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【第3話】結成



第二会議室には、二台のカメラが置かれていた。もしかして、控室の様子も生配信するのだろうか。でも、カメラのランプはついていない。


私はそわそわしながら、声をかけられるのを待った。平常心はとても無理だったから、緊張している自分を認める。すると、少しだけ気が楽になる感じがした。


しばらくして、入ってきたのは住永だった。車輪を押して、私のもとに近づいてくる。知り合いを見つけたという安堵が目に滲んでいて、私は少し顔をしかめた。


「溝渕さんも最終審査に残られたんですか?」


「ここに来てるってことは、それ以外ないでしょ」


「最終審査って何やるんですかね」


「さあ? 一人ずつ呼んで最終面接でもするんじゃない? 本当にアイドルをする気があんのかどうか確かめられるんだよ、きっと」


「そうですか。だったらちょっと怖いですね。私うまく答えられるのかな……」


答えられなかったらそこで終わりだけどね、とはいくら私でも言えなかった。目の前にいる住永は不安に苛まれていたけれど、私だって励ませるほどの余裕はない。私たちのうち一人しか残らないということもあり得るのだ。


お互い会話も少なく、社員の人に名前を呼ばれるのを待っていると、後ろでドアが開く音がした。高松が入ってきたのだ。


私たちを見るなり顔をしかめていて、私たちが最終審査に残ったのが不服なようだ。私たちのもとに向かってきても、知らんぷりを決めこんでいる。


眼中にも入れていないような態度が気に入らず、私は思わずつっかかってしまう。


「よかったね。ここまで残れて。あれだけ大口を叩いておいて、落ちたら悲惨だもんね」


あえて高松の気に障るような言い方をした。お高くとまっているような横顔が気に入らなかったから、私たちと同じ目線まで引きずり降ろしたかった。


すると、高松は私の方に顔を向けた。見るというよりも睨むような目に、この子も必死なんだと気づく。でも、だからといって私のあり方は変わらない。


「あんたたちもよかったね。ここまで来れて。ド素人のあんたたちが最終審査まで残れるなんて意外だったよ」


「別に最初は誰だってド素人でしょ。確かに私たちにはまだ何の経験もないけど、可能性や将来性を評価されたんじゃないの。それに、この企画は素人を弾いてたら成立しないしね。あんたみたいな元芸能人の方が稀なんだよ」


「はぁ? 何、元って。ここ三年活動してないとはいえ、まだ私には事務所との契約が残ってるんですけど?」


いがみ合うのが得策ではないことは、私だって分かっていた。だけれど、お互い売り言葉に買い言葉が続く。


こんなに性格が悪い奴でも、アイドルになれるんだろうか。いや、性格が悪いからこそ、今まで芸能界でやってこれたのかもしれない。


私は高松を認めたくなかった。もし、私が落ちて高松が合格したら、絶対に応援しないし、売れなくなるまで恨み続ける。そんなことは万に一つもないと思うけど。


「まあ精々がんばれば? 落ちたときに恨み言を言わなくても済むように」


高松が蔑むように言ってきたのを、私は完全に無視した。一瞥さえくれなかった。高松の言葉は完全に余計だった。


第二会議室には軋むような空気が流れる。しばらくして入ってきたスタッフと思しき人が、はっきりと顔をしかめたぐらいに。


私と高松の間は緊張状態そのもので、蚊帳の外に追いやられている住永が、バツが悪そうに縮こまっている。


私は高松をなるべく意識しないように努めた。だけれど、高松から発せられるオーラは、私の周りにとりついて離れなかった。


スタッフの人はまず私たちに立ち位置を指示して、「カメラ回します」とカメラの電源を入れた。赤いランプが光って、私たちを睨みつける。


今真ん中に座っているのは高松で、私はその右側にいる。立ち位置にあまり意味があるとは思えなかったけれど、やはり真正面を取られると、どこかいけ好かないような感じがした。


スタッフの人が部屋を後にすると、すぐにまた別の大人が入ってきた。鶴岡をはじめとして、ずっと私たちを審査してきた四人だ。並びも今までの面接と同じ。


だけれど違っていたのは、今日は四人に椅子が用意されていないことだった。立っている四人から、私は最終審査にあまり時間がかからないことを察する。短い時間で一体何を審査されるのか。


考えれば考えるほど不安になって、顔が引きつりそうになったけれど、私は意志の力で堪えた。


「みなさん、本日はよくお越しくださいました。遠いところをわざわざありがとうございます」


ありきたりな挨拶から、鶴岡は話を始めた。私たちは小さく頭を下げて返す。緊張していると悟られないように、必死に笑顔を作った。


「さて、皆さんは今日は最終審査という名目で、ここに集まったわけですが、私から一つお知らせがあります」


そう言うと、鶴岡は勿体つけるかのように少し間を置いた。誰も喋らないと、画面越しに見ているであろう大勢の人の存在を、視界の外のカメラから私は感じてしまう。


やがて、鶴岡は口を開いた。私たち一人一人に届けるように。


「今回、最終審査はありません。実は既に全ての審査は終わっています」


鶴岡の言葉を理解するのに、少し時間がかかった。この場で審査結果を言い渡そうとでもいうのか。Kanade TVを通じて生配信されている、この場で。


私は笑顔ではいられない。だけれど、鶴岡はカメラに顔は映らないのに、微笑んでいた。


「エントリーNo.1 高松日奈子、エントリーNo.8 溝渕千明、エントリーNo.13 住永愛瑠。以上三名を今回のオーディションの合格者とします」


それは紛れもない、私の夢が第一歩を踏み出した瞬間だった。


もちろん嬉しさはある。だけれど、私の中にある感情は嬉しさだけではなかった。むしろ驚きの方が勝っている。人は望んだ瞬間が訪れたとき、素直に受け入れないようにできているらしい。


私に務まるのだろうかという不安は一切ない。だけれど、鶴岡から合格を告げられても、私は何一つ変わらない。有り体に言うと、実感が湧かなかった。


「皆さんは今日から、車椅子アイドルグループ『アンリミテッド』として活動してもらいます。デビューライブは、今日からちょうど三ヶ月後の七月二十九日。新代田のHEATERというライブハウスで開催することが、既に決まっています。ですので、まずはデビューライブの成功を目指して、活動に励んでください」


鶴岡の説明も耳を滑っていく。自分のことという感じがしなかった。だけれど、隣の高松は自信満々な顔を見せていて、私は不覚にも頼もしいなんて思ってしまう。


「皆さんは今日、アイドルになる権利を手に入れました。ですが、まだスタートラインに立ったにすぎません。日々研鑽して、ぜひ大勢の人から応援されるアイドルになってください。私からは以上です」


応援される。きっと私が会ったことがない大勢の人から。その現象がにわかに理解できなくて、私は返事をするのが遅れてしまった。高松の凛々しい声とは、似ても似つかないたどたどしい返事。それは住永も同じで、心の準備がまだ追いついていない。


私は今日からアイドルになる。


見られる。名指される。評価される。


人生で感じたことがない震えが襲ってきて、私は肩をすぼめてしまう。この様子も生配信されているのに。既に「アイドル・溝渕千明」としての評価は始まっているのに。


私たちがアイドルになった。ただそれだけを伝えて、鶴岡たちは第二会議室を後にした。すぐに何人かのスタッフが入ってきて、カメラを片付ける。そこで私たちはようやく一息つくことができた。


今起こったことが現実とは思えない。まるで夢の中の出来事みたいで、私はあちこちを見回してしまう。


だけれど、ブラインド越しに差し込む日光も、無地のカーペットも、やたらと高い天井も、そして隣にいる二人も、全てがこれは現実だと伝えてきて、私はようやく我に返った。


堂々としている高松と、おっかなびっくりといった様子の住永。これからこの二人とまとめてアイドルと呼ばれることが、少しずつ自分の身体に浸透していく。辞退しようなんて考えさえしなかった。


スタッフたちがカメラを持って室内から出ると、すぐ外で待っていたのか、入れ替わるようにスーツを着た男性が入ってきた。


短く刈り上げた髪に、日本人の平均身長は超えているであろう背丈。手入れされている眉と、シミひとつない肌が整然とした印象を与えてくる。たぶんそれなりにモテるのだろうと、場違いなことを思った。


その男性は私たちの前に立つと、一息ついてから話し始めた。大人びた外見に合った低く落ち着いた声だった。


「高松さん、溝渕さん、住永さん。この度はオーディションの合格おめでとうございます。私はあなたたちのマネージャーをさせていただく井口大誠(いぐちたいせい)です。よろしくお願いします」


お辞儀をした井口に、私たちも釣られるようにして頭を下げる。誠実そうな話ぶりといい、私たちを尊重しているような眼差しといい、井口は私たちに信頼されようと手を尽くしていた。


「確認なのですが、皆さんは今日から、車椅子アイドルグループ『アンリミテッド』としての活動を始める。その意志は確かですね?」


「当然です」と答えた高松に続くようにして、私と住永も頷いた。この期に及んで辞退するなんて考えられない。


井口は私たちの意志を確認すると、一つ頷いて、私たちの目の前に一つ机を移動させた。手に持たれたバインダーに、次に言われることを私は何となく察してしまう。


「では、皆さんにまず契約書をお配りしたいと思います。でも、いくら同意したくても、今この場でサインはしないでください。皆さんはまだ未成年です。当然、アイドル活動には保護者の許可が必要です。一回家に持ち帰ってから、保護者の方にも活動を納得してもらったうえで、提出してください」


お父さんとお母さんは、私がこの企画のオーディションを受けたいと言ったときも、二つ返事で了承してくれた。だから、難なく同意してくれるだろう。


私たちは頷いて、井口から契約書を受け取った。それはまるでスマートフォンの契約書みたいに、小さい文字でびっしりと裏表にわたって、契約事項が書かれていた。突然の遅刻や欠勤はしないとか、職業上知り得た情報は許可なく外部に漏らさないとかいう当たり前のことから、保険や給与体系についても生々しく書かれている。


私は読むだけで目が回りそうな文面をざっと眺めた。ぱっと見た限りでは、どこにも恋愛禁止という条項は書かれていなかった。


「今後の予定ですが、まず明後日の一七時から貸しスタジオで最初のレッスンがあるので、そこで契約書を私に提出してください。場所はまた追って連絡します。それからはレッスンを行いつつ、アーティスト写真の撮影やレコーディング。取材にKanade TVの番組への出演を行ってもらいます。忙しくなるとは思いますが、皆さんならできると思ってプロデューサーたちは合格を出したので、期待に応えられるようがんばってください」


何となく分かってはいたけれど、いざ言葉にされるとやる前からでもその大変さが分かってしまうようで、私には軽く身震いがした。きっと私の想像以上に多忙な日々が待っていることだろう。


だけれど、これは私が望んだ道だ。右も左も分からない私たちは、まずは敷かれたレールの上を走るしかない。全ては大勢の人に応援されるアイドルになるために。


「詳しいことは、その都度連絡していきますが、現時点では私からは以上です。皆さんから何か質問はありますか?」


まだ分からないことだらけで、訊きたいことは山ほどあった。だから、私は井口が私たちに話を振るやいなや、「あの、いいですか」と発していた。


「レッスンは明後日から始まるんですよね?」


「はい、そうですが」


「それってもう、私たちのデビュー曲は出来上がってるってことですか? だって曲の振りつけを覚えるためにレッスンをするんですよね?」


そう私が聞くと、井口は目を細めてみせた。


「ええ、もう出来上がってますよ。何なら今、聴いてみますか?」


「えっ、聴けるんですか?」と驚く私をよそに、井口はズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。少し操作すると、私たちに画面を向けてくる。八分音符が大きく浮かんでいて、その下には『私たちのコンツェルト』と書かれていた。


私たちがその画面を確認したのも束の間、すぐに耳を撫でるようなシンセサイザーの音が聞こえた。イントロだろう。ギターやベース、ドラムも入ってなんだか華々しい。大人びた女性の声の仮歌も始まる。歌詞も前向きでこれを歌うのかと思うと、背筋が伸びる思いがした。高松や住永も聴き入っている。


サビに入る頃には、知らず知らずのうちに私の手はリズムを刻んでいた。


「これが皆さんのデビュー曲です。デビューライブの一ヶ月前に配信でリリースする三曲入りシングルのリード曲となる曲です。これから何百回と歌っていくことになるので、聴いてくれる方に満足していただけるような歌唱を目指して、レッスンに励んでください」


「はい!」と高松が歯切れのいい返事をして、私と住永も慌てるように続く。何百回という数字を出されると、改めて身が引き締まった。


「では、他に何か訊きたいことはありますか?」



(続く)

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