15 新しい学校
目的地である学校は高い塀に囲まれた施設だった。まるで、刑務所のよう。不気味な黒ずんだ壁を見た時に私はそう感じた。砦の周りはまだ工事中で、見たこともない魔道具が土を掘り起こしている。
しかし、壁の内側に入ると明るい色をした建物が壁に沿うように配置されている村だった。建物がすべて新しい。ところどころ、まだ足場が組んであって職人らしい人たちが忙しく行き来している。
「新しい村なのですか?」
外壁とのあまりにも違う様式に私は驚く。
「魔人との戦争で破壊された砦と聞いています」
そういうアジル先生も興味深そうに外を見ている。ピカピカの建物に生徒たちも歓声を上げている。
「みなさん。新しい中高等学校にようこそ」
出迎えたのはジーナ少佐だ。顔見知りがここにもいるとわかって私はほっとする。
「ここが、君たちのうちの何人かが通うことになる新しい学校だ。まず宿舎に案内しよう」
少佐の部下たちはてきぱきと生徒たちの引率を始めた。一人一人の名前を確認し、名札のようなものを渡す。子供たちは素直にそれを受け取った。
ここから先は彼らや新しい学校の先生たちにお任せだ。これから行われる黒の民の村への訪問や滞在、遺跡の見学……後ろからついて歩くことくらいしかすることがない。
「先生方はこちらへどうぞ」
私とアジル先生は生徒たちと別の建物に案内された。生徒たちは生徒用の寮になる宿舎、私たちは先生たちが使うことになる宿舎に泊まることになるらしい。
与えられた部屋は狭いけれど、とても清潔だった。寝台と机といす、全部新品だ。必要なものはすべて用意されていた。余分なタオルを持ってこなくてよかったとホッとする。
食堂に案内されると、生徒たちがすでに席についていた。
あら、おいしそう。素直にそう思う。色とりどりの野菜?と肉?の煮込みだった。見たこともないぷりぷりとした肉だった。
恐る恐る口にしたが、味は悪くない。量も結構ある。お代りは自由らしく、食いしん坊の生徒たちが次々と席を立っていた。
「変わった料理でしょう、内地から来た人たちはみんなそういう」
ジーナ少佐が笑いながら、私の前に座った。
「黒の民の料理ですよ。ちょっと、内地風の味付けになっていますけれどね」
「おいしいです。とても。特に、このお肉はとても風味があっておいしいです」
ジーナがちらりといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「それはよかった。その肉は内地の人は嫌う人が多くてね。味はいいのだけれど、元の、生き物が、ちょっと……」
え? 私は食事の手を止める。
「いやいや、大丈夫。気にしないで。私たち、辺境の民は昔からこれを食べてきた。とても栄養価が高くて、おいしい」
私は何の肉ですか、と尋ねたかったけれど怖くて聞くことができなかった。これは普通の生き物の肉、のはずだ。
「そういえば、ラーズさんたちは?」
一緒にここについたはずなのに姿を見かけない。別の場所で仕事をしているのだろうか。
「ラーズ? ああ、彼ね。彼は冒険者の学校のほうにいるよ。あそこは遺物の買取所も兼ねているから。先生、ラーズのことが気になるの?」
ジーナがニヤリとする。
「い、いいえ、ただ、食堂は一つかな、とか」
私は慌てた。
「そ、そう。明日は黒の森に、実習に行くのでしたね。子供たちは軍の方と一緒に行動するのだとお聞きしました。ひょっとして、ジーナさんが?」
「そうだ。わたしが担当している。子供たちにはちょっときつい道になるかもしれないけれど、元気そうだから」
大騒ぎしている子供たちのほうをジーナさんはさした。
本当に子供たちはみんな元気いっぱいだ。泊りの旅ということで、興奮しているのか、いつよりも騒がしい。
「お手間を取らせるようなことをしなければいいのですけれど」
私がいうと、ジーナは笑う。
「大丈夫だ。仮に道を外れるような真似をしたら、野獣のえさになるだけだから。そのあたりはしっかりと話しておく」
冗談めかして言うジーナだったが、たぶん本当のことなのだろう。
でも、絶対、子供たちは理解していないわよね。こそこそと何やら相談をしている男の子たちを見ると不安になる。
悪い予感は当たるものだ。
真夜中に私はアジル先生にたたき起こされた。
今日は見回りの当番ではなかったはず、などという寝ぼけた考えはすぐに吹き飛んだ。
「男の子たちがいません」
先生の顔は真剣だった。
「ティカたちの班です」
「なんですって?」
めまいがする。やはりという思いと、そんなという思いがぐるぐると頭を回る。
今日はティカを押しとどめていた“母ちゃん”がついてきていない。ラーズ商会の仕事とかで、町に残っているのだ。
あのいたずら坊主が面倒を起こさないわけがない。
どうしよう。
「まさか、外に行ったのでは……」
アジル先生は首を振った。
「どうやら、遺跡に行くといっていたようだ。遺物をとってくると……」
「遺跡?」
それは冒険者が行くという場所ではなかったか。それこそ、この広い黒い森のどこかにある穴のようなところ。
「遺跡だって?」
知らせを聞いて駆け付けたジーナさんが聞き返す。
「なんてことだ。外は見張っていたのだけれど、中は……おい、遺跡の門は? 曹長? 曹長がいるのか?」ジーナが部下に尋ねている。
「どういうことですか?」
「この学校の地下に遺跡があるらしい。この建物自体、遺跡の上に立っているのだそうだ」
アジル先生が早口で説明した。
「そこに、ティカたちが言ったというのですか。こんな真夜中に?」
「昼間は予定がぎっしり入っていて抜けにくいと思ったんだろう。本当に、なんてことを考えるんだ……」
アジル先生は青くなっている。私も同じくだ。ティカに何かがあったらどうしよう。
あの子は同居人なのだ。使用人の子供だけれど、一緒にご飯を毎日食べて、喧嘩をいさめて、叱って……小さな弟のような気がしていた。
もっとよく見張るべきだった。あの子がやりかねないということはわかっていたはず。
「遺跡に、子供が入ったって?」
そこにラーズ会長が現れた。
「ラーズさん、ティカなんです。ティカが……」
「“母ちゃん”のところのティカか。あのくそ坊主」
ラーズは渋い表情で舌打ちをした。
「大丈夫なんでしょうか。その、遺跡というところは……」
「ここの遺跡はすべて調査済みだ。冒険者の練習用に使っているくらいだ。未調査の遺跡ほど、危険はない。ただ、まぁ、遺跡だから……潜ってみよう」
足早に別の胸に向かうラーズの後ろを私は小走りについていった。大股で歩く彼のあとをついていくのはなかなか大変だ。
「おい、装備を借りるぞ。おい、お前らも支度をしろ。地下に向かう」
ラーズは手慣れた様子で冒険者の装備を身に着け始める。
「私も行っていいですか?」
「先生が?」ラーズは手を止めた。
「ええ。あの子ことが心配で……」
ラーズは少し考えこむ。
「先生はここに残ったほうがいい。安全な遺跡とはいえ、遺跡は遺跡だから。何らかの拍子に知られていない仕掛けが作動することがあるかもしれない」
「でも……」
私の表情をみて、ラーズはため息をついた。
「いいでしょう。迷いやすいので離れないでくださいね」
冒険者らしい人が、遺跡にもぐる装備を貸してくれた。私にぴったりの大きさの服だった。
「中には子供もいるんですよ。冒険者になりたいって。黒の民の子供たちは大体ここで実習しているから」
私の質問を先取りしてラーズが答える。
慣れないながら分厚い布でできた服を着ると、小さな冒険者の出来上がりだ。
「これをはめておいてください」
ラーズが腕輪を渡してきた。何の変哲もないただの腕輪だ。
「認識票です。これで位置を把握できます」
「迷子防止というわけですね」
「中の構造は把握していますけれど、万が一ということもある」
ラーズはさっさと、班を編成し、部下に指示を出して捜索に向かわせた。
「ついてきてください。こちらです」
ラーズは光板を出して、部下の位置を確認してから私に声をかけた。
「ずいぶん慣れてらっしゃるのね」
大きな背中に向かって話しかける。
「ええ。兵士時代はこうして潜っていましたから」
ラーズはまた光板を見て、一緒についてきた部下を別の方面に向かわせる。
「見てください。今、我々はここにいます。これが、遺跡の地図で今こちら方面を探しています」
ラーズが見せてくれた地図は立体的でとても分かりやすかった。彼の光板の操作はよどみなく、よく画面が固まる私とはえらい違いだ。ひょっとして、彼の等級は私よりも高いのだろうか。
「この光板もどきに興味があるのですか? ひょっとして、俺の等級が意外に高いと思っているとか」
こちらの考えを見透かしたような問いかけにドキリとする。
「ああ、いや、いいんだ。内地から来た人はみんなそう思うみたいだな。これ、厳密には光板じゃ、ない。ほら」
彼は私にそれを使うようにと渡してきた。
光量の低い私には無理……あら?
光板は起動の印を結ぶまでもなく、開いた。光を流さなくても、すべてがすらすらと動いていく。
「これは、この訓練施設限定の光板もどきなんだ。この遺跡の地図と冒険者たちの位置がわかるようになっている」訓練に使う板なのだという。
なるほど。普通は入っているはずの通信機能や検索機能がない。意図的に抜いてあるのか。
「これだと、ほとんど光量のないものでも使えるんだ。我々のような低等級の、辺境民でもね」
彼は板の上で指を滑らせて、何かを確かめている。
「冒険者の方々専用の装備、というわけですか?」
私が聞くとラーズは首を振った。
「ここ限定だ。実際の遺跡では使えない。遺跡の中には光術が全く使えない場所もあるから。あ、この通路にはいないな。こっちだ」
彼は迷路のような通路を、光板を見ることもなく歩いていく。ところどころ、危ないところは私に手を差し伸べるだけの余裕がある。
薄暗い通路は最低限の明かりしかなく、ラーズ会長とはぐれたら私が迷子になってしまいそうだ。ラーズはところどころで光板を確認しながら、先に進む。
「まいったな。いったいどこにもぐりこんだんだか」ラーズはつぶやく。
「見つからないのですか」
「困ったことに」ラーズは光板を私にかざした。
立体的な地図の中に赤い点が動いている。
「これは?」
「今、遺跡に入っている人たちだ。これが俺たち」ラーズはひときわ大きな赤い点をさす。「ここから先は明かりがない区画になる。先生、引き返したほうがいい……」
「行きます」
私は間髪入れずに宣言した。今まで来た道のりを一人で引き返せというの? そんなの無理。
「ここで待っているという選択肢も……」
「いえ、行きます」
こんなところで一人待つなんて。そちらのほうがよほど恐ろしい。
「訓練施設だから、素人でも行けることはいけるのだが……」
「あの子たちは私の生徒です。探しに行きます」
自分でもびっくりするくらい大胆な言葉が飛び出した。本当はこんなところに一人でいたくないだけだ。
「そうか。ならば」
ラーズは壁から頭に取り付ける方式の明かりを取り出した。
「これをつけてくれ。奥に進む」
本当にそこから奥には明かりはなかった。光を閉じ込めた魔道具の明かりだけが頼りだ。
「……そこに、水が溜まっている。すべりやすくなっているから、おっと」
いうはしから転びかけた私をたくましい腕が支えた。心臓がどきどきしている。
「ご、ごめんなさい」
「いや、いい。かまわない」
それから、私は地面に気を付けながら先を進んだ。真っ暗な場所で小さな明かりを頼りに前に進む。本物の肝試しね。
私はいたずらされて、暗い場所に取り残された時のことを思い出した。あの時は怖かった。闇が怖くて、私は泣いた。あれからしばらく、一人で寝るのが怖かったっけ。
今は、怖くない。私はちらりと隣を見る。ラーズの落ち着いた動きを見ていると、心が落ち着く。この人についていけば大丈夫。そう思えるのだ。
そう、こんな遺跡、実家の裏山に比べたらたいしたことはない。なにしろ、あそこは屋敷林という名の森が周りを囲んでいたから。何度、あの森で迷子になったことか。
「あ、エレッタさん、手を……貸す必要はないな……」
あきれたようにつぶやかれて、私は恥ずかしくなる。
「ご、ごめんなさい。その……私の家の周りは山だらけで……」
一般的な貴族令嬢とはかけ離れているわよね。こういう行動をとるから、学校でも田舎者と陰口をたたかれていたのだ。貧乏な、名ばかり貴族は優雅なお茶会なんか開いている暇はなかったのよ。いやな記憶を私は追い出した。
「いや、安心した。エレッタさんならすぐにでも冒険者になれそうだ」
「え?」
どうやら、これは賛辞だったらしい。
「ああ。本当だ」ラーズが笑う気配が伝わってくる。「フラウちゃんよりもずっとましだな」
「フラウちゃん? それは、フランカ・レオン提督のこと?」
親しそうに話すその言葉にドキリと心臓が跳ねた。
「そうだ。フラウちゃんが最初に辺境に来たときは本当に何もできないお嬢様だった。俺たち、みんな、彼女が生き残れるのか心配してたんだが、今はあの通りさ」
「そ、そうなの」
あの美しい少女とそんなに深い付き合いがあったなんて。
私の知らないラーズ会長の過去。なんだか、とても悔しい。
私はまた手を差し伸べるラーズに気が付かないふりをして、目の前の壁をよじ登った。このくらい私でもできる。
山歩きのことを思えば、どういうことはない。
でも。明かりが目をさした。いきなりのことで、私は小さな悲鳴を上げる。
「曹長」まぶしくて、前が見えない。
「馬鹿野郎。いきなり照らすんじゃねぇ」ラーズもまぶしかったのか目をかばいながら、前方に怒鳴った。
「あ、失礼しました」
「なんだ?」
「跡を見つけました。子供の足跡と、手掛かりです」
ラーズは手元の光板もどきで位置を確認する。
「どのあたりだ?」
「ここです」
彼はラーズ商会の職員だった。私たちが持っているのと同じような光板で地図をラーズに見せている。
「ここは……まずいな、ひょっとして」
ラーズは足早に職員が来たほうに向かう。私と職員は慌ててラーズを追いかけた。




