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小さくって何が悪い  作者: オカメ香奈


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22/24

22 出し物

 ラーズ事務所に出入りしていた青年が近づいてくる。彼の神官服は金の縁取りのしてある白いものだった。下級神官にしては豪華だし、上級神官にしては地味すぎる。ざっと確認したけれど、地位や資格を現す紋章は一切入っていない。


「アークさん、神官だったのですか?」


「ええ。まぁ」彼はばつの悪い顔をする。

「あ、外で話しませんか?」


 チクチクとした視線は私も感じた。クリフ先生も夫人もいきなり現れたアークに不信の目を向けている。アーク本人もわかっているようだけれど、神官服を着た彼には違和感しかない。


 私たちは開くと思っていなかった窓を開けて外に出た。

 ああ、なるほど、バルコニーになっていたんだ。そこは小さな中庭になっていた。中央にきれいな花壇がしつらえてある。


「びっくりしました。アークさん、神殿の方だったんですね。神官様なら最初からそう言ってくれればよかったのに」

 そう名乗ってくれたら、もっと丁重な態度を見せたのに。私の文句にアークは苦笑いをする。


「そうですよねぇ、神官には見えないですよね。僕は、その、鬼っ子ですので」

 出自が出自なので……彼はもごもごと言葉を濁した。

「ほら、どこから見ても黒い民でしょう。だから……」


「苦労されたんですね」


 事情が分かった。神殿で黒い髪、黒い瞳の神官は見たことがない。

 光輝く色の薄い眼や髪こそ神に愛された証であり、だから帝国の民はこぞって髪や瞳の色を変えるのだ。

 私は彼に同情した。呪われた黒い民というレッテルを張られて神官を続けるのは、それはそれは大変だったろう。内地で彼のような神官がいたら、まず人が寄り付かない。


「まぁ、ね。僕自身も分不相応だとおもいます。でも、吊られるか、神官になるか、どちらにする? って言われたんですよ。死ぬのは嫌ですからね」

 アークはへらりと笑った。

 ん?彼はなんだかとっても不穏なことをいっているような……

「それはそうと、ラーズ曹長はどうしたんです? 彼と一緒に来たんですよね」


 アークは私の背後を透かし見た。


「いえ、今日は別の方と」


「え? 一緒じゃないんですか?」アークは眉を顰める。

「変だなぁ。ラーズ曹長には、エレッタさんのそばにいるように話をしておいたんだけどなぁ」


「え? じゃぁ、昨日誘われたのも……」


「え? 昨日も誘われたんですか? それで、今日はそばにいない?」


 私は事情を説明した。アークはまじめな顔をして私の話を聞いてくれる。


「うーん。曹長……せっかくの機会を」


「あの、私、ラーズさんを傷つけるようなことをいってしまったのかしら。弟も、ミーシャさんも、その……ここの人たちに酷いことを……」


「あ、それは気にしないでください。エレッタさんの言葉とか関係ないと思いますよ。内地の人たちが僕たちのことをどう見ているか、みんなわかってますから。むしろ、これはラーズ自身の問題というか、なんというか……」


「あの、私、子供っぽいですか?」

 私は思い切ってアークに聞いてみた。

「ラーズさん、私のような子供のお守りをするのは重荷だったとか。やはり、フラウ様みたいなああいう高貴な感じの、子供が好き、なんですよね」


「いや、いやいや……確かに彼はフラウちゃんの古参ファンですけれど。いや、その、彼はかわいいものが大好きで、エレッタさんとか、好みのど真ん中……」

 アークさんは言葉に迷っている。

「きっと、あなたのことを思ってのことだと。その、新しい婚約者を連れてきたんですね。弟さん」


「婚約者候補、私はまだ、そういうつもりはなくて」


「あー、婚約者候補。つまり、エレッタさんはその男と一緒になるつもりはないと」


 私は強くうなずいた。


「彼は、いい人、みたいです。等級も高いし、光術も使える。私なんかにもったいないですよ」


 アークは何かを考えているように首をかしげた。


「僕からすれば、エレッタさんのほうがその男にもったいないですね」

 彼は静かにそんなことをいう。

「エレッタさんのような女性は、ここでは貴重です。内地から飛び込んで、僕たちを色眼鏡なく見て接してくれる。そんな勇気のある女性はほとんどいませんよ」


 褒められて、私は照れ臭くなる。


「そんな、ただ、ものを知らなかっただけです」


 こんなに持ち上げられるなんて。辺境を選んだ動機の一つが好きな小説の舞台だったからなんて、打ち明けられない。


「僕たちとすれば、エレッタ先生にはこの地にとどまってほしいのですが……ちょっと待って」

 彼が何かを聞くように脇を向いた。

「……了解した。すみません、先生。ちょっと野暮用です。失礼しますね」


 アークは挨拶もそこそこに足早に去っていった。その後ろ姿を追うかのように現れたのは、ミーシャと弟のザーレだ。


「姉さん」

 弟は私の姿を見て驚いたように立ち止まる。

「こんなところにいるなんて」


「いて、悪いかしら」私は乱入者たちを見上げる。


「探しましたよ。エレッタさん」

 ミーシャはアークが去っていったほうをうかがうようにしてみてから私に笑顔を向けた。

 作り笑いだ。とっさにそう思う。


「あれは、誰です?」


「ああ。神官のアークさん」神官という言葉を強調する。「こちらに来てから、知り合ったの」


「へぇ、神官の、ねぇ」

 ミーシャもまた神官という言葉を強調した。何か別の意味があるように。


「らしくない方だとは思うの。でも、神官、なんですって。ひょっとして、お知り合いだったの?」


「いえ。私は知り合いでも何でもありませんよ。エレッタさんとはかなり親しそうでしたね」


「ええ。彼とはラーズ会長のところで出会ったの。時々、顔を合わせていたけれど、」

 神官だと知ったのは今日、といおうとして、ミーシャが感情のない顔をしていることに気が付いた。

 アークさんのことを気にしている?

 まさか、これは、ある種の嫉妬、なのかしら? 弟のひきつった顔のほうがより読みやすい。


「まさか、姉さん……」


「違うのよ。ザーレ。私と彼は何でもないの」

 尻軽女だとうわさされてはたまらない。貴族社会のうわさの恐ろしさを知っているから、必死で抗弁する。

「彼は、ラーズ会長のところに出入りしている人だったの。それで、顔を合わせていて」


「ザーレ君、姉上を連れて戻っていてくれ」

 ミーシャはじっとアークの去っていったほうをみている。


「え? 僕は?」


「君は姉上のことが大切なのだろう? 彼女を安全な場所に連れ出すんだ」

 弟はためらいがちに私に手を伸ばす。


「姉さん、ちょっとこの場から離れよう」


「なに?なによ、ザーレ。いきなり、なに?」


「うん、ちょっとこの辺りは危険かもしれない」


「なにを、いっているの? さっぱりわからないんですけれど」


 文句を言う私を弟は無理やり引っ張る。


「ちょっと、裾をふんでしまいそう、ねぇ……」

「姉さん、こっち……」

 弟は私を舞踏会の会場とは逆側に引っ張っていく。


「ザーレ、なんなの? 会場は、こっちじゃないでしょ」


「いいんだよ、こっちで」


「待って、会場に戻らないと……」


「舞踏会会場から逃げたのは姉さんだろ」


「ザーレ、どうしたの? なんで?」

 私はついに弟の手を振り払った。


「あそこは危ないんだよ。奴らが、攻撃してくる」


「奴らって誰よ」


「……姉さんは知らないと思うけれど、ここには悪い奴らがいるんだよ。彼らは呪われた民とともに、全能なるお方の作られたこの国をむしばもうとしているんだよ」

 ……冗談よね。私は弟が私をからかっているのかと思った。

 でも、弟は真顔だ。


「ねぇ、ザーレ、熱でもある?」

 弟の額に手を当てて熱を測る。


「ないよ。ちょっと。手を離して」

 弟は私の手を払った。

「ともかく、あいつらがすべてを企んでいるんだよ。共和国の連中が裏にいて、この戦勝記念日を無茶苦茶にしようとしているんだ」


 え? 

 本気でそう思っているのかしら?

 弟が変な思想に頭を侵食されていた……私は思わず身を引いた。


「ザーレ、どこでそんな変な考えに汚染されたの? 悪い奴らって。大丈夫?」


「姉さんは、知らないのか? 連中、分離派の陰謀を……」


「フラウちゃんファンクラブの陰謀?」

 あの人たちのどこが危険なのだろう。アイドルを前に熱狂するファンと大して変わらない。

 そう思ってから、やはりちょっとは危険かもしれないと私は思いなおす。別に意味で。

 でも、弟がこんなにまじめな顔をするほどには危険ではない。


「ザーレ、いったいどこでそんな話を聞きつけてきたの? ここに危険な人なんていないわ……あら?」

 なにかが私の肩にとまった。慣れた重さ、そしてふわふわの気配。


「うさちゃん? どうしたの? なんでここに?」

 私は驚いてすり寄る小さな生き物のほうに顔を向けた。


「な、なんだ? この生き物は?」


 弟の顔が怖い。


「あ、これ? 私のペット。うちに誰もいないから連れてきていたのだけれど、なに? どうかしたの?」


「それ、魔獣、じゃないのか?」


「魔獣、じゃないと思うの」私は慌てて嘘をついた。「このあたりで飼われている生き物なんですって。あー、ウサギの一種?」


 弟が儀礼用に持っていた短剣を抜こうとしているのを見て私は慌てて羽ウサギを胸に抱いた。


「ちょっと待って。この子はいい子なの。害はないわ」


「それ、魔獣図鑑で見たことがある」


「ち、違うの。この子はただのウサギ……やめてよ。ザーレ。やめなさいったら」

 私からウサギを取り上げようとするザーレの手をさける。


「やめて。やめなさい」

 ザーレが小さいときにそうしていたように私は弟をにらんだ。

「なにを考えているの? こんな小さな生き物に、物騒なものを振り回して」


「え? ああ」

 ザーレは我に返ったように目をぱちぱちさせた。

「でも、でもね、姉さん。それは魔物だよ。本当なんだ。図鑑に載っている辺境の新種……」


「新種か何かは知らないけれど、この子は私のペットなの。危険? どこが危ないの? この子を見て。ほら」ふわふわの生き物をちらりと見せる。「こんなにかわいいのに」


 ラーズさんなら、わかってくれるのに。どうして、この子の可愛さが分からないのかしら。まだ、納得していない弟にいら立つ。


「それ、誰にもらったんだよ」

 ふいに弟が聞いてきた。

「それはあの男が持ってきたもんなのだろう?」


「誰にって、ジーナさんよ。男って……女の人よ。とてもきれいな……」

 弟の微妙な表情にようやく私は気が付いた。

「だから、私にそんな人はいない……」


 背後でものすごい音がした。私はびくりとして振り返る。


 なに? 爆発? 部屋の中で何かが燃えていた。窓から火花が見えている。

 悲鳴と怒声が上がり、ものすごい爆発音が聞こえた。私が思わず座り込むくらいに。

 でも、それだけだった。


 しばらくしてもう一度。空が明るくなり、火花が花のように空に広がる。


「な、なんだ。花火じゃない」


 次の瞬間、窓から炎が噴き出してきた。


「部屋の中で花火? これは一体?」


 これは辺境流の花火なのだろうか。外だけ出なくて、部屋の中でも使える花火なんて、斬新だ。

 そうか。ここは魔法が使いにくいから、複雑な魔法を使った演出ができないのだ。

 私は自分なりに納得する。だから、ちょっと危険でも部屋の中で花火を使うのね。なるほど。


 花火の背後から聞こえる悲鳴と怒声と、なぜか野太い高笑い……何かの出し物かしら。


「姉さん!」


 弟が狼狽している。この子はいつもそうだった。私のスカートの陰に隠れていた小さい弟を思い出して、私は微笑む。


「大丈夫よ。あれはただの花火じゃない?」

 もう、びっくりする演出をするんだから。

「花火よ。花火。演出の一種だわ」

 ほら、みて、きれいね。とわたしは弟に空を指し示す。


「違うよ。これは、爆弾だよ」


「……どう見ても花火でしょ」


「姉さん。これは、分離派が仕掛けた爆弾なんだよ。彼らはこの舞踏会を狙って、爆弾を仕掛けた……」


「花火。どう見ても、花火」

 私は断固として主張する。


 その時目の前に何かが落ちてきた。窓から投げ捨てられたものらしい。


「あら、誰かがこんなところにも花火を……」


「危ない」

 弟が叫んで、私を物陰に引っ張り込む。


 花火が、破裂した。その音と、光に、私は耳をふさいで座り込む。

 なに? これ、花火じゃないの?


「爆弾?」


「ほら、みてみろよ……」

 また、窓から何かが投げ捨てられる。


「逃げるわよ。ザーレ」

 後も見ずに、私はバルコニーから下に降りる狭い階段を裾をたくし上げて走る。

 それでも、転びかけた。こんなことになるのなら、いつもの恰好をしていればよかった。


「見てみろよ。あいつらが……」

「いいから、黙って」


 分離派とか何とかという御託は十分だ。今は、一目散に安全なところに逃げるのが先。


 幸いにもこちらには爆弾は追ってこなかった。私たちの行く道は明かりも少なく、人もいない。こんなに人がいなくていいのだろうか、というくらい閑散としていた。


 砦の外壁と思しき場所についたときにやっと人を発見した。


 ミーシャ、さん?


 なんだろう。今まで見てきたどこからどう見ても貴族らしいミーシャとは別人のようだ。まるで冷たい刃物をみているような、どこかラーズさんの発する荒々しい雰囲気に似ている。


「ザーレ君?」

「ミーシャさん、いったいどうなって……」


「こっちだ」

 ミーシャは私たちを待たずに走り出す。


 私たちが必死でついていくと、陰から何人かの人が合流してくる。


「うまくいったか」

「失敗だ。撤退する」

「え? 撤退って?」


 まごまごしているのは弟と私くらいだ。


 明らかに私たちは部外者だ。合流した男に一人がじろりとこちらを見た。この人たち、危ない人だ。私は立ち止まろうとした。その手をさっとミーシャがつかんだ。


「ちょっと」

 失礼じゃないの? じろりとにらまれて、言葉をのんだ。


「そいつ、どうするんだ?」


 ほかの男が聞く。なんでおいていかないのだ、と言わんばかりの口調だった。


「連れていく」


「この、チビを?」


「こいつは、あれの女だ」


 は? なんだか、理解できない会話をしている。

 それは、私は女だけれど。いや、そういうことではなく。


「どういうこと? ザーレ……」

 突然ミーシャが私を引き寄せた。そして、壁を見上げる。


「ちょ……」


「エレッタさん!」

 砦の壁に立っているのは、ラーズさんだった。こちらからは影としか見えないけれど、間違いない。


「ラーズさん!」


 私は彼のほうに行こうとした。ミーシャはそんな私を引き寄せて、まるで盾にするかのようにラーズさんの間に立たせた。


「急げ」「ちょっと離して」

「姉さん!!」


 また、大きな音がした。ラーズさんの背後に花火が上がる。


 彼が来てくれた。もう安全だ。

 私は衣装が破れるのも構わず、もがいた。


「離しなさいよ。ちょ……」

 あら、アララ……目の前で光がさく裂した。


「あ、姉さん。姉さんに……」

 弟の声と、頭の中を侵食する光……私は……


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