第十三話 『元凶』
ーー暗闇の中、俺は自室の天井を眺めていた。
地に落とされてから散々な目に遭わされ続けている。一体いつになったら、この地獄から解放される。
「クソッ……弱気になるな。これじゃクズどもが喜ぶだけだろ」
俺は横になっていたベッドから起き上がり、連続傷害事件の現状を纏めたノートの乗った机へと歩き始めた。
「あ? 通知? 誰からだよ」
俺のスマホに、一通のショートメールが送られてきた。
「石母田と東雲には、新しく作成したメッセージアプリのアカウントを教えてあるはずだが」
以前に交換したメッセージアプリのアカウントからの通知なら、学校で何かあれば連絡しろと伝えてあるため、石母田か東雲のどちらかだとわかるが、ショートメールからの通知だ。
ショートメールは、電話番号を宛先にしてメッセージを交換するものだ。
俺は三か月前まで二百人以上と電話番号を交換していたが、現在は全員ブロックしてある。親も含めてだ。
本当は電話番号自体を変えたいが、親の契約下にある以上、保護者の許可が必要で仕方なくブロックという形をとっている。
石母田と東雲、どちらにも俺の電話番号は教えていない。
なら誰が、俺にショートメールを送ってきた?
スマホのロックを解除し、ショートメールアプリを立ち上げ──、
「は?」
メールを開き、送り主の名を見て驚愕した。
「──三芳、芽亜」
なんでこいつが……?
《久しぶり、新崎君。きっとこのメールを見て驚いているんじゃないかな? ふふ。だったら嬉しいな。話したいことがあるから、この公園に来てくれないかな?》
三芳芽亜と名乗る者から送られてきた文面と、その下に俺の家から徒歩五十分ほどの場所にある公園へのマップが添付されていた。
脳裏に過るのは二つの可能性だ。
一つ、誰かが三芳芽亜の名を騙って俺にメールを送ってきている。
二つ、三芳芽亜本人が俺にメールを送ってきている。
どちらにせよ、罠の可能性は十分に考えられる。だが、行かないでどうなる? 行かなかったら行かなかったで何かしらのデメリットが発生する可能性もある。
「あの女に誘導されてると考えるだけで、不愉快すぎて気分が悪くなる!」
俺は適当な外着に着替え、自宅を飛びだし、三芳に指定された公園へ全速力で向かった。
事の元凶、それに三ヶ月振りに対面しに行く。
あいつはどの面で俺と会おうって思ってるんだ? 俺は、お前の顔なんか二度と見たくなっかんだが。
「にしても、やっぱり今日動いたか」
予想していた通り、土曜参観のある七月十一日の今日に仕掛けてきた。
結局、三芳が犯人だったてことなのか? いや、そう断定するにはあまりに情報が少なすぎる。
理由は、直接本人に聞けばわかることか。
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全速力で走って三十分。
「ったく、あのクソ女……!」
走って来たせいで異常な疲労感が全身を満たしていた。
で、三芳はどこだ?
周囲を見渡してもあの女の姿が見当たらない。
呼び出しておいて遅れてくるのかよ。
「──お待たせ」
「──っ!」
背後から、二度と聞きたくなかった女声が、聞こえた。
唇を強く噛み、拳を強く握りしめ、俺は溢れ出そうになる憎悪を必死に制御する。
そうしてないと、今にも暴発しそうだ……!
振り返ると、二度と見たくなかった女の姿が、そこにはあった。
髪を長く伸ばし、前髪をピンで留め、憐れみの視線を向けながら微笑む女。
「ようやく、自白する気になったか? ――三芳芽亜」
「久しぶりにあったのに酷いなぁ」
「久しぶり? ふざけんな。俺はお前みたいな奴に二度と会いたくなかった」
「私はずっと会いたかったけど」
なんとか平静を保って、俺は三芳との対話に臨む。
「さっさと本題に入れ」
三芳の言葉を遮るように俺は言った。
このクソ女と同じ空間にいたくない。このクソ女の声を聞きたくない。
「むぅ。まぁ、それを話すために来てもらったしいっか。単刀直入に言うと──連続傷害事件の犯人は、私じゃないよ」
「事の元凶のお前の話なんか信用できない。一連の犯行、お前がやるなら色々と説明がつく。大人しく認めろ」
「じゃあ聞くけど、新崎君を退学させないで学校に残したのは私の意思だよ? なのに、退学になるような事すると思う?」
「……くっ」
俺が三芳芽亜を犯人と断定できない、明確な理由があった。
それが、今三芳が言った『俺を学校に残した』ことだ。
三芳は兄の事故での怪我を使って、俺を三芳芽亜暴行の悪人に仕立て上げた。だが、退学にすることはなく、一ヶ月の停学だけで済ませて俺を学校に残した。
わざわざ学校に残したのに、退学になるような貶め方をするのかと疑問に思っていた。
何かしら考えがあるのは間違いないだろうが
「──私が新崎君を貶めた理由、教えてあげるよ」
「──っ!」
その一言に、俺の心臓の鼓動は速くなった。
「私はね、早い段階でなんでもできる新崎君のことが好きだった。他の人たちとは違う、尊敬とかじゃない純粋な恋心を抱いてた」
「――――」
「でも、もっと好きになる新崎君の姿があったんだ。人はみんな完璧じゃない。それは私も新崎君も同じこと」
「それが、なんだよ」
「私が新崎君をもっと好きになった姿は──失敗して、辛そうに落ち込んでるところ」
「……は?」
理解、できない。
今、何て言った、この女は?
「だから、私はあなたを地の底に落とすために私自身と家族を利用した」
「おま、え……」
「これが理由だよ」
思考が追いつかない。
いっそ夢であってほしい。
抑えないと、感情が爆発する。
耐えろ。耐えろ俺。耐えてくれ。耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ──!!
「ふざけんじゃねぇよ!!」
「どうしたの急に」
「お前の欲望のためだけに俺を貶めたって言うのか? はぁ!? まだ、活躍する俺にムカついて貶めたって言われた方がマシだ!! 恋心? 気持ち悪いんだよ!! こっちはどんだけ」
そこで気づく。──俺に怒声を浴びせられる三芳が微笑んでいることに。
「あれ、終わり? 良い顔だったのに」
「三芳芽亜! お前は常人じゃない……! 異常者だ!!」
この女はイカれてる。
俺をここまで貶めておいて、理由が辛そうにしてるところを見るため。
頭がおかしいとしか言いようがない。
「話を戻そっか。改めて言うけど、私は連続傷害事件の犯人じゃない」
何事も無かったかのように話しやがって。
「その言い方、犯人を知ってるみたいな言い方だな」
「知らないけど、予想はついてるよ」
「予想?」
「まだ気づかない? 犯人は、新崎君に関する情報を一通り把握してる。それはわかってると思うけど、なら――こうして私と話してることも把握してて、もう動いてるんじゃないかな?」
「な⁉︎」
驚愕に驚愕が重なりすぎて、脳の処理が追いつかない……!
「早く行った方がいいんじゃない?」
「クソッ!!」
ここから学校まで、徒歩だと四十分はかかる。財布持ってきておくべきだったと後悔するが、今はそれどころじゃない。
石母田と東雲のことが最優先だ。
「──っ」
ここで三芳の姿を写真に撮れば──!
「どこまでも調子に乗りやがって!」
既に三芳の姿はなかった。
「三芳芽亜!! 俺はお前を!! 絶対に許さない!!」
時刻は十五時半を過ぎてる。
三芳を探し出したいが、今は時間がない。
確実に近くに隠れてる三芳芽亜に対して憎悪を叫び、俺は再び走りだした。
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校舎内に学校終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
長い茶色の髪の少女──石母田智音は、左隣の座席に視線を向け新崎逸釆の無事を祈っていた。
元々学校に来ることで傷つくかもしれないと心配して来ないように言った。しかし、来なければ来ないで、彼が連続傷害事件の犯人に襲われる危険がある。
そのことが、辛く、悲しく、心配だった。
「行かなきゃ」
モヤモヤした気持ちを抱えながら、東棟一階へと向かった。
「ちす、石母田さん」
「早いね東雲くん」
「人に見つかるとやばいからさ、ダッシュで来た」
「ふふ、そうなんだ。……今日、何もなくて良かったね」
「いや、まだ油断はできないよ。この後も何か、ん?」
「どうしたの?」
「ちょっとごめん。電話だ」
東雲は、ズボンのポケットからスマホを取り出して通話に出た。
『お、東雲か!?』
「四谷さん? 今日は休みですけど、何かありました?」
『そうなんだよ。別の道場と練習試合をする予定だったんだが、うちの子二人が風邪を引いて休んでな。申し訳ないけど、来てもらえるか?』
「あ、えーと……」
東雲は苦い表情になりながら石母田を見た。
「わたしなら大丈夫だよ。保健室で甘村先生と一緒にいるから」
石母田は、微笑みながらそう言った。
寛容な石母田に対して、東雲は二度大きく頭を下げた。
『どうした東雲?』
「あ、いえ! すぐに行きます!」
『おー! ありがとな! 待ってるぞ!』
通話が終わり、東雲は申し訳なさを全身から醸し出しながら、石母田へ再び頭を下げた。
「ごめん! 総合格闘技の習い事に急遽行かなきゃならなくなっちゃって、逸釆に守るように言われてたのに……」
「ううん。用事なら仕方ないよ。新崎くんには、後で一緒に謝ろう」
東雲は頭の中で新崎を思い浮かべ、後で心から謝罪しようと誓った。
「ホントにごめん! 道場までそこそこ遠いからもう行かないと! 石母田さんも気をつけて!」
「うん、ありがとう。東雲くんも頑張ってね」
言って、東雲は走り去っていった。その背に石母田は小さく手を振りながら見送る。
結局、今日は今のところ何もなかった。だが、決して油断はできない状況は続いている。
「早く保健室に行かないと」
保健室に行けば甘村が待っているし、何より保健室前は職員室に近く一通りが多い。自身の安全確保のためにも石母田は急いで向かうことにした。
保健室があるのは、西棟一階の奥だ。
作りは東棟一階と同じで、東棟一階と違うのが西棟一階には、空き教室が一つもなく、保健室の他に事務室や清掃員室などがあるところだ。
東棟と西棟を繋ぐ長い渡り廊下を歩き、左へ曲がれば視界の先に保健室が見えてくる。
夕日もさして、時刻は十六時を過ぎている。石母田は残りの廊下を早歩きで──、
「──え?」
直後──石母田は黒いローブを着た誰かに、肩を何かで突き刺された。




