11 引っ越し祝い
引っ越し祝いは思ったよりもこじんまりしたものになった。
すべての手続きをラーズ会長がしてくれた。うちの飾りつけや出席者の招待も全部。私が学校で授業をしている間にすべての手配が終わっていた。
この町での引っ越し祝いはまず、ご近所の方々に挨拶の品を配ることから始まる。これは表でご挨拶の品をお配りするだけでよかったので、あっさりと終った。
それから、身内と関係者での宴会が行われる。関係者として現れたのは会長をはじめとするラーズ商会の面々だった。少人数の私的な集まり、ときいていた。
でも。
「エレッタ先生、お久しぶりー」
「元気にしてた?」
一緒にこの町まで旅をしたお姉さんたちやおじ様たち、事務所にいるお兄さんたちが詰めかけると、部屋がいっぱいだ。みんな口々に私に挨拶をして、私がそれに礼をいう。
一人一人と短い話をするだけで、ずいぶん時間がとられてしまう。
「エレッタ先生」ジーナ少佐までもがあらわれた。
「はい。プレゼント」
辺境では引っ越した側がみんなに贈り物をすると聞いていたのだけれど、私は不思議に思いながら大きめのでも軽い箱を開ける。
中から黒いキラキラした瞳がこちらを見つめ返していた。
「あ、羽ウサギ」
まるでぬいぐるみのような生き物をそっと箱から救い出す。
「うまく調教できた。どうぞ」
私はそっと羽ウサギをなでる。うん、ふかふかして癒される。
「どうやって育てればいいのかしら」
「その辺の草を与えていれば大丈夫。草なら何でも食べるよ」
ああ、この羽のつやつやした感じがたまらない。
キキキ……羽ウサギは私の腕をのぼると肩にとまった。まるで、鳥のよう。横を見るときらきらした目がこちらを見ている。
「あ、エレッタ先生。気に入られたね」
指を出すと、頭を下げてきた。触ってくれというのか。
うん、この手触り、幸せ。
「この子、首輪をしてる?」
「ああ、それ。ペットであるという証みたいなものだよ。それと、魔封じね。一応魔獣だし」
すきなチャームをつけてやるといいよ、とジーナさんはいった。
私が羽ウサギに没頭している間に、自主的に楽器を持ってきた人、お土産と称して料理を持ってきたもの、小さな中庭に酒が積まれて、勝手に酒盛りが始まっていた。
これは……私が料理を作る必要などなかったのではないの?
さんざん苦労して、あんなことをしたり、こんなことをしたりしたのに。自分の苦労が報われなかったことが悔しい反面、自分の料理が表に出なくてほっとしている。
試作のときにはとてもおいしくできたのに、うっかりと配合を間違えてしまった。味見したときに気が付いて、奥のほうに隠しておいたのだけど……
「いや、これ、内地の料理ですか? おいしいですね」
ラーズ会長の部下だったアークが変形したケーキをぱくついていた。
「なんだか不思議な味がします。刺激的ですね」
それ、失敗作なの。
隠しておいたのに、なんで?
やめて。おなかを壊しちゃう。私は止めたかった。
でも、興味深そうに食べている人たちを前にそれは言い出せなかった。
「おい、アーク。お前、何でここにいる」
「あれ? 曹長。お邪魔してます」
「お前はよんでねぇ」
ラーズ会長がアークを押しのける。
「これ、エレッタさんの手料理ですか?」
ラーズ会長は迷わず、皿を手に取って料理を口に入れた。
「あ“」
ラーズの顔が固まって、ゆがんだ。
吐いちゃう?
私のハラハラをよそに彼はごくりと飲み下した。
「……なかなかのお味ですね」
「ですよねぇ。曹長。内地の料理って刺激的だなぁ」
アークはにこやかにお代わりをした。今度はラーズ会長も、とめない。
ごめんなさい。私は内心ラーズ会長に謝る。
私はそのあとこっそり自分が作った料理を目につかない場所に隠した。
「エレッタさん、それは……」
ラーズ会長は羽ウサギに気が付いたらしい。私の肩のあたりをさしている。
「ああ、これ、羽ウサギ……ラーズ会長?」
「か、かわいい……」
あ。会長が溶けている。とっさに私はそう思った。いつもの笑顔よりも数段ふやけた笑顔だ。
彼の腕が羽ウサギに伸びて、
ジーナさんがラーズの腕をつかんだ。羽ウサギは私の背中に隠れる。
「ラーズ、何やってるんだ?」
「い、いや、ちょっとカワイ……珍しい生き物が……」
「触るのは禁止だよ」
「そ、それはそうと、ジーナ。この生き物は特別な許可がないと飼えない奴だろう? こんなところに連れてきていいのか」
ラーズさんは無理やり顔を真顔に変える。
「俺が申請した時は却下されたぞ。それが、なんで、こんなところに……」
ジーナさんは意地の悪い笑みを浮かべた。
「これはエレッタ先生のペットだよ。文句があるか?」
「え、エレッタさんの? そ、それは仕方がないな」
ラーズはもごもごと下を向く。
「え、エレッタさんなら、仕方がない……え、エレッタさん、今度その生き物をその……」
「いいですよ。触っても」
気持ちはわかる。この生き物はとても気持ちがいいのだ。
私がそっと手に乗せて差し出すと、ラーズはおずおずと生き物に触れた。
その様子が面白くて、私やジーナさんは笑う。
なんだかとてもいい気持だ。
それから、ずいぶん長時間宴会は続いた。
歌あり、踊りあり、こちらが何もしなくても勝手に盛り上がってくれるので私としてはとても楽だ。宴の後半になると、どこかでちらりと見かけたことがあったかしらという程度の知り合いも加わり、狭いと思ったこともない家が狭く感じる。
「こんな集まりでよかったのかしら」
私はラーズ会長に怒鳴った。そうでもしなければ、とても会話などできはしない。
「もちろんで、最高に盛り上がっているじゃないか」
目の前で、何人かの人が集まって、映像をとっていた。
みんなで集って、恰好を決めて、パシャリ。
手にした魔道具から紙が出てくる。
それを囲むようにみんな集まって、指をさして笑いあっている。
「あれは、なんですか?」
私は聞いてみた。
「ああ、あれは写真だよ」
ラーズは手を伸ばして、人の輪の中から紙を取り上げて、私に見せた。
ああ、なるほど。先ほどの光景が紙に念写されている。
「映像を紙に残す魔道具なんだ。最近、流行している」
ラーズは紙を人々に返して、そう叫ぶように説明した。
「エレッタ先生も、撮りましょうよ」
アークが私の肩を抱いて、機械を私のほうに向けた。
「はい、撮りますよー」
「アーク、てめぇ」
慌ててラーズさんが割り込もうとしたが遅かった。
出てきた紙には、私と親しげに肩を抱いたアークと鬼のような形相のラーズが写っていた。
「お前、エレッタ先生になんてことを……」
「えー、よくないですか? この写真。ほら、みんなも入って……いきますよぉ」
わらわらと人が寄ってきて、私はつぶされそうになる。それを、身をもってかばってくれたのはラーズ会長だ。
「はい、撮れました。これで、どう?」
「今度は私がとるわ」
皆が撮る役ととられる役を変わっていく。
皆楽しそうに、映像のついた紙を眺めていた。
「あら、エレッタ先生。これ、いいわ」
私は最初に取った一枚を眺めて、紙を伏せた。
「気に入らないの?」
「私、自分の映像を取られるのは好きじゃないんです」
だって、それを見るとみんなとの差がわかってしまう。だんだんと成長する友達と、おいていかれる私の姿。美しく着飾った同級生の中にただ一人場違いな子供が写っている。
「え? かわいいのに。ねぇ、会長」
女性はラーズの鼻先に私の写っている映像を突き付けた。
「気に入らねぇ」
「ですよね……」
「なんで、あの、アークの奴が……」
そう言いかけてから、ラーズ会長はちらりと私の顔を見た。
「いや、違うんだ。エレッタさんはとてもかわいいと思う。本当だ。気に入らないのは、横にいるこいつ……」
「はーい、曹長、こっち向いて」
思わず声をしたほうを見た。アークが機械をこちらに向けている。
「お二人さん、はい、いきますよぉ。“ちーず”」
また、写真を撮られてしまった。
「アーク、勝手に写真を撮りやがって」
顔色を変えて、アークに詰め寄るラーズ会長。アークは涼しい顔で、できた写真をラーズに突きつける。
「いい写真でしょ。“つーしょっと”ですよ」
そこにはまじめな顔をした私とラーズ会長が並んで写っていた。
「お似合いだと思いますよ。曹長」
アークはつかみかかるラーズの腕を交わして、別の人の写真を取りに行く。
私は写真を見た。
いかめしい顔のラーズ会長と、まじめな顔つきの私。振り返った瞬間だったからか、撮った角度の問題なのか。自分でも驚くほど、大人びて見える。
いつもよりも大人の表情をした私がそこにいた。
いい感じだ。これなら親子とは言われないわよね。
私はその写真が気に入った。
「この写真いただいてもいいの?」
「え?
ああ。どうぞ。好きなだけ持って行ってくれ」
ラーズ会長が私の写った写真をどっさりと集めてくれた。
大人も子供も混じっている集まりだからだろうか。私の子供っぽさはほとんど目立っていない。むしろ、大人たちのほうがよほど子供っぽく映っている。
「これ、いただいてもいいの?」
「もちろん。エレッタさんは主催者だ。好きにして構わない」
「ありがとう、ラーズさん」
私はラーズさんの手を取って振り回した。
「うれしいわ。こんなにたくさん……」
普段だったらこんなことはしないのだが。きっと酒に酔ったのだ。なんだか、とてもふわふわしていい気分だ。
みんな、酒で寄っているように見える。速いテンポで音楽が鳴り響いて、色とりどりの衣装を着た人たちがくるくる回る。
私も輪の中に入って踊った。踊りは得意ではないのだけれど。みんなが好き勝手に動いているここでなら、恥ずかしくない。
男女一組になって相手を変えながら、踊っていく。子供から老人まで、ラーズ会長とも、アークとも。あれ、この人、さっき帰ったはずの近所の人……。隣では“母ちゃん”も巨体を揺らして、リズムをとっている。お世話になったお姉さんたちが酒を片手に歌を歌い、事務所の掃除をしていたおじいさんが欠けた歯をむき出しにして大笑いしている。
速いテンポに息が切れそうだ。
音楽が終わった時に支えてくれたのはラーズ会長だった。
「ありがとうございます、会長」
私が礼をすると、会長は丁寧に頭を下げる。
みんながそれぞれに拍手をして、どうやらこれで会はお開きになるようだ。
「あ―楽しかったわ。ありがとう」
私は片づけを始めたラーズたちに礼を言う。
「こちらこそ、楽しい会を開いてくれてありがとう。おい。起きろ」
隅でつぶれている人たちを回収しながら、ラーズはいう。
「片づけはこちらでやります。エレッタさんは上で休んでいてください」
周りを見回して、そうしたほうがよさそうだと判断する。辺境の人たちは本当に丈夫だ。あれだけ飲んでいたのに、けろりとして片づけをしている。
私はというと……
あまりお酒には強くないのだ。きっと、体がまだ成熟していないからだと思う。もうすこし、成長したら、きっと。
部屋の出窓を開けると涼しい風が吹いてきた。こうして、外を眺めていると体のほてりがきえていく。
「エレッタさん」
部屋の外からラーズが声をかけてきた。
「後片付けは終わりました。これで、帰りますね」
「ああ、会長さん」
私は戸口に立つラーズに笑いかける。
「今日はどうもありがとう。本当に楽しかった。何とお礼を言ったらいいか」
「いや、エレッタさんが楽しんでくれたら、それがなによりだ」
「本当はね、不安だったの。私が、辺境でうまくやっていけるかって。何もかも違うでしょう? だから」
あら、こんな話するつもりはなかったのに。
「でも、今日の会ではみんなと仲良くやっていけるような気がしたの。ここにいても、大丈夫だって、確信があったの。ラーズさんたちのおかげよね。本当に感謝しているわ」
「俺としては、エレッタさんがいつまでもここにいてくれると、うれしぃ」
声が小さくなって聞こえなくなった。
明かりを背にしたラーズ会長の表情は読めない。まるで、恋の告白みたい。
「あ。あの」
「はい?」
「俺は……」
背後でがさりと音がした。
ラーズは振り返る。
「あ。お前たち」
小さな影が映った。あらら、ティカとその小さな弟エポだ。
「まだ寝ていなかったの? 子供はもう寝る時間よ」
私はそう注意した。幼い子供がこんな時間まで起きているなんて、よくない。
「あ、そうだね。おやすみなさい。先生」
急に慌てたようにラーズ会長があいさつをした。
「おやすみなさい。会長」
私の返事が聞こえただろうか、あわただしく階段を下りていく靴音がする。なんだかいいところを邪魔された感じがする。私は子供たちを叱ろうと、二人の子供の前にしゃがみこんだ。
「もう夜なんだから、早く寝なさい。それとも、どうしたの? 何か用なの?」
教室とは違ってもじもじしているティカよりも弟のほうが積極的に答える。
「用なんてないよ。面白いことないかな、と思ってのぞいただけ」
「そう? 人の生活を面白がるのはよくないことよ。特に女性の部屋をのぞくのはお行儀の悪いことよ」
「かいちょうならいいんだ」
うれしそうな顔をされて私はむっとする。いったい何が面白いのかわたしにはわからない。
「ねぇ、ねぇ、カンケイはどうなったの?」
エポが楽しそうに笑う。
「カンケイ? ああ、関係……」
顔が熱くなった。なんてことを言うのだろう。この子たちは。
「あのね、何もないの。ラーズさんは、とても親切な方で……」
「えー、チューとかしないの? チュー」
はぁ、私はため息をつく。暗くて、助かる。
「あのね、ラーズ会長は私のお世話をしてくれただけ。それだけなの。先生はここの暮らしに慣れていないでしょ、だから……」
「あの変態、エレッタ先生のことがコノミなんでしょ。コノミだから、目をつけてるんだって」
「あ、しーっ」ティカが不自然に弟の話を遮る。
「え? だって、ラーズ会長は変態だから、みんなが……」
ちょっと待って。私は子供たちが逃げられないように階段をふさいだ。
「変態って。変態ってどういうことよ」
「それはねぇ、会長は小さい女の子が好きなんだ」
「お、おめ……」ティカが弟の口をふさごうとしたが遅かった。
「え? でも、ラーズさんは……」胸の大きい背の高い人が好き、なんじゃぁ。
「“ろりこん”なんだよ。ろり……」
何かがはじけた。私は弟を引きずるようにしてその場から逃げようとしているティカを捕まえた。
「ティカ君、先生にきちんと説明して頂戴。どうして、ラーズさんが変態なの?」




