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2 小鳥ちゃん

「お嬢ちゃん、迷子かい?」

 これで何度目だろう。私は荷物の柄を固く握りなおした。


 学校を飛び出すように出発して3日目。乗合の車と汽車を乗り継いで、ようやく辺境の入り口の町にたどり着いた。


 それまでに同じことを聞かれた。

 まず、迷子扱いされる。それから、自分が大人であることをわざわざ身分証まで出して説明して、それから……


 私はできるだけ背筋を伸ばして、相手を威嚇するように見た。


 それでも、全然迫力がないのはわかっている。でも、やらないよりはまし。

 これも、この旅の間に学んだことだった。


 私の外見を見て、同情する人もいた。親切に世話を焼いてくれた人もいた。でも私をカモにして、なけなしの金を巻き上げようとする人もいた。

 そっと財布の中身を確かめる。うん、すられていない。


 なけなしのお金だ。換金できるものは全部旅費に変えたのだ。卒業式できる予定だったドレスは持ち出しができなかったけれど(私仕様で絶対に需要がない)、あのクズ男の家が送ってきたアクセサリーは全部売った。


 舞踏会用に買っていた体を光らせる薬もだ。魔力の弱い私にはあっても仕方がないと思っていたけれど、あれがあってよかった。あれを売ったお金がなければここまでたどり着いていなかった。


 それでも、お金の残りは少ない。このあたりの物価が安いことを私は期待している。


「黒の大地に向かうだって? お嬢ちゃん……いや、奥様……」

 私の鋭い目に射抜かれて、目の前の男は言い方を変えた。


「わたしは、未婚です」


「いやいや、そういうことではなく……」

 こんな小さい子が、とか何とか男は口の中でつぶやいている。

 また、この会話。強烈な既視感を振り払う。ここで丁寧に説明しても無駄だと私も学習していた。


「こちらに伺えば、黒の町への乗合馬車に乗せていただけると聞いてきたのですけれど」

 話を遮って用件を伝える。


「本当に? 黒の町へ?」

 いかにも労働者といった格好をした男は私を上から下まで眺めまわした。私は怖さを押し殺して相手を見返す。

「開拓者、志望、ではないよな」


 そのぶしつけな態度に居心地が悪くなる。場違いなお嬢ちゃんがこんなところで何をしているのだろう。そんな男の内なる声が漏れてくる。


 着る服を間違えたかな。これでも一番質素で動きやすい服を選んだはずだった。ここではそれも上等に見えるらしい。


「ええ。辺境神殿に雇われて、向かうところです」


「あんた、神官様か? そうは見えないが」

 男は首を振って、エレッテが今やってきた方角をさした。

「神殿関係者なら、巡礼者なら、あちらから黒の道をたどる車が出ている。そのほうが早いし、快適なはずだ。あー、死者とともに旅をするのが嫌じゃなければだが」


 それが嫌だから、こちらに来たのだ。今日は生きている人専用の車は出ないと、そういわれたから。身内ならともかく、ゆかりのない死体に囲まれて旅をするのは嫌だ。


「とにかく、こちらから黒の町に行く馬車が出ると聞きました。頼めば、送り届けていただけると」

 私はポケットから紹介カードと仮の身分証明書を取り出した。仰々しく押された神殿の印を男の目の前に突きつける。


 どうか、ここでも効き目がありますように。ここまではこの印の効果は実証されていた。


 男はあきらめたようにため息をつく。


「ついて来いよ。お嬢様」


 足早に人をよけていく男を私は小走りで追う。周りは何かの荷物を運んだり、立ち話をしている人で活気があった。彼らの話すなまりの強い言葉はまるでけんかをしているように聞こえる。男も、女も、動きやすい格好をしていて、私みたいに長いスカートをはいているものは一人も見かけなかった。


 ここにいるのは、黒い民なのだ。髪も目も黒い、帝国の中心地では見かけない浅黒い肌をした人たち。私の好きな小説に出てくる挿絵そのままの世界がそこに広がっている。乾いた風と砂埃が肌をざらつかせる。


「おい、会長はどこだ」

 男は道行く人に聞いて回っていた。

 首を振るもの、方向を指し示すもの、私に注意を向けるものは思ったよりも少ない。みんな忙しそうだ。


「おお、ここにいたか。会長。お客だ」


 中年の男が一人机に向って紙を広げていた。そう、光板ではなく、紙だ。

 私の目は男が手にする時代錯誤の道具に釘付けになった。


「なんだ。このくそ忙しいときに」


 男は嫌そうに振り返った。ここでは珍しい茶色の髪に茶色の目。肌は日に焼けて浅黒くなっているが、周りの人たちよりも白いはずだ。いかにも、辺境まで流れてきた荒くれ者を思わせるたくましい腕だった。あんな腕で殴られたら、痛そう……辺境の荒れくれ者たちは喧嘩が好きだというのが小説の定番だった。


「お」

 男の嫌そうに細められた目が、見開かれた。

「…………」


 男の口から洩れた、意味の分からない単語に何と反応していいのかわからない。私は会話の糸口をなくして、立ち尽くす。


「あ、あの、会長? この子……御婦人が、ですね。辺境神殿に向かいたいと……あー、会長?」


「あ、ああ、すまねぇ」

 目の前の男は何度も瞬きをする。

「えー、あー、なんだって?」


 私は何とか自分を取り戻した。ここはまず挨拶から。頑張るのよ、エレッタ。自分で自分を励ましながら、優雅に礼をする。


「初めまして、会長? わたしはエレッテ・エル・カーセと申します。この度、辺境神殿の招きにあずかり、かの地で教鞭をとることになりました。それで、黒の町まで送っていただきたく、こちらにうかがったのですが」


「迷子じゃないのか? 子供ではなく、大人……」

 男は気が抜けたように尋ねる。


「子供ではありません。成りは小さいですが、わたしはすでに成人しております。こう見えても、きちんと大学校も出ております。わたしは大人なんです」

 小さいとか、子供とか。また、それだ。内心歯噛みしながら、繰り返す。


「奇跡だ……」

 男の口から賞賛の言葉がもれる。


「は?」


「いや、これは……」


「あー、会長。ラーズさん、ちょっと」

 周りの人たちが慌てている。


 どうしたのだろう。目の前の男はまるでとろけたチーズのよう。頭の中にわけのわからないイメージが浮かぶ。


 この会長という男、本当にここの責任者なのだろうか。会長を自称する、頭のおかしい人ということはないだろうか。まだ神殿の車を待ったほうがましだったのではないかしら。足がじりじりと後ろに下がる。


「申し訳ない、お嬢さん。会長はその、……ああ、そうだ。中で話をしましょう。ここで立ち話するのもねぇ、そうですよね、会長。会長!」


 先ほどの男は慌ててエレッテを建物の中に案内する。会長と呼ばれた男はいまだ外で固まったままだ。


 建物の中は外よりもひんやりとしていた。急ごしらえで建てられたらしい建物の床には砂がたまっていて、ざらざらしている。


 案内された部屋には机といすが無造作に配置されていた。事務室なのだろうか、雑然と置かれたものの間から光板がのぞいていた。そして、紙だ。エレッテは、これほど大量の紙は習字の時間以外に見たことがない。


 そして……その習字という習慣はエレッタの故郷でだけ生き残っている絶滅寸前の趣味だと知ったのは町の学校に入学してからだった。


 私は頭を振って、いやな記憶を消し去ろうとする。


 まさか、ここでも、そういう習慣が残っているのだろうか。あり得るかもしれない。何しろ、ここはカーセ家の領地よりも田舎、というよりも人外の地なのだから。


 エレッテの視線に気が付いた男は、首をかしげた。


「何か、気になることが?」


「あの、ここではお習字を、するのですか?」

 好奇心に負けて私は聞いてみた。

 とてもそんな古めかしい慣習があるようには見えない場所だった。でも、紙の使い道といったらそのくらいしか思いつかない。


「オシュウジ? ……ああ、紙」

 エレッテの視線をたどって男はうなずいた。

「辺境では光板が作動しない場所も多いので、いまだ、紙が使われています。辺境の住人は光術を使えないものも多いですからね」


 ああ、私は知識としては知っていた。ここは光術の使いにくいところであると。そのために長い間、光術の使えない黒い民を追放する土地として使われてきた。

 そして、今でも追放された黒い民の子孫が多くここで暮らしている。


「ごめんなさい。そんなつもりでは……」


「いえいえ、事実ですからね」

 男はお茶を用意してきますといって部屋を出た。


 勧められた椅子に腰かけ、荷物を床に置いた。そして部屋をもっとよく観察する。


 カーセ領のことを田舎町だと思っていたが、ここははるかにその上を行く。積み重ねられた箱と機械、それに紙のたば。まるで歴史小説に出てくるような部屋だ。


 本当に、辺境に来たのだ。


 部屋には現実感がなく、不意に心の隙間に吹く風を感じる。本当に、ここに来てよかったのだろうか。


「お待たせして申し訳ない」

 会長が金属のカップをもって部屋に入ってきた。我に返って背を伸ばす。会長は机の上にカップを置くと、改めて私に向かい合う。


 あれ、どうしたのだろう。先ほどと違って、今は普通の人に見える?


 背を丸めるようにして入ってきた男から先ほどの意味不明の挙動は消えていた。ここまで送ってきてくれた労働者の男と似た野性味を帯びた気配を感じて、エレッテは気を引き締める。


「改めてご挨拶を。ラーズ商会の会長のグリーズ・ラーズだ。先ほどは失礼。周りがうるさくて申し訳ない。今、その荷下ろしと荷積みをしているところでね。……それで、ご用件は……黒の町に行きたいという話だったが」


 きれいな帝国語だった。辺境のなまりはない。

 私ももう一度名乗り返す。


「エレッテ・エル・カーセです。お見知りおきを。わたしは先日、辺境神殿の学校に雇われました。今から黒の町に向かうところです。こちらから馬車便が出ているという話を聞いてお邪魔しました」


「ああ、あの学校ね。先生として……」

 男は訳知り顔にうなずいた。

「しかし、どうしてまたこちらに? 神殿の先生なら神殿の車に乗せてもらえるんじゃないか」


「その、今日は人専用の車が出ないといわれましたの。わたし、死人(送られる方)と一緒に乗るのは、少し抵抗があるのです」


 ラーズは振り向いて事務用の光板に浮かんでいる暦を確認した。


「もう、定期便は出た後か。明日は、ああ、休みの日だな。明後日には朝一番で車が出ますよ。今からなら十分いい席が予約できる」


 それではだめだ。たぶん、そろそろ家族が探しているころだ。卒業式にもパーティーに出席をせず、行方をくらましたのだから。学校に問い合わせれば、辺境に向かったというのはわかってしまう。もし、警邏に連絡をされたら……


「わたしは、なるべく、早くここを発ちたいのです。できるだけ、早く」

 噂よりも早く、移動しなければ。あの不実な男の記憶が追いかけてくるよりも早く。


「そうか、だが……」

 ラーズはひげの生えかけた顎を撫でた。

「本当に、行くつもりなのか。辺境は内地と違って危険が多い場所だ。光術も使えない、施設もろくにない。それに、その、独り身の女性が行くとだな……いろいろと因縁のある土地だから、悪い噂とか、だな」

 ラーズは言いにくそうに言葉を濁す。

「何といってもここは追放されたものたちの住む土地、だっただろう。だから……」


「もちろん、存じております。以前は、そうだったと聞いております。でも、今は改善されていると、星の帝の御威光の元、素晴らしい発展を遂げているときいております」


「……ああ、まぁ、そんな風にいわれているみたいだな」


 男は決まり悪げに頭をかく。

 内地で聞いていることと違うのだろうか。報道番組で見たほど発展していないのかもしれない。いまだ、未開の大地で魔人が歩き回っているとか……ひやりとする感覚を押し殺す。

 それでも、もう引き返さない。


「わたしのことはお構いなく。全能なる方のお導きで神殿の保護を受けておりますから」

 自分に言い聞かせるように、ラーズを正面から見て言い放つ。


「神殿の関係者なら、なおさら、定期便を使ったほうがいいと思うがな……こちらは車だ。それも荷物専用の。道も悪い。快適な旅は期待できないが、それでも、いいのか?」


「構いません。そちらの馬車はきょう出発するのですか?」


「ああ、まぁ」男は目をそらした。

「これから、戻る予定にしていた。ただ、お嬢さんには……」ちらりとこちらを見て男は小さく息をつく。「いいだろう。乗せてやるよ」


 よかった。しかし、ここからが肝心だ。小さいからといって、簡単にあしらわれるのはごめんだ。もう一度気を引き締める。


「それで、そのお代ですけれど、いかほどかかるものでしょうか?」


「お代? 乗車料のことか?」ラーズは聞き返す。「気にするな。神殿の先生なんだろう? だったら、こちらから直接神殿に請求する」


 本当にいいのかしら。それとも、形だけ粘っているだけ? 何度か押してみたが、ラーズは首を振った。


「そのほうが、いろいろと都合がいいんだよ。さぁ、荷物を持ってきてくれ。積み込みをする……え? それだけ?」

 私の荷物を見てラーズは驚いた。


「ええ。すべてのものは現地で支給されるといわれました」


「いや、そりゃ、そうなんだが……ちょっと待て」ラーズは後ろを向いて、部屋の外に呼びかけた。「母ちゃん、おい、母ちゃん、いるか?」


 床のきしむ音が近づいてきた。扉の間から体格のいい女が顔をのぞかせる。


「母ちゃん、ちょっと頼みがある。この子……この女性の旅の支度を頼む。この軽装では、ちょっと頼りない」

 女は無表情に私を眺めて、うなずいた。そしてまた床を鳴らして去っていった。


「あの方、会長のお母様なのですか?」


 彼女はどう見ても、黒い民。ラーズとは血縁関係はなさそうだ。でも、もしもということもありうる。ここではなんでもあり、そんな気がしていた。


「いや、血のつながりなんかない。ただの店員だ。子沢山だから、みんなが母ちゃんと呼んでいる。ああ見えて腕は確かだ。頼りになる」


 ラーズはお茶を私に勧める。


「しばらく、出発の準備をしてくる。ここで、待っていてくれ。少し時間がかかる。母ちゃんに案内をさせるから、ああ」


 手渡されたカップはまだ暖かかった。かすかに触れたラーズの手は硬く乾燥していた。


「ありがとうございます。ここで待たせていただきます」


 ラーズはそっぽを向いて、もごもごと何かを言いながら部屋を出ていく。外で何かに躓くような音がしたようだが、大丈夫だろうか。


 カップの中に入っていたのは、ただの茶だった。帝国のどこでも流通している大手の茶だ。この土地だから、もっと変わったものが出てくるかと思った。そう思いつつ、エレッテは一口茶を口に含む。

 いつもの、味。いつもの匂い。私は小さくため息を漏らした


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