好きな自分
死にたい自分が好きだった。
可哀想な自分じゃなくて、死にたい自分が。
誰かにひけらかす訳でも無く、誰かに助けを乞う訳でも無く、ただ死にたいと思っていた。
その気持ちが好きだった訳では無い。
苦しくて辛くて、でも何も無くて。
なにもなかった。
ある日気付いた。
死にたいという感情に。
嗚呼、まだ私は死にたいという願望を持っている。
願いが、希望がある。
それがとてつもなく嬉しくて、幸せで堪らなかった。
楽しいことは無い。嬉しいことも無い。辛いことも無ければ、悲しいことも無い。
ただ、死にたいという感情だけを抱えていた。
大切に、大切に。
まるで宝物のように、私は「死にたい」を抱えていた。
死にたかった。でも、存在を消したかったわけじゃない。
生きていたくなかった。でも、感情が消え去るのがいちばん怖かった。
死にたいでいい。それだけでいい。
そこに確かな「願い」があるのなら。
私は「死にたい」を原動力に「生きたい」と思った。




