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【第25話】ドキュメンタリー



「こんなこともありました! バック・トゥ・ザ・Kanade TV―!」


MCの芸人が高らかに声を張り上げる。私と高松はゲスト席の一段目の端っこで、他の共演者に合わせるように拍手をした。背にするスタジオセットは、最後だからか今までに見たことがないほど豪華で、でもスタッフの数は増えていなかった。


MCの芸人と女性アシスタントがにこやかに話をしているのを、私は何とも言えない気持ちで眺める。頭の中は昨日入院した住永が、今どうしているかでいっぱいだった。


「この番組はKanade TV、三年の歴史の中で作られてきた様々な番組を振り返ってみようという番組なのですが、どうですか? 堀田(ほった)さん。堀田さんは数多くのKanade TVの番組に出演されていますが

MCに話を振られた中堅芸人が、当たり障りのないことを言う。間に差しこまれたボケも、全然ウケていない。


ここにいるからには、いつかは私だってコメントを求められるだろう。でも、私にはそんなことを考えている余裕はなかった。早く収録が終わって、電話でもラインでも何でもいいから、住永と話したい一心だった。


「では、最初のVTR行ってみましょう! まずは記念すべきKanade TVのオープニング特番『Stand Up! Kanade TV!』からです!」


MCが振ったVTRがモニターに映り、私たちはそれを眺める。


Kanade TVは閉局となる四月三〇日に最後の花火として、二十四時間の生放送を予定していた。今までにない数の出演者が揃う、最後のお祭りだ。


でも、二十四時間全部が生放送というわけではなくて、合間合間に収録した番組を流す時間もある。今、私たちが参加している収録は、そのうちの一つだ。


モニターの中では何人もの芸人やタレントがワイワイ騒いでいる。これから新しいことが始まるという期待感に満ちていて、楽しそうではある。


でも、私は他の出演者みたいに分かりやすいリアクションを取れなかった。VTRを受け入れるだけの心の隙間がなかった。隣でわざとらしすぎず、あくまで自然なリアクションを取り続けている高松に申し訳ないと思う。


たぶん私の顔は、オンエアでは全然使われないだろう。だけれど、それでも構わないとさえ私は考えてしまっていた。


「さて、アンリミテッド初出演のときの映像を見てもらったわけだけど、どう? 日奈子ちゃん。まだ一年も経ってないのにもう懐かしいでしょ?」


「そうですね。結成してから今日まで色々なことがあったので、一年前なのにもう遠い昔のようです。今見ると私もそうですけど、みんな大分緊張してますね」


高松が笑顔でそつなくコメントをこなす。でも、その間も私の心臓は鳴りっぱなしで、表情を緩めることさえできなかった。


次にコメントを振られるのは、間違いなく私だ。何を言えばいいのか考えるのに必死で、スタジオの景色も目に入ってこない。


「千明ちゃんはどう? 確か、千明ちゃんはこのときがテレビ初出演だったんだよね?」


一つ頷いてから案の定、MCは私に話を振った。


そんなの胸が詰まるに決まっている。住永も含めて三人で映っている映像を見て、切なさで苦しい。できることなら、あの頃に戻りたい。あのときも問題はあったけれど、三人でいられるだけ今よりは幸せだ。


でも、そんなコメントはスタジオや視聴者の誰も求めていない。私は何とか目元を緩め、口を開く。


「そうですね。今見るとあまりの初々しさに、少し恥ずかしい気もします。でも、この頃にはないものを今の私たちは持っているので、ここまでアンリミテッドを続けてきてよかったなと思います」


それっぽいコメントを、ギリギリ作った笑顔で言う。私の面白みに欠けたコメントにもMCは大きなリアクションを示してくれたので、とりあえずカットにはならなさそうだ。


私は心では感謝しつつも、頭の中ではこんなことやってる場合じゃないのにという思いが抜けない。住永がスタジオにいない現状に、何の価値もないと感じてしまう。


そんな私をよそに収録は続いていき、モニターには次々と私が初めて見る映像が映る。私が満足のいくリアクションが取れなくても、収録はそれなりに盛り上がっていて、私がここにいる意味ってあるのかなと、ふと考えてしまった。





〝そうですね。ただベッドに寝ていてもあまりやることがないので、最近はスマホでドラマとか映画を見てることが多いです〟


〝へぇ、そうなんだ。何かおすすめのやつとかあるの?〟


〝はい! 韓国ドラマで学校を舞台にした話なんですけど、二転三転する展開がとにかく面白くて! 昨日一二話一気に見ちゃいました!〟


夕食を食べ終わった後、私はソファでくつろぐお父さんやお母さんの横で、高松や住永とラインをしていた。直接的な話は三人ともがなかなか切り出せなくて、今は雑談、主に住永が入院中どうしているのかに話題は向けられていた。


文面上は住永は元気そうで、沈んでいたり不安がっているのではと心配していた私は、とりあえず安堵する。〝面白そうだね〟と送ると、〝はい! 面白いのでぜひ見てください!〟とすぐさま返信がつく。入院してから毎日こうしてラインをしているのに、住永はまだ私たちとの会話に飢えているようだった。


〝溝渕さんや高松さんはどうなんですか? 最近見たり読んだり聴いたもので、何か面白いなって思うものはありましたか?〟


住永に訊かれるまま、私たちは適当に最近触れた創作物のタイトルを挙げた。高松が挙げたインディーズバンドの新譜や、私が挙げた異世界に転生するライトノベルに、住永は素直に興味を示してくれる。


〝今度親に頼んで買ってもらいたいと思います!〟との返信に、私は微笑みながらもわずかに気を揉んでいた。住永の言う「今度」は私たちと違って、絶対的には保証されていなかった。


〝とうとう明日だね〟


そう私が投稿したのは、誰もが決定的なことを言えずに、スマートフォンの中の青空が、だんだんとくすんで見えてきてしまったからだった。


既読はすぐに二つついたけれど、返信はなかなかこない。


私は今投稿したラインを消して、何事もなかったかのように振る舞おうかとも思ったけれど、一度投稿した文面は画面からは消せても、記憶からは消せなかった。


〝そうですね。明日の今頃にはとりあえず最初の手術が終わって、ベッドに寝ていることを考えると、なんだか不思議な気分です〟


〝住永にとっては生まれて初めてのことだもんね。ドキドキするのも無理ないよ〟


〝はい。正直不安はありますけど、でも麻酔をかけられたら、眠ることしか私にはできないので。医師の先生を信じるだけです〟


続けて、親指を立てるキャラクターのスタンプを送ってくる住永。でも文面とは違い、ベッドの上では怯えた表情をしているのかもしれない。明確な言葉で、自分を勇気づけようとしているのかもしれない。だから、文章にして送信するだけすごいと私は思った。


〝住永は強いね。私だったら、たぶん不安でえんえん泣いてると思う。文字通りこれからの人生がかかった手術なのに。なかなか言えることじゃないよ〟


私だってNIFでうまくパフォーマンスができるか、不安でいっぱいだ。


だけれど、住永はそれより遥かに大きい不安に直面してもなお、前を向こうとしていた。


〝いえ、私だってずっと不安で、今も心臓がバクバク言ってます。でも、私に強さと呼べるものがあるなら、それはお二人に出会えたことかもしれません〟


歯の浮くようなフレーズを、住永は何の衒いもなく送ってくる。私は込みあげてくるものを感じていた。


〝Kanade TVのオーディションに選ばれて、お二人と出会えて、私の人生は大きく変わりました。どんなときでも三人で支え合って、少しずつ結果が出始めたときの喜びは、何にも代えがたいものでした。今はちょっと難しい状況になっちゃってますけど、私はまた三人でステージに出て歌える日が来るって信じてます〟


住永の思いを、今は胸に沁みこませたい。テレビの音も両親の話し声も、何もかもシャットアウトして、三人だけの世界に潜りこみたい。


強い想いを、私は短いラインに託す。


〝ありがと。私たちもその日が来ることを信じてるよ。そのためにはまず明日だね。成功するよう祈ってるから〟


〝そうだね。またいつもの貸しスタジオで、元気に顔を合わせよう。どれだけ時間がかかっても、絶対〟


〝お二人ともありがとうございます! 私は寝てるだけなんですけど、それでも明日はがんばりたいと思います!〟


文面から、決意を固めている住永の表情が想像できた。私もうまくいきますようにと、もう一度画面に向かって祈る。順調にいけばNIFの前にも会えるだろう。私はその瞬間を、ステージに立つとき以上に心待ちにしていた。


〝おやすみ〟とラインを送り合って、私たちの会話は終わる。スマートフォンから目を上げると、相変わらずテレビは、あまり美味しそうじゃない激辛料理を無理して食べる芸人を映していた。


両親は笑っていたけれど、出演者が好き好んで食べているようには見えず、私は車椅子を操作してテレビから少し距離を取った。ワイヤレスイヤフォンを装着すると、多少なりともテレビの音は小さくなって、私に考える隙間を作る。


私はスマートフォンに保存してある動画をスクロールして、とある動画をタップした。テレビを見るよりもずっと、見ていたいものがあった。


イヤフォンを通して、私たちのアルバムのインスト曲が流れてくる。レッスンを受けている私たち。収録に参加している私たち。移動中の私たち。テロップに合わせて次々と映されるのは、私たちに密着していたカメラが収めた映像だ。


インスト曲が終わるのと同時に、「アンリミテッド 初アルバム発売までの90日間」というタイトルが表示される。私が見始めたのは、ファーストアルバム発売までの私たちを追った三〇分間のドキュメンタリー動画そのものだった。


本編はアルバムの発売を知らされて、驚いている私たちから始まった。レッスンの様子やレコーディング、新しいアー写撮り、MVの撮影。そして、その裏側が概ね時系列通りに流れていく。


こうして客観的に見ると、撮られている私たちはどこか作り物めいていて、大分恥ずかしい。もう何回か見ているけれど、未だにその恥ずかしさは消えていなかった。


動画は私たちの明るい場面や前向きな場面を、ピックアップして進んでいく。レッスン中はもっと苦労していたし、CMの撮影ではキレたこともあったけれど、そこはカットされていた。誰が見てもアンリミテッドに対してプラスのイメージを与える、応援したくなるように構成されていて、恥ずかしいけれど、ただ見る分には大きなストレスは感じない。


動画は私たちに密着した映像と、一人ずつ別々に撮ったインタビューを、交互に映す形で展開される。


私たちはそれぞれインタビューで何を言ったか、動画が公開される前までは知らなかったし、お互い言わなかった。だから、動画が公開されて初めて、私は高松や住永がインタビューで何と答えたかを知った。


今、動画の中では高松がこれまでの活動を振り返っている。「短いけれど濃密な時間」と答えている高松に、そんなこと言ってたなと私は思った。


私が一人で映る瞬間は、やっぱり画面から目を逸らしたくなるほど恥ずかしい。でも、私はじっと見つめて、自分が言ったことを思い返していた。また何度でも見れる動画が、今この瞬間だけは特別なものに思えた。


動画は進んでいき、後半部分に突入する。完成したジャケットを見て感嘆している私たちの後に映し出されたのは、住永のインタビューだ。私とは違う喫茶店で、今より輪をかけて初々しい姿が映る。緊張が顔に表れている様子は、自分が映っていない分気楽に見られたけれど、今だけはそうもいかない。


私は、画面に目を凝らした。


「アイドルを目指したきっかけは何ですか?」


「あの、私はもともと歌うのが好きで、中学でも合唱部に入ってたんです。でも、自分に自信があったわけじゃなくて。何をするにも一歩引いてしまうところがあって。そんな自分を変えたいじゃないんですけど、何かが変わるきっかけにはなるかもしれないと思って、オーディションに応募させていただきました」


「実際にオーディションに合格して、アンリミテッドとして活動していくなかで、思っていた通りの部分や、逆に思ってたのとは違うという部分はありますか?」


「そうですね……。レッスンは想像していたよりもずっと大変ですね。合唱部では座って歌っていればよかったのを、アイドルになったからには踊りながら歌わなければならないですし、そこは今も練習を重ねてる最中です。でも、ステージに出て歌うのは楽しいです。ファンの方を目の前にしたり、配信のカメラの向こうを意識して歌っていると、すごく幸せな気分になります。アイドルをしていてよかったと、心から思える瞬間ですね」


一人でカメラを向けられていることに若干緊張の面持ちを見せてはいるものの、画面のなかの住永は、丁寧に言葉を紡いでいた。誠実な受け答えに、私の感情も高まっていく。


動画に没頭して、気がつけばテレビの音はあまり聞こえなくなっていた。


「では、メンバーのことについて聞かせてもらえますか? 高松さんはリーダーでありながら芸能界の大先輩ですけど」


「はい。日奈子さんはオンのときでもオフのときでもアイドル! って感じで、まだ経験が浅い私にとっては、とても頼りになる存在です。言葉もそうですけど、行動や背中で引っ張ってくれていて、ついていけば間違いないっていう安心感があります。私たちのリーダーは、日奈子さん以外考えられません。ダンスも上手ですし、ステージの上でも降りた後でも、本当に大きな存在です。心から尊敬しています」


「溝渕さんについてはどうですか? 住永さんと同じでアンリミテッドに選ばれる前は、歌もダンスも未経験でしたが」


「そうですね。同じ経験のないところからここまでやってきたっていう、親近感と連帯感があります。お互い苦手なところを教え合って克服していったり、私に一番近い存在ですね。もっといいパフォーマンスを届けるために、必死に努力しているところは見習わなきゃなと思います。それでいてステージでは、他の誰にも負けないくらい輝いていて。アイドルになるべくしてなった人って感じがしますね。私の目標です」


面と向かって言うのが恥ずかしかったのか、今まで住永はそんなこと一言も言わなかったから、初めて見たとき私はとても驚いた。


でも、今は一言一言がじんわりと胸に沁みこんでくる。住永から直接言われているように。


「住永さんは、お二人のことをとても大切に思ってらっしゃるんですね」


「はい。こう言うのはちょっと恥ずかしいんですけど、二人とも大好きです。出会えてよかった。アンリミテッドがこの三人でよかったって、心の底から思います。運命みたいなものを感じて、私がこんな状態になったのも意味があったのかなって、初めて思えました」


「なるほど。では最後に、住永さんの今の夢や目指しているところは何かありますか?」


「えっと、私は何万回再生とかライブの同時接続何百人とかいうところには、正直あまり関心が持てなくて。今アンリミテッドとして活動させていただいているのも、本当に夢みたいな話ですし。だから、このままずっとアイドルを続けられたら最高ですね。日奈子さんと千明さんと三人で、ステージに出て歌って踊る。それだけで私は幸せです」


住永の語る言葉はどこまでも純粋で、私の心の深くにまで届く。ここはこの動画のなかでも、ファンからの評判が一番よかったシーンだ。


でも、私はそんなことは関係なく、住永愛瑠と日頃から接している人間として、言葉にできないほど感動していた。そしてそれは、自分の本音に立ち返る機会を作る。


そうだ。私が本当にしたいことは……。取りたい選択肢は……。


動画が終わっても、私はワイヤレスイヤフォンをつけたままでいた。車椅子を操作してリビングから出ていく。


ホームエレベーターに乗って二階の自分の部屋に辿り着くと、私は再びスマートフォンを手に取って、電話をかけた。


こんな時間だから、出ないかもしれない。呼び出し音が鳴るたびに私の緊張は高まっていたけれど、心の一部分は反対に落ち着いてもいた。ようやく決心がついたからだろうか。


その人物は、三回目の呼び出し音で電話に出た。どうしたのか訊いてくる声に、私は呼吸を十分に整えてから答えた。



(続く)

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