恋敵はクリームソーダ
どうも最近になってフミの彼氏の様子がおかしい。
ふたりで会っていても、なぜだか周囲に視線を彷徨わせる。
出先でもスマートフォンをチェックする回数が増えている。
そして……レストランやカフェなどでたのむ飲み物は、以前だったら夏はアイスコーヒー、冬はホットコーヒーの一択だったのに。明らかに嗜好に変化があった。今はデザートメニューのページを開いては、隅々までチェックをして「とあるもの」を探している。
とあるもの──
それは、氷がたっぷりと入った透明なグラスに注がれた、きらきらしいエメラルド色のソーダ水。しゅわしゅわした炭酸と氷の上に、雪国のかまくらのごとくに浮かぶクリーム色をしたバニラアイス。さらには、軸まで鮮やかな赤色で染められたサクランボがその上に載せられているもの。
つまり──メロンクリームソーダ。
メニューにメロンクリームソーダを見つけた彼はしばらく何かを考えている。そして注文をするのかと思いきや……しなかったり。
どのような基準で注文をするのか? しないのか? ただ単に気分……なのか?
いまいちフミにはわからなかった。
✤
「なんだか様子がおかしいのよね」
彼のそんな話を友人にすると、返ってくる答えは決まっている。
「カレシ、浮気してたりして?」
正直にいうと、フミも真っ先に頭に浮かんだ。
「そのクリームソーダも浮気相手の影響かもよ? そのコが美味しそうに飲んでたから。とか、彼女がクリームソーダが大好きなコだからとか?」
浮気かぁ。
でもね、あの人。そんなにモテないのよね。
それでも友人の言葉に、フミは彼の部屋に飾られていたカプセルトイを思い出す。
ミニチュアのクリームソーダのマスコット。その数はざっと見ただけでも十個以上はあった。いったい、ガチャにいくら注ぎこんだのか。
なめらかな曲線を描くグラス。
ソーダ水はマリーナの水色、グレープの青紫色、セピアコーラの赤茶色、ブルースカイの青色。バニラアイスの横には、真っ赤なチェリーがちょこんと飾られている。ストローまで付けられていて再現度も高く、なによりかわいらしい。
それらがパソコン机の上にきれいに揃えて飾られていた。数があるというのはそれだけで見映えがする。集団で歌い踊るアイドルたちのようだ。
しかしその中にはセンターをつとめる定番。緑色のメロンクリームソーダの姿はなかった。
「どうしたの、これ?」
そう聞くと彼はばつが悪そうに笑って、友だちからもらったと言った。
こんなにたくさん? とは思ったが、口には出さない。
彼は友だち、と言った。
「浮気相手」もしくは「二股の相手」とは言わなかった。
「まあ、たとえそうだとしてもさ、素直にそんなことを言うヤツはいないよね」
友人はケラケラと笑った。
「ほかには? なにか変わったことってあるの?」
ほかに変わったこと……彼の部屋の壁には、ポストカードサイズのイラストが何種類も飾られていた。それらのイラストは水彩画風だったり、AIイラストだったり、写真風だったりした。そしてそれはメロンクリームソーダそのものだったり、どこかしらに必ずメロンクリームソーダが描かれているものだった。
「なにそれ? たんにメロンクリームソーダにハマってるだけじゃないの?」
それでは頻繁にスマートフォンをチェックしたり、周囲を気にするようにキョロキョロとするのは説明がつかない。
「うーん……。それはわからないけど。さっきの浮気云々は冗談だからね。気にしなくていいんじゃない? そもそもフミのカレシは浮気なんかできるタイプじゃないでしょう?」
友人に悪気はないことは十分に解っている。フミを不安にさせないために言ってくれているのだ。
フミが自分で思うのはいい。でも、友人からそれを言われるのは……暗に、フミのカレシはモテないでしょう? と言われているようで、それはそれで釈然としない。いや、実際にそうなのだけど。
我ながら不思議な感情だと思った。
蓼食う虫も好き好きっていうもんね。あの人にだって、それなりにいいところはあるんだから。
✤
暑すぎた夏がやっと終わる。吹いてくる風も涼しくなってきた。
そろそろ温かい飲み物や食べ物がコンビニエンスストアのレジ横でも目につくようになる。それでもフミのカレシは、夏の匂いのするメロンクリームソーダを探している。
「ねえ、なにか隠してることあるでしょ?」
注文したメロンクリームソーダを嬉々としてスマートフォンの写真に納めている彼に、フミは夏の間からもやもやとしていたことを思いきって尋ねてみた。
「え…………。ないよ、そんなの」
彼は写真を撮る手を止めてフミを見た。
うそ。今、思いっきり間があった。
三年の付き合いだ。それくらいはわかる。
「わたしに言えないことなの?」
「え……。そういう訳じゃない……けど……」
「ないけど、なに?」
「……」
矢継ぎ早の質問に彼は黙り込んでしまった。無言でスマートフォンを操作する指先だけを動かしている。フミには弁明も釈明も言い訳も……何も言う気はないのだろうか?
もしかして……本当に浮気? ……いや、でも、まさか。彼に限って……。いやいや、よくうちの子に限ってっていうけど、実際にはそういうほど限られてないわけだし……。もしかして……このまま別れ話とかになったりする?
フミの心臓の鼓動が早くなってゆく。
この沈黙は重い。
その重さに耐えきれなくなったフミが口を開こうとしたときに──
「これ……見て」
フミの目の前のテーブルに、彼はスマートフォンをすっと滑らせた。
フミはその画面を覗き込む。画面全体は明るい緑色に染まり、可愛らしいフォントの文字が踊っている……。
どこかしらにメロンクリームソーダが描かれているバナーやイラストが映し出されていた。
どこかで見たことあるような……?
あ……壁のポストカード?
「これ、なに?」
「あのさ……。フミには言ってなかったんだけど。俺、Web小説書いてるんだ……」
Web小説!?
って、え? トラックに轢かれて異世界とかに転生しちゃってチートもらって追放されてからの俺TUEEEとかしてのざまあでハーレム展開しちゃったり、乙女ゲームの悪役令嬢になっちゃったり婚約破棄されたり「お前を愛することはない!」とか言われちゃうけど隣の国のハイスペ王太子とかに見初められちゃうみたいな!?
「あ、うん。……詳しいんだね」
付き合って三年。
もうすぐ四年目になる今、フミは彼の秘密を知った。
「そのサイトで企画があってね。それがこれ……」
彼はあるバナーを指で示す。
「クリームソーダ後遺症祭り……?」
「うん」
彼はフミにその企画の説明をしてくれた。
「……というわけ。俺も本編の祭りから参加してる。だから、今でも緑と白と赤の配色モノを目で追っちゃうんだよね。クリームソーダやガチャを探したり、ガチャは見つけると回しちゃうし。新しい投稿も気になるから、フミと会っててもついスマホを見ることが増えちゃって。……たぶん、なんかいろいろと不安にさせてたよね」
申し訳なさそうな表情で、彼はフミにゴメンと頭を下げた。
なんだ……そうか……。
よかった。浮気じゃなかった……。
そうだったんだ……。
彼の告白にフミは二重に驚きながらも、浮気ではないことにほっと安堵していた。
「……定番イメージのメロンクリームソーダにはなかなか巡り会えないんだ。お店でもさ、微妙にグラスやチェリーが違ったり。ガチャもそう。だからかなり回しちゃって。フミはくじ運がいいから、今度は俺の代わりにガチャ……回してくれないかな?」
「うん……いいよ」
照れたように微笑む彼。フミもやわらかな笑顔を返した。
今度からは街中でも、ふたり一緒にクリームソーダを探して、ガチャも回そう。
フミのなかで夏からずっともやもやとしていた霧は、秋の訪れとともにやっと晴れた。
しかし……それはフミのなかで、もうひとつの秘密が生まれた瞬間でもあった。
マジか──
彼、同業者だったわ。
お祭りの裏側ではこんなことが起こっていたりして……(´꒳`)?