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【第22話】NIF



レッスンに明け暮れていると、ライブの日はあっという間にやってきた。


会場はデビューしたときと同じ、新代田のライブハウス。段差が少なく、車椅子でも比較的移動しやすいここは、もう何回かライブを行っていることもあって、私たちのホームと呼べるような場所になっていた。


とはいえキャパシティーは変わらないから、知名度が上がった分、チケットの倍率も上がる。井口が言うには、前回よりも五〇〇円値上げしたが、発売から三日ほどで売り切れたらしい。清涼飲料水のCMで顔が売れた私たちを、一目見たいという人も多いのだろう。高まる期待に、私たちは認められたという喜びと、それを上回る緊張を感じていた。


客入れのSEがフロアだけでなく、楽屋にも聞こえてくる。人々のざわめきに覆いかぶさるようなブリティッシュロックは、高松が選曲したものだ。洋楽にはとんと疎い私でも、弾むようなメロディを聴いていると、元気と勇気が湧いてくる。


住永も緊張はしているものの、引き締まった表情をしていた。リハーサルでは少し手が震えていたが、本番までの間に内服薬を飲んだのだろう。今はすっかり落ち着いて、これから始まるライブに支障はなさそうだった。


「じゃあ、二人とも。今日も行こうか」


高松が声をかけて、私たちも大きく頷いた。楽屋から舞台袖に出ると、ブリティッシュロックは鳴りやみ、歌詞のないSEがフロアに流れる。今回から新調された、私たちのためのインストゥルメンタルだ。アルバムにも七曲目に収録されているから、すっかり聴き馴染んでいるのか、客もリズムに合わせて手を叩いたり、ペンライトを振っている。


ピンク、水色、レモンイエローの照明が入れ替わるようにステージを照らすのを、私は同じく新調された衣装の裾を握りながら、眺めていた。学校の制服風の衣装の裾を。


インストはしっかり一分半鳴って、会場を温める。おかげで、シングルには収録されていないアルバム曲の『アンビバレント・パニック』のイントロがかかった瞬間から、歓声が起きてくれた。


全部の照明がついてるんじゃないかと思うほど、眩しいステージに、私は車椅子を動かす。最初に出てきた私に向けられた歓声は、今まで味わったことがないほど大きかった。


続いて登場した高松や住永にも、同等の歓声が送られている。手放しの歓迎は、前回のライブから今日までにあった諸々を、すべて流し去るほどの威力を持っていた。


所定の位置について、手を叩く。高松が開口一番、「皆さーん! こんばんはー!」と客を煽る。呼応するように、フロアのボルテージも上がっていく。


アイドルを続けてきてよかったと、歌い出してもいないのに私は思った。館内に充満する熱に、私は当てられていた。


ライブは一日目も、そして二日目も、今までにないほどの盛り上がりを見せて終わった。目まぐるしく揺らされるペンライトに、何度も手を上げてくれる客たち。


特に『私たちのコンツェルト』のときは、私たちの歌を聴きに来ているのか、自分が歌いに来ているのか、分からないほどの合唱が巻き起こった。今はそんなに歌いたいならカラオケにでも行けよと思うが、そのときはそんなことは感じず、ただただ嬉しかった。


客の反応のよさに乗せられて、私たちも今までで一番のパフォーマンスができた気がする。それは一日目も、セットリストがまるっきり同じだった二日目も、変わらなかった。配信で見てくれた人も、二日間で合計千人を超えたという。


その分ファンサービスまで終わった今は、何もする気が起きないほど疲れ果てているわけだが、私はこの疲労も心地いいなと思えるようになっていた。気を抜いたら、すぐに眠りに落ちてしまいそうなことも含めて。


「皆さん、二日間お疲れ様でした。今までにない長丁場のライブ、大変だったと思います」


そう語りかけた井口にも、私たちの返事は小さく、揃わない。分かってるなら早く着替えさせて家に帰してくれと、思ったけど言わなかった。


井口はまだ話を続ける気満々だった。


「前回のライブから積んできた練習の成果が、存分に出ていたと思います。正直、私も袖で見ていて、少し心が躍ってしまいました。誰が見てもこの二日間のライブは、今までのアンリミテッドの最高を更新した、素晴らしいライブだったと思います」


手放しで称賛されて、私は理屈抜きに嬉しくなった。私だけじゃなく、高松や住永も今までにないほどの手ごたえがあったに違いない。次にライブをする機会がまだ決まっていないのが、口惜しいくらいだ。


疲労や学校さえなければ、明日も明後日もステージで歌って踊りたい。そう思ってる私は、少しバカみたいだった。


「さて、皆さん。二日間のライブが終わった直後なのですが、私から一つお知らせがあります」


井口の声はどこか弾んでいて、悪い知らせではないことが窺えた。


それでも、私は警戒してしまう。思い当たる節が、一つだけあった。


「皆さんは、NIPPON IDOL FESTIVALという音楽フェスをご存知ですか?」


その単語を井口が口にした瞬間、私たちの間に小さなざわめきが起こった。そんなの、この国でアイドル活動をしている全員が知っている。


私は、井口の次の言葉を予測した。井口の口元が緩む。


「なんと今回、そのNIPPON IDOL FESTIVALに、アンリミテッドの出演が決定しました!」


予想通りの井口の言葉。でも、それは私の想像を軽々と超えた。高松や住永からも、信じられないといった感情が伝わってくる。


NIPPON IDOL FESTIVAL。通称NIFは年に一度、ゴールデンウィークに行われる日本最大のアイドルの祭典だ。毎年数万人もの観客を動員し、多くのアイドルがNIFの出演を目標にしている。


私は行ったことはないけど、録画や配信を何度も見ていたから、当然出てみたい気持ちはあった。だけれどこんなにも早く実現するなんて。


無意識のうちに口が開いてしまう。気づけば、疲労も軽くなっている。


「皆さんも想像がついていると思いますが、今年のNIFもゴールデンウィークでの開催です。まだ何日目の何時からどのステージでという詳細は決まっていませんが、間違いなく今までのアンリミテッドの中でも、一番大きなステージになるでしょう。大勢のお客さんが訪れますし、人気・知名度を拡大するまたとないチャンスです。私が言うまでもありませんが、五月の本番に向けて、より張りきって活動していきましょう!」


「はい!」


合図もしていないのに、私たちの返事は揃う。高松や住永の疲労も、いくらか軽減されているのだろう。


井口が言うまでもなく、私たちの活動一年目を締めくくる、願ってもない大舞台だ。私たちを知らない人もたくさん来るだろう。もしかしたらまだ車椅子だから、障害を持っているからと、穿った見方をしてくる人もいるかもしれない。


そういった声を全て黙らせるだけのパフォーマンスをしようと、私は決めた。NIFのステージで歓声を浴びている私たちを想像すると、自然と口元が緩んだ。





今年最初の山場であるアルバム発売とリリース記念ライブを終えて、私たちの活動はひとまず落ち着いていた。レッスンは相変わらずほとんど毎日入っていたけれど、勝負のNIFはまだ二ヶ月ほど先だからか、私たちは少し余裕をもってレッスンに取り組めるようになっていた。


番組収録やSNSの更新、定期的な配信など仕事が途切れなかったのはありがたいし、スケジュールも緩和されたからか、住永の体調もライブ直前と比べると、大分回復してきたように思える。


NIFという分かりやすい目標ができて、目指す方向が一つに固まったおかげで、私たちの間に流れるムードも結成してから一番よく、三人でいる間、私は不満の少ない時間を過ごせていた。


三月の最初の日曜日は、三度目の病院内学級訪問があった。


去年から決まっていたこの日を、私は二日間のライブが終わった瞬間から、心待ちにしていた。単純に人前で歌って踊れることもあったし、ライブハウスより聴いてくれる子供たちの距離が近い分、自分の歌がより届いている実感があった。


車を降りて、病院の外庭に建てられた教室へと向かう。少しずつ暖かくなってきた風に、私の心も逸り始めていた。


デビューしたときと同じ、子供たちにとってもおなじみの衣装を着て、私たちは教室に入る。手を叩いたり、振ったりして温かく迎えてくれる子供と先生たち。


だけれど、彼ら彼女らを一目見た瞬間から、私は違和感を抱いてしまう。


青木の姿が、どこにも見えないのだ。


青木を気にかけていた先生の表情も、どことなく硬い。大きな不安がすぐに頭によぎる。でも私はそれを、少し体調を崩してベッドで休んでいるんだろうと考えて、打ち消した。たぶんそれは、青木にとっては日常茶飯事だ。


私はとりあえず今はパフォーマンスに集中しようと、流れてきたイントロに頭上で拍手をして、子供たちを煽った。子供たちも初めて生で聴くはずの『アンビバレント・パニック』に、思い思いのリアクションで乗ってくれている。


私は歌って、車椅子に座りながら踊った。笑顔とはっきりとした動きを心がける。


でも、視線はここにはいない青木に向いてしまっていた。ミニライブが終わったら、何があったのか真っ先に先生に聞こうと歌っている間中、考えていた。


ミニライブが終わってファンサービスの時間になると、私は子供たちの触れ合いもそこそこに、一直線に先生のもとへと向かった。


「溝渕さん、お久しぶりです」と声をかけてくれた先生は、表情自体は笑っていたけれど、笑顔がどこか引きつっていて、私の悪い予感は大きくなる。


「今日も素敵なライブでしたね。新曲もいい曲ばかりで。子供たちも喜んでいました」


先生の感想に私は「ありがとうございます」と答えたが、心はまったく落ち着いてはいなかった。逸る思いが、遠慮のかけらもない言葉を吐き出させる。


「あの、結乃ちゃんはどうしたんでしょうか? 今日は姿が見えませんでしたけど……」


先生の表情がほんの少しだけ曇る。私のなかで最悪のケースが首をもたげる。


「溝渕さん、正直に言いますね」と先生が前置きをしたので、私は息を吞む。ちっぽけな覚悟さえした。


「青木さんは昨日から病状が悪化しまして、今はICUに入っています」


先生が伝えた事実は、私が想定した最悪のケースの一歩手前だった。安堵なんてできるはずもなく、すぐに心配が口をついて出る。


「そんな……。先生、結乃ちゃんは大丈夫なんでしょうか……?」


「申し訳ないのですが、それは私にも分かりません。今医師が必死に手を尽くしています。私たちにできるのは、その医師と青木さんの生命力を信じることだけです」


私は言葉が出なかった。青木は今、生死の境をさまよっている。そんな大変な状況で、何を呑気に私は歌って踊っていたのだろう。何も知らなかった数分前までの自分を、殴りたくなってくる。ショックでもはや、子供たちと交流する気力も起きない。


「結乃ちゃんは、どれくらいでICUから出てこれますか……?」


「それは私の方が知りたいですよ。一時間後かもしれないし、夜かもしれないし、もしかしたら明日かもしれない。とにかく私も今は一刻でも早く、青木さんの顔を見て安心したい。その思いでいっぱいです」


切実な口調に、私は先生の心情を察する。私と違って、毎日青木と顔を合わせているのだ。抱いている心配も、私とは比べ物にならないだろう。


それでも私は、今すぐ青木のもとに行きたくてたまらなかった。自分の目で青木の無事を確認したくて、しょうがなかった。


「先生、結乃ちゃんがICUから出たら、私もお見舞いに行っていいですか?」


「はい。状態が落ち着いてからになりますが、ぜひお願いします。青木さんも喜ぶと思います」


私は頷く。私にできることはほとんどないけれど、それでも会って「大丈夫だよ」と伝えたかった。


会話が終わったタイミングを見計らったのか、一人の子供が私に話しかけてくる。頭はそれどころではなかったけれど、私は笑顔で応じた。


どんな状況だろうと、今は自分の仕事を全うしなければならなかった。



(続く)

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