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9信頼

 実習から戻って私は真っ先に自分の契約書を確認した。よかった。働く場所は第一砦の学校と書いてある。もし、来年からどこかはしらない荒れ地の真ん中に行かされるのならば、すぐにでも荷物をまとめようと思っていた。


 大変なことは多いけれど、私はこの町での生活を気に入りかけていた。

 でも、あんな荒野のど真ん中で生活しろと言われたら……目の前が暗くなる。こういうなりだけれども、妙齢の女性なのだ。

 あんなところで暮らすなんて、絶対に嫌。


 それに、せっかくラーズ会長が用意してくれた家が無駄になってしまう。まだ借りるかどうかの返事はしていないけれど。私はすっかりあそこに住むつもりになっていた。


 そうだ、ラーズ会長にそれとなく聞いてみよう。


 返事はこちらにと交換した光版上の連絡先を初めて開いた。


『ラーズ会長。エレッタです。先日の家の話でご相談したいことがあります。お暇なときに……』

 そこまで光板に載せた時だった。


『@nowihoieoijlkmoiuoioijopkp///////』


 わけのわからない文字列がいきなり現れた。まさか、文字も送れないほど私の魔力は不足しているのだろうか。


『エレッタさん?』

 急にラーズ会長の顔が光板に浮かんだ。一瞬、慌てたような会長の顔が飛び出してきて、歪んで、荒くなった。

『たたたたたたたた』

 音が気味悪く繰り返される。

 耳障りな音に耐えられない。私は急いで文字列を送る。


『ごめんなさい。うまくつながらないので、文字での通信でお願いします』


 映像と音声が消えた。あたりが一気に静かになる。


『エレッタさん、どうされたのですか? 何か不都合がありましたか』

 あっという間に文字が浮かぶ。


『少しご相談したいことがありまして、実は……』


 私は今日の出来事を話す。


『そんなことを言ったのは誰ですか』

 どこか不機嫌そうな文字列が戻ってきた。


『ジーナ少佐という方です。ラーズ会長のお知り合いのようでしたけれど』

 しばらく沈黙があってから、また、文字列が戻ってきた。


『新しい学校のことは気にしないでもいいです。エレッタさんがあそこに行くことはありぇません。いやだ……いや、あそこは……』

 通信が乱れた。


『ラーズさん? つながっていますか?』


『え、ええ。とに書く、エレッタさんが嫌がるようなことにはなら内です。安心して下さ衣』


 うーん。なんだかうまくつながっていないようだ。

 私はまた、後日、会いに行くことを約束して通信を切った。


 実習で疲れたからだろうか、子供たちはとてもおとなしかった。いつもよりも熱心に授業を聞いているような気がする。


「あの子たち、焦っていますね」

 ユイ先生が私の疑問に答えてくれた。


「なぜ焦るのです?」


「新しい学校に行くのに、試験があります。試験、通らないと、新しい学校にいけないね」

 共和国語の授業にも参加する子が増えたとユイ先生はいう。

「エレッタ先生の授業は、試験の科目ね。そろそろ、頑張らないといけないね」


「でも、ここは別に学校に通わなくてもいいと、ききましたよ?」


 確か、辺境で子供たちは学校に行く必要はなかったはずだ。特に黒の民はほとんど学校に通うことはないときいていた。


「むかしはね。今は小学校は必修になってるね。でも、これからは中学校まで必修にしようといってるみたいね」


 内地と同じにするということなのかしら?

 でも、ここの授業で決定的に欠けている科目がある。光術の使い方の時間だ。


 黒い民は、光術が使えないためにこの地に追放されていた。その子孫たちも光術に適応するものは少なく、だから授業もないときいていたのだけど。


「でも、光術の授業はないのでしょう? それで、中学校ですか?」


 私の経験では、本格的に光術を学び始めるのは小学校の高学年からだった。当然、中学ではほとんどが光板を使った授業になり、高等学校では光術に優れた生徒専用の授業すらあった。光量の少ない私にはつらい授業だった。


「ここ、光術使いにくいね。その代わりに、魔道具をつかったりいろいろするよ。共和国の技術も使うよ。だから、みんな、共和国語、習いに来るね」


 共和国語、便利。ユナ先生は胸を張った。

 そう、ここでは便利なのだけれど。内地の学校ではほとんど習うことのない授業だ。かくいう私も、簡単な挨拶くらいしか習わなかった。


「私も、少し習おうかしら」

 ぼそりとつぶやいた言葉にユイ先生はすぐに反応する。


「エレッタ先生、ぜひぜひ。これからは共和国語、便利な時代ね。お勉強好きな先生ならすぐお話しできます」


 手を取るように言われても……通りがかったクリス先生に変な目で見られてしまう。

 後で何か言われそう。クリフ先生はあらさがしをするのが趣味のようなところがあるから。


 私はそわそわとラーズ会長と会う日を待った。


 彼に相談したら、絶対に何とかしてくれる。そんな安定感が彼にはある。本当に頼れる男性の代名詞のような人だと思う。このそわそわした感覚を癒してくれるのは彼しかいない。


 それとなしに尋ねてみたが、校長先生もほかの先生方も新しい学校に代わるような話はしていない。きっと、新しい学校に行くのはほかの先生なのだ。たぶん。うん。


 ラーズの事務所には時間通りに訪れた。今日は会長がきちんと待っていてくれた。


「すみません。エレッタさん。むさくるしいところで」

 きれいに片づけてある事務所でラーズ会長はもごもごと言い訳をした。


「いえ、今日はお時間をとっていただいてありがとうございます」

 私は早速、新しい学校のことを訪ねてみた。

「……その学校にいくのでしたら、こちらで家を借りないほうがいいと思うのです」

 言い訳を付け足す。


 ラーズ会長は最後まできちんと私の話を聞いてくれる。前にも同じ話をしているのに。


「エレッタ先生が新しい学校にいくことはないですよ」

 話の終わりにラーズはきっぱりと言い切った。

「新しい学校の場所は、ここ、黒の町と、黒の森の中の二か所に分かれています。エレッタ先生が上の授業を受け持つとしても、この町の中の学校になると思います。森の学校の位置は……あそこは冒険者の養成もかねての設備になる予定なので」


 辺境の実情に合わせた学校にするのだとラーズは説明した。


「しかし、ジーナ少佐は……」


「ジーナ少佐は、見てわかる通り、黒の森にすむ黒の民です。彼女は向こうの学校の専任になる予定ですから、そういう言い方をしたのだと思います」


「あら、ジーナさんも先生なのですか?」


「彼女は、戦士ですから……えー、民を導く立場にある教師と兵士を兼ねたような役職ですね」


 まぁ。私は驚いた。黒い民の戦士といえば、小説の中によく出てくる高貴な野蛮人の代表だ。だいたい女主人公をさらっていく役どころなのだけど。

 女性の戦士がいるとは……ちょっと意外だった。


「あんなにおきれいなのに」


「きれい?……それならエレッタ先生のほうがよほど……」

 ラーズはぶつぶつとつぶやいている。


「きれいな方でしょう。すらりとしていて、……素晴らしい体形で」

 飾り気のない軍服を着ていてもわかる素晴らしい胸だった。男の人たちはああいう女の人が好きなのだ。

 きっと。ラーズさんもそうだろうか。私はそっとラーズ会長をうかがう。彼の体格なら、ジーナさんくらい上背のある女性が似合うだろう。


「それで、あの家のことは……」


「もし、この町に住むことができるのなら、お願いしたいと思っていますの」

 私は軽く頭を下げる。


「そうですか。それはよかった」

 ラーズ会長はホッとした顔をする。

 あら、ご迷惑だったかしら。ほかの方が借りたいといわれていたとか。


 私はラーズ会長の出してくれた焼き菓子をいただきながら、今後の予定を話し合った。


「いつからでも使い始めてください」

 ラーズ会長は前のめりになっている。

「今日からでも、明日からでも」


「そうはいわれましても……護衛が必要だとか、そういう話はありませんでしたか」


「任せてください。最適な人物を連れてきます。彼女たちが護衛と召使を兼ねて住み込めるように手配します」


 何から何まで気が付く人だ。

 でも。彼女たち?


「護衛は女性なのですか?」


 そう尋ねるとラーズ会長は不思議そうな顔をした。


「ええ。そのほうがいいと思いましたが」


「護衛というから、当然男性だと思っていました。女性の騎士はとても珍しいですわよね」


 ラーズはああとうなずく。


「辺境では見ての通り、女性も戦うのですよ。え? ジーナ殿のような黒い民の戦士かって? そのほうが良ければ手配しますが」


 それはそれでかっこいいかもしれない。凛々しいジーナ少佐の姿を思い浮かべて私はそうして欲しいといいそうになった。

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