガチャと『金属音』が鳴る。
徐々に暗闇に慣れてきた目を凝らし、自由のきかない自身の手足に視線を向けた。
「おい、嘘だろ……」
──手には手錠、足には足枷がそれぞれ付けられ、腕に鎖が巻かれていた。
「最悪の状況だ……」
ここまで条件が揃えば、誰でもわかる。
暗闇、自由をきかなくする手錠と足枷、巻かれた鎖。──俺は監禁されているようだ。
完全に目が暗闇に暗順応し、再び周囲を見渡した。
部屋の大きさは大体六畳。右側に扉があり、奥におそらく玄関がある。左側は何もない壁だ。そして正面。
「机か。スタンドライトが置かれてるな。脱出するのに部屋を詳しく観察する必要がある。ひとまず明かりが探すか」
……クソッ頭が痛ぇ。何されたんだよ。
頭がガンガンと殴られたように痛い。それに全身の重さも残ってる。
だが、今は無視して脱出を優先だ。
壁に寄っかかりながら立ち上がって正面の机へ。
「真っすぐ立てない……」
拘束具のせいもあるだろうが、別の理由も確実に存在している。
何か薬物を飲まされたか、傷を負わされたかのどちらかだろうな。
フラフラしながらも、倒れないように両足で床を擦りながら進んで行く。
……やけに机までの距離が遠く感じるな。
なんとか正面にあった机に辿り着き、俺は机の上に倒れるように座った。
「このスタンドライト、どうやってつけるんだ? 暗くて見えづらい」
スタンドライトに顔を近づけてスイッチを探すが、元々白黒にしか映らない視界と暗闇のせいで全くスイッチが見つからない。
俺は体の向きをスタンドライトとは反対にし、手錠を付けられた両手で手探りでスイッチを探した。
「――。――。あった」
両手で下の方を触っていたら、窪みがあり、中にへこむ感触がある。――スイッチだ。
見つけたスイッチを押して、暗闇を光で照らした。
「……ぅ」
暗闇に慣れきった目が光の眩しさに反射的に閉じた。何度も瞬きをして明るさに目を慣らす。
そして──。
「……なん、だよ……これ……」
明るさに慣れた目に最初に映った光景は、地獄だった。
──壁一面に俺が写った写真が無数に貼られていた。
「連続傷害事件の犯人が、俺の行動を全て把握しているのは、わかっていたことだが……」
土曜参観の日、三芳との会話の後に石母田が襲われたことで確信した。
だが、これは把握していたとかのレベルの話じゃない。これはもはや――、
「ストーカーだ……」
これを見て、そうじゃないって思えるはずがない。
写真のどれを見ても俺が写ってる。それは何も、最近の俺だけじゃない。高校一年の秋頃の俺の写真もある。
……ここまでの執着心を持つ奴が、今までいたってことかよ。
教室にいても、体育館にいても、体育館裏にいても、食堂にいても、校庭にいても、デパートにいても、スーパーにいても、塾にいても――家に、いても。
「俺は今に至るまで、ずっと誰かに見られてたっていうのかよ……」
全身が怖気に支配されていく。
これを見て、恐怖心を抱かない方が逆に異常だ。それこそ、このストーカーと同じ性質を持った奴以外に考えられない。
「本当に気持ち悪すぎる。ん?」
自身の写った写真を見て、一つ引っかかることがあった。
「なんで所々に刃物が刺さってる?」
何故か数枚の写真に刃物が突き刺さっている。
脱出の手がかりならいいが。
「体育館裏、隣に三芳……だよなこれ」
地に落とされる前日、三芳芽亜に俺が体育館裏で嘘告をされた時の写真だ。その写真に包丁が突き刺ささっている。
次に俺は、右斜め上にあるカッターの突き刺さった写真へ視線を向けた。
「今度は東棟一階の写真か。てことは、隣の茶髪は石母田か。なんで所々に刃物が刺さってるのか不思議だったが、これで理解した」
他にもフォーク、彫刻刀、錐などが刺さっている写真が数枚あるが、これはおそらく、
「……俺以外の人間にだけ刃物を刺してある」
貼られている写真には、必ず俺が写っている。
俺一人の写真もあれば、複数人と写っている写真もある。刃物が刺さっている写真は、いずれも複数人と写っている写真だ。
つまり、ストーカーは俺と関わる人間が許せないから、こうして刃物を突き刺しているのだ。
「連続傷害事件の犯人にして俺のストーカー。最悪の存在すぎるだろ。それにしても、犯人の狙いが俺で、貶めるためじゃなく異常な執着心からなのは怖気がするほど理解したが、じゃあ、誰が俺を?」
ストーカーは、相手に対して異常な愛情が生まれるか、憎しみが生まれるかで発生する。俺の場合は前者だと考えるのが自然だ。
もう一度、犯人が誰かを考えろ。
犯人は明様高の女子生徒で、俺に対して異常な執着心を持って行動していた。三芳にも好きと言われたが、あのクズ女に目の前の写真を撮った女ほどの執着心はないはずだ。
あいつは単に、俺の苦しむ顔が見たいだけ。それに、土曜参観の日に話した後校舎で犯行をするのは不可能だ。
他の女子生徒とは、目立つようになってから何人も関わったことがある。学校行事や休み時間の教室での会話だ。しかし、それだけだ。
告られた事もあるが、そんなのは三芳含め三回。
三人全員、地に落とされるまでは普通に接していたつもりだ。
誰だ? 誰だ誰だ、誰なんだ? 誰が俺にここまで執着心を抱いて――、
『三人の中だと一番学校に来てて、月に五回くらいだったと思います』
「……ま、さか」
前に甘村から、一人の不登校の女子生徒について話を聞いた。
そいつは、俺が最初に選択肢から切り捨てて、犯人だと考えもしなかった生徒。
「――未花瀀」
月五回というのを最初に聞いた時、不登校に対する後ろめたさで学校に登校しているものだと思っていた。しかし今は、違う考え方ができる。
この異常なストーカー性質に当てはめて言うなら――俺を見るためだけに、月五回学校に登校していたと考えられる。
「今までの行動と目の前の写真から考えると合点がいく。本当に面倒、ぐっ……」
……頭が、痛い。
「脱出、しなきゃならないのに……ほん、と、に……」
……頭が痛すぎて立ってられない。
倒れてる場合じゃないのはわかってる。わかってるが、体が言うことを聞いてくれない……。
「……お、きろ」
床に倒れた状態から、俺はもう一度起きあがろうとするが、全く体に力が入らず起き上がれなかった。何度か試みるがダメだった。
俺は確実に薬を飲まされてる。加えて、監禁されてから十時間以上経過していて体が衰弱している可能性が高い。
今は、そんなの無視して、
「──ダメだよぉ、勝手に動いちゃあ」




