24 エピローグ
こんな服を着たのは生まれて初めてだった。 まるで貴族のように飾りのついた帝国の正装もどき。裕福な実業家のように見える。 外見だけだが。
俺は鏡の中の自分をにらみつけた。ひそめた眉、傷のある頬。
そういえばこの前歩いていたら小さな子供に泣かれてしまったな。
それでも、白い内地から取り寄せた高級な服を着れば少しは男前に見えるだろうか。鏡の中で胸をそらして格好をつけてみた。
しょせん、俺は俺だった。二枚目には程遠い。
だが、彼女は俺を選んだ。
そのことを思うと、思わず笑みが漏れてしまう。
あのかわいらしい、俺の妖精ちゃん。
初めて見たときから目を奪われた。華奢な体つきと、柔らかい茶色の髪。一見少女のように見えるが、大人の女性としての魅力も備えている。 まさに、俺の好みのど真ん中。 手の届かない存在である我らが辺境の主、フランカ総督は別格として、今まで見た中で一番愛らしい女性が彼女だ。
あれは運命的な出会いというのにふさわしかった。
彼女のことを考えると、思わず笑いが漏れてしまう。
そんな俺を見て周りの奴らは変態呼ばわりする。
変態? 上等だ。 一時期は俺自身もそういわれることをすごく気にしていた。
女性が好むようなかわいらしいものを愛する俺の性癖はゆがんでいるのだろうか。
変態といわれないように必死でそのことを隠し、それでも隠し切れなくて拳で黙ってもらった。
その趣味が辺境送りの理由の一つでもあったので、呪いなのではないかと思っていた。
かわいい嫁を貰うなんて、夢のまた夢だった。
ましてや、子供なんて……
誤解されているようだが、俺は幼女好きなのではない。幼女のように愛らしいものが好きなだけだ。真正の変態どものように、かわいい女の子を相手にあんなことやこんなことをしたことはない。
俺の夜の相手は成人に限られている。ここは強調しておく。
とにかく、一生家庭を持てないと思っていた。 でも……いまや、その夢がかなうそうだ。
自分に似た息子と嫁に似たかわいい娘(逆は、駄目だ)を想像して俺はにんまりする。
「曹長、支度はできましたか?」
一番聞きたくない声だった。
「おまえ、何しに来た?」
控室にいる俺を迎えに来たのはアークだった。 元部下のアークが今日は神官として正装していた。外見だけ見ると、敬虔な神官のようだ。
俺のかわいい嫁に危害をくわえようとしたテロリストどものわめく内容はこれっぽちも認める気はないけれど、こいつがエセ神官であるという主張だけは大いに賛成する。
「何をしにって、知り合いの結婚式に列席するのは当たり前でしょ。それともなんですか?僕の介添えで挙行したほうがよかったとか……」
「それは駄目だ」
俺は急いで否定した。こいつに式の進行をまかせたら、何が起こるかわからない。
「ああ、フラウも来たんですよ」
「な、なに? フラウちゃんが?」
俺のアイドル、嫁の次に愛しているフランカ総督も、間に合ったのか?
遠征で出席できないかも、と謝っていたフラウちゃんの姿を思い出してまた笑みが漏れる。
フラウちゃんはいつ見てもかわいい。
もちろん、俺の嫁をのぞいて。
俺が借りた神殿の礼拝堂はいっぱいだった。俺の友人や商会の人々、町の有力者や近所の人や、警備の兵士……見たこともない奴らがたむろしているのだが、大丈夫か?
直前の騒ぎでまだ会場はざわついていた。
どこかの馬鹿がまた、爆弾を持ち込んだとか何とかで、神殿騎士や兵士たちが殺気立っている。
あいつがここに顔を出すから…… 俺はアークをにらみつけようと思ったが、奴はどこかへ姿をくらました。 本当に迷惑な野郎だ。
泳がせた目に白い衣装が目に入った。
淡い光を放つ白い長衣。縫い付けた水晶がきらめいて、彼女が動くたびに音を立てる。
俺の妖精ちゃん。我が新妻だ。 渋い顔をした弟のザーレが腕を貸していた。
目が合うと、脅すようにこちらをにらんでくる。
彼は救出された後、ヴェル姐さんたちに散々絞られた。テロリストどもと一緒に行動していたのだから仕方ない。
ただそのことで俺を逆恨みしているらしい。
冷たい目をむけるといえば、義理のお父さんとお母さんもそうだ。
俺は彼らのお眼鏡にかなう婿ではなかったようだ。お嬢さんを幸せにしますと熱心にいいすぎたのが、かえって悪かったのだろうか。今からでも実家に連れ戻したいと思っているようだ。
そんな彼らを妻はきっぱりと拒絶した。 その意志の強さも俺の好みだ。辺境を生きる女たちはこうでなければ。
俺はしぶしぶ引き下がる弟に代わって彼女と手をつなぐ。
上目遣いでこちらを見て微笑む彼女に頭の血が沸騰した。
なんて、かわいいんだ。 こちらを見つめる瞳は知性で輝いていた。
そう、彼女は俺よりもずっと頭がいい。学校の先生をしているくらいだからな。
「どうしました?」
彼女が眉を顰める。あまりにうっとりと見つめすぎたかもしれない。
「いや、その、」
あまりにかわいらしくて……と言いたいが、言葉が出てこない。
彼女の瞳に吸い込まれてしまいそうで、俺は憶病になる。
「新郎は新婦の手を取ってください」
冷たい声に我に返る。
くそドライツェンの野郎……奴は杖の使徒という役目柄この式の進行役だ。
神殿の犬に、自分の結婚式を仕切らせるなんてとんでもないと思っていたが、こいつはなかなかに優秀だった。
何かあったら、すぐに文句を言ってやろうと待ち構えていたのに、ほぼ完璧に式は進んできている。
爆弾騒ぎをのぞいては……
「グリーズ? ドライツェン様?」
俺の妻はにらみ合う俺たちを不思議そうに見上げる。
「ああ。すまない」
「すみません、エレッタ先生」
くそ神官は優しく答える。
ドライツェンの野郎。俺と妻に対するこの対応の差は何だ?
俺はドライツェンを殴りたい気分になってきた。
もちろん、そんなことはしない。だって、妻が目の前で見ているから。
「いきましょう?」
俺の妖精ちゃんがこちらを見上げている。
「そうだな」
俺はまぶしくなって目をそらす。そっと差し伸べられた小さな手を握りしめる。
これからは、この小さな手は俺のものだ。
誇らしい思いが胸に湧き上がった。 今日だけは、全能なるお方の奇跡を信じてもいい。
これで完結です。お読みいただきありがとうございました。




