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3 辺境へようこそ

    『どうも助けていただいてありがとうございました』

    少女は涙のたまった眼を青年に向ける。

    『いえ、このくらい大したことは……』

    光り輝く青年は白い歯を見せて笑う。

    『それよりも、お怪我はありませんか?』

    闇の中で光り輝く青年の手を少女はつかむ



 こんな風にして、物語は始まるのだ。その舞台が帝都であれ、南方であれ、そしてここ、魔人が出るといわれる辺境地帯であっても。


「……夜は冷えるから、この毛布を掛けておくといい」


 私は炎を見て夢想するのをやめた。毛布を差し出すのはピカピカの騎士服を身にまとう美青年ではなく、髭を生やした中年の男だった。


「ありがとう、ラーズさん」


 男はやけどしたように手を引っ込めて、毛布がばさりと下に落ちた。

 洗練された騎士のしぐさとはいえない。これが現実だ。


 私は辺境を舞台にした小説を読みふけっていたことがある。麗しい騎士に、追放された姫君。無法者と邪悪な敵と魔物たち。困難を乗り越えて愛をはぐくむ主人公たちにドキドキした。だから、辺境という土地にどこかあこがれていたのかもしれない。


 でも、作者はきっとこの場所に来たことなんかない。こんなに乾いていて、埃っぽくて、どこを見てもあまり変化のない土地だということはどこにも書いていなかった。


 岩山と、その向こうに見える青い山、ところどころにある畑と小さな村。それがなくなるとただただ荒れた平原が続く。ところどころに小さな林があるけれど、時期が悪かったのだろうか、赤茶けた葉がついているだけだ。


「もう少し、雨が降る時期になれば草が生えるんだがね」

 代り映えのしない風景に飽きてきた私にラーズさんは残念そうにそういう。

「もっと黒の町の近くに行くと、黒の森もある。緑も多いし、水もある。ここよりももっと住みやすいんだ」


 本当だろうか。代り映えのしない荒野をぼんやりと眺めるしか私の仕事はない。


 本音を言うと辺境への旅はわたしが思っていたよりもひどくはなかった。

 たしかに道はガタガタだったし、食事もまるで断食のときのような食べ物が出てきた。お風呂はもちろん水で顔を洗うこともできなかった。でも、辺境というとすぐに思いつく山賊とか、魔獣とか、魔人とか、そういうものが襲撃してくることは一度もなかったのだ。

 戦闘がおこったら、どうしよう。それだけが心配だったのに。


 ただあまりに何もなさすぎる。少しは物語のように心ときめく展開があってもいいかな、と思う。


 それを、同じ車に乗っている女の人たちに話すと爆笑された。


「魔人? 魔獣? まずこの辺りでは見かけないね」

 辺境では女たちも男と同じような格好をして働いていた。“母ちゃん”のようにたくましい体形のおばさ……お姉さんたちも多い。


「魔人戦争以来、車には魔人除けがつくようになったから。魔人がよってくることなんてないんだよ」


「そうなんですよね、ちゃんとした車なんですよね。……てっきり、馬で荷物を運んでいると思っていました」


 そう、私がこぼすと、また笑いが沸き上がる。


「馬だなんて。あんな凶暴な生き物」

「車のほうがよほど快適だよ?」


 辺境を舞台にした小説では、馬車も定番だったのに……たしか、車は土地の特性上使えないとか何とか……光術が使えないところだからみんな馬を使っているのだと思い込んでいた。


「昔は確かに馬だったよ。ここでは車を動かす光量が内地の倍はいるからねぇ。でも、最近ではみんな車を使っている。そっちのほうが便利だから」


「光量は大丈夫なのですか?」


 私は荷物に入れたままの光板をちらりとみた。旅が始まってから何度か使おうとしたが、私の光量では固まってしまって小説を読むことすらできなくなっていた。光術を使えない黒い民がどうやって車を動かしているのか、不思議に思っていた。


「魔道具を使っているんだよ」お姉さんたちが教えてくれる。「ここは、魔道具の産地だからね。知っているかい? 星の帝国で使われる魔道具のほとんどはこの地で掘り出したものなんだよ」


「え? そうなんですか?」


 辺境で魔道具が発掘されている? そんな話はきいたこともない。


「へぇ、本当に内地の人たちは教えられていないんだね」

 そういって、また、笑いの種にされた。


「仕方ないよ。魔道具は、神殿か、軍か、それともあたしたちみたいな免許を持った商人でないと扱えないんだから。出所はきれいに洗われて、商品として出荷される、だろ」


「ひょっとして、ラーズさんたちが扱っているのって?」


「そうだよ。魔道具流通の免許を持っているからね。会長は」

 だから、こんなに羽振りがいいんだよ。そう満足そうにみんな自慢する。


 たしかに姉さんたちは、いい装身具を身に着けていた。貴族でもないのに、ジャラジャラと。あまりに無造作に扱っているので、ただの飾りだと思い込んでいたが、本物の遺物なのだろうか。古代の遺跡から掘り出されるという装身具の数々。同級生が自慢していたっけ。いけない、また、卒業式のことを考えるところだった。


 私は無言で鍋をかき混ぜている“母ちゃん”のつけている指輪を横目で数えた。あれが全部遺物だとしたら、一財産だ。


「先生も、これ、ほしいの?」

「大丈夫、ちび先生もたくさん手に入れることができるよ」

「そうそう、会長に頼んだら、ねぇ」

 女たちはうれしそうに笑う。


 ちび先生……お嬢ちゃんといわれるよりはいいのだろうか。

 からかいの種にされてはいるものの、そんなに悪い気はしない。たぶん、みんながあまりにおおらかで、陰でこそこそとうわさを流すことをしないからかもしれない。

 田舎によくいる素朴な人たちだった。私を露骨に子ども扱いしたり、変なちょっかいを出してくる人は誰もいない。私の気になる振る舞いをする人はいなかった。


 ただ一人、会長であるラーズを除いて。


 ラーズは、時々女たちの仕事場に顔をのぞかせて、すぐに立ち去る。

「会長。お茶しましょうよぉ」

 今日も彼は女たちにからかわれている。


「会長、ちび先生は魔道具に興味があるみたいですよ」

「あたしたちみたいな、装身具が欲しいんだって」

「いいものを見繕ってあげたらどうですか」


「うるさい」

 ラーズは女たちをにらみつける。それをみて、みんなけらけらと笑う。


「あ、ああ、すまない。先生に言ったわけじゃないから……」

 私が見ていることに気が付いたラーズは口調を変えて、謝った。


 誰かが吹き出す。ラーズはそちらをにらんで、足音を立てて、部屋を出て行った。

 ゴンという鈍い音が響いた。ラーズのうめき声が聞こえた。彼はしょっちゅうなにかにぶつかっているようだ。


 どこか、体調でも優れないのだろうか。

 遠回しに、周りの人に聞いてみたが、ごにょごにょとお茶を濁された。


 頼れる男性のようにも思われたり、やはりどこか頭がおかしいような気もしたり。どうなのだろう。これまでにあったことがないような男の人だ。


「ねぇ、会長って、いつもあんな感じなのかしら」

 私は遠回しに飲み物を差し入れてくれた“母ちゃん”にきいてみた。


「……いつもと同じ」母ちゃんはぶっきらぼうに答える。


「そ、そうなの? あのね、ちょっと変わった方だと思うのだけど……どう?」


「……会長は、おかしくない」付き人のように世話をしてくれる“母ちゃん”がぼそりとつぶやく。「にらみを利かせているから、みんな、おとなしい」


「そう、そうなのね」

 聞いたこととは違う答えだった。それなりに頼れる人なのだろうか。私はその判断にいまいち確信が持てない。

 変だけど、悪い人じゃないわよね。近づかなければ、きっと害はないはずだ。遠巻きに見られている気がするのは気のせいだ。うん。


 ようやく、車の旅に慣れたころに町が見えてきた。

 通称黒の町と呼ばれている第一砦だ。墓場である黒の塔へ向かう巡礼の道の最後の町であり、最果ての町でもある。


「思っていたよりも、きれいな街ですね」


 黒い道と呼ばれる死者の道に合流した車はなめらかに道を進む。周りには緑の木が植わっていて、心なしか少し埃っぽさが薄らいでいるような気がする。


「昔は、木なんか植わっていなかった。魔人戦争以降に植えられたんだ」

 黒の町に入る最終点検をしている会長がこちらを見ずに返事をする。今日はこちらと目を合わさないようにする気分らしい。


「きれいですね。何もないところかと思っていました」


「そろそろ、黒の町に入る」

 こちらは愛想よく話しかけたと思ったのに。ぼそぼそと会長はつぶやいて、そのまま隣の車に移ってしまった。また外で何かに躓いたような音がして、誰かが危ないと叫ぶ声がした。


 避けられているような感じもあるけれど、嫌われているわけでもない。本当に変な人だ。


 町の門は大きく頑丈だった。先だっての魔人との戦いで大破し、新しく作り直したという。

 そこから先は、高い壁に囲まれた広い道が続く。とても変わった作りの町だ。


 開けた先はたくさんの車が止めてある大きな広場になっていた。死者を積んだ車はそのままその先にある黒い門の中に吸い込まれていく。残された車たちは整備員らしい制服を着た男たちの指示でのろのろと動いたり、止められたり。あまりに混雑しているので、たくさんの車が止められて、たくさんの人たちが忙しく行きかっていた。

 車だけでなく、馬車もここでは現役だった。


「危ない先生」

 首を伸ばした馬にかじられかけて、私は慌てて頭を引っ込めた。


「気を付けて、あいつらは平気で人にかみつく。さぁ、ここで乗り換えだ。先生」

 “母ちゃん”が重々しく告げた。

 車を降りるのと入れ替わりにたくさんの人たちが車列にとりついて、荷物を下ろしていく。


「おい、それは貴重品だ。もっと丁寧に扱え」

 ラーズの大きな声が飛ぶ。

「先生、こっちだ。……それは西町行きだ。それは、奥へ送る」

 大きなごつごつした手が肘をつかんだ。ドキリと心臓が跳ねる。


「あ、すまない」

 ラーズはぱっと手を放す。

「その、なんだ。迷子になったら大変だから……あー。人が多いからな」

 もごもごと言い訳しながらも彼は頭を下げる。


「あ、いえ、その」こちらも居心地悪くなる。私は目をそらした。「……ここは、」


「ああ、ここは荷物の積み下ろしをする場所だ。馬車町ともいわれている。どこに行くにしてもいったんここに荷物を入れる。それが昔からのこの町の習慣でね」

 騒がしい周りにつられて、声が大きくなっている。


「先生が向かう神殿はこの砦の向こう側にある」

 ラーズの目線に合わせて、私も目の前にそびえる建物を見つめた。

「これが、第一砦、通称黒の砦だな」


 黒ずんだ岩と黒ずんだ壁が威圧するようにそびえていた。


「怖い場所ですね」思わず正直な感想を漏らしてしまった。


「そうか? 確かに黒くてごついな」


「思っていたよりも、ずいぶん大きな建物ですね。この中に神殿は……なさそうですね。あ、それは私が……」


 ついてきた“母ちゃん”が当たり前のように私物を持ち上げたので私は慌てた。たいしたものは詰めていないのだが、荷物は自分で持っていないと不安だった。


「“母ちゃん”なら大丈夫だ。こちらの車に乗ってくれ」


 あ、そういう意味ではないのだけれど。でも、さっさと動くラーズも“母ちゃん”にも話しかける暇などない。あたふたしている間にラーズは私を軽々と車の上に引っ張り上げた。


「ちょっと狭いが我慢してくれ」


「神殿まで距離があるのですか?」


「いや。ただ、途中物騒なところも通る。神殿のお客様に何かあったら困るから」

 ラーズ会長自ら車を運転するつもりなのだろうか。助手席に座る私の隣に潜り込む。

「後のことは、頼んだぞ」ラーズの指示に外にいた人たちがうなずいた。


 部下に話をするときはいつも通りなのか。私だけ特別な扱いをするのはなぜなんだろう。私が、小さいから? あまり楽しい考えではないけれど、そのくらいしか思いつかない。


 車はきれいに舗装された道を進んだ。周りに立つ建物は見慣れない様式で、でも清潔で新しい。街路樹が植えてあったり、花壇があったり。私が想像していた黒の町ではなかった。黒の町というから、もっと汚くて暗い街だと思い込んでいたのだ。


「本当に見事な街ですね」

 鮮やかな花が咲いている。素直にきれいだと思った。誰がこの花を植えたのだろう。


「ああ。この辺は魔人戦争でひどくやられたところだからな。全部一から立て直した。きれいだろう? だが」ラーズは奥のほうを指す。「まだ、裏のほうは立て直しが済んでいない。あの辺りはまだ治安が悪い。ちょっと、引っ込んでいてくれ」

 私はおとなしく車の椅子に座りなおした。


 車は大きな広場に入る。たくさんの屋台が立ち並ぶ、活気のある広場だった。軍服を着た兵士たちが多くたむろしている。行きかう車に乗っているのもここではほとんどが兵隊だ。ラーズは慎重に車を運転する。何か変だと思ったら、兵隊たちのほとんどは黒い髪、浅黒い肌の黒い民だった。内地の淡い色の頭はごくわずかだ。


 しばらく進むと、またきれいな街並みが戻ってくる。


「ここは昔上町と呼ばれていた場所だ。この町で一番栄えていた場所で、今も、たくさんの店がある。俺の店もあるから、その、何かあったら寄って……」ラーズは奇妙な咳払いをした。「い、いや、買い物するのならこの辺りがいいと思う。たいていのものは手に入る。神殿はこの奥の……」


「ええ。わかります」

 白く輝く神殿は周りから一段と浮き上がって見えた。いつも見慣れた形式の建物だ。エレッタはどこかほっとする。ラーズは神殿の前で車を止めた。


「どうぞ、先生」

 紳士的に差し出された手をエレッタはとって車から飛び降りた。


「ありがとうございます。ラーズさん、ここまで送っていただいて」


「い、いや、たいしたことじゃない」ラーズは握ったままの手を慌てて降った。

「それでは、先生。また、何かありましたら頼ってください。その、その、この町の案内くらいは俺でも……」


「ラーズさん、またですか?」

 そこへ門番代わりの神官が割り込んできた。

「かわいい女の子がいるからと言って、鼻の下を伸ばして……だめですよ。幼女に声をかけるのは犯罪ですと、あれほど……」


「違う、違うんだ。彼女は、学校の先生で……」


 神官は冷たい目でラーズを見て、それから体をかがめて私と目を合わせる。


「お嬢ちゃん。どこから来たの? ご家族はどこ?」


 いつものやり取りが戻ってきた。久しぶりに子ども扱いされて、いつもよりぶっきらぼうに神官に当たる。


「わたしは、子供じゃありません。大人なんです」驚く神官をにらみつけてから、名乗る。

「わたしはこの学校に就職することになりました、エレッタ・エル・カーセと申します」


「え?大人?それじゃぁ、ラーズさん……」

「誤解だ。俺は彼女をここまで送り届けただけだ」

「これは、失礼を。いつもの悪い癖が出たのかと、つい……」

「違う。俺にはそんな趣味はないとあれほど……」


「あのぉ。ラーズさんのご趣味って?」


「……」「……」

 ラーズも神官も黙る。


「と、とにかく、彼女を送り届けた。後で、請求書をもってくるからよろしく」

 慌てたようにラーズは取り繕うと、“母ちゃん”からもぎ取るように奪った私の鞄を地面に置く。


「そ、そうですか。それでは、エレッタさん? どうぞ、こちらへ」

 神官もばつの悪い顔をして、私をせかした。


 神殿の門をくぐったところで振り返ると、まだラーズがこちらを見ていた。

 戸惑いながらも私は丁寧に礼をした。


 いったい、なんなのだろう。親切な人だけど、悪い人じゃないけれど。

 また、会うことになるだろうか? ぼんやりと彼とはまた会いそうな気がしていた。


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