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【第18話】そんなことないよ



「アンリミテッドの高松さんと溝渕さん、入られまーす」


そう言ったスタッフに続いて、私たちはスタジオ入りした。引き締まった空気はまさにプロの仕事場という感じで、私は背筋が伸びてしまう。


だけれど、スタジオの様相は、私が高松の収録を見学したときとずいぶん変わっていた。間取りは変わらないのに、心なしか広くなった気がする。


それはたぶん、スタジオセットが一回り小ぶりになっていたからだろう。サイズだけでなく、大小さまざまに装飾がなされていた表面が、今はすっかりシンプルになってしまっている。この番組は今年に入ってリニューアルしたらしいけれど、これでは規模縮小だ。


それにセットが組まれていない地の部分も広々としている。スタッフが少なくなっているのだ。以前は十何人いたスタッフが、今はその半分にまで人数を減らしている。


人口密度が下がって、車椅子で動きやすくはなっているが、こんなに少ない人数で本当に収録ができるのかと、私は疑問に思う。ピンマイクをつけてくれたスタッフも、以前とは別の人だった。何か大きな配置転換があったのだろうか。よくない想像を、私は頭を小さく振って打ち消した。


でも、いざ収録が始まると、私はまた不安に駆られてしまう。自分の出来ももちろん心配だったけれど、同じくらいKanade TVのことも心配だった。出演者の数が、八人から五人に減っていたのだ。


辛うじてMCは同じ芸人が務めているが、全員が並ぶのに横一列で事足りてしまう。これで全員ですと言われたときに、思わず耳を疑ってしまったぐらい、私は戸惑っていた。人数が少ないということは、それだけ一人にかかる負担が大きくなる。


言われた通り笑顔を心がけたけれど、心の中では笑えていなかった。可愛らしい子供のハプニング動画もどこ吹く風。私には背中に汗をかくほど、様々な心配が渦巻いていた。





収録が終わったとき、私はすっかり疲れ果てていた。一瞬たりとも気が抜けず、心は張りつめていた。コメントを振られる回数も多く、その度に適切なコメントができたのか、自分でも分からない。場をしらけさせてしまったときには、消え入りたくさえなった。でも、なんとか最後にアルバムの宣伝はできたので、悪くない結果だったのだろう(というか、そう思いたい)。


MCの芸人が「お疲れさま」と声をかけてきて、私は思うように答えられなかった。それでも極端に悪くは思われていなさそうで、心の片隅でほっと一息ついている自分がいた。


楽屋に戻ると、住永と井口が座って待っていた。私たちが収録をしている間に薬を飲んだのか、住永はもうそれほど苦しそうな表情はしていない。しかし、完全な笑顔というわけでもない。収録に穴を開けてしまったことに、罪悪感を感じているのが、縮こまった背筋から見て取れた。


「高松さん、溝渕さん。まずは収録お疲れ様でした。ディレクターの方からは、『悪くなかった』と聞いていますよ」


「ありがとうございます」と言ったものの、私は、井口の言葉を額面通り受け取れなかった。「悪くなかった」とはつまり、ディレクターの考える「よかった」の基準に達していないということだ。もしかしたら、緊張してうまく喋れなかった私に、ストレスを溜めていたのかもしれない。そう思うと、肩身が狭くなった。


「反省もあるとは思いますが、それは次の機会に生かせるよう、がんばってください」


「はい!」とすぐに返事をした高松から、私はワンテンポ遅れて返事をした。次の機会が訪れるかどうか、確証が持てなかった。


それに私は井口を見ながらも、目はチラチラと住永へと向いてしまう。住永は相変わらず縮こまって、バツが悪そうにしていた。表情から自分を責めているのが察せられる。住永はもちろん、誰も悪くないのに。


「それと、今日は住永さんからお二人にお話があるそうです」


「住永さん、大丈夫ですか?」と問いかけた井口に、住永は小さく頷いていた。一つ息を吸って、決意を固めている。


私たちが見守る中、住永は顔を上げていた。据わった目に、私は病気を理由にアンリミテッドを脱退するのではないかと、言われてもないのに恐怖を抱いた。


「高松さん、溝渕さん。今日二人に話したいのは、私の病気のことです」


悪い予感が当たりそうで、私の心は震えた。でも、住永ががんばって顔を上げているから、目を背けるわけにはいかなかった。


「お二人も、私が病気に罹っていることは知っていると思います。ですが、今まで迷惑になると思って、病名までは言っていませんでした。でも、今の私の状態からして、もう黙っているわけにはいきません。なので、正直に言います」


私たちは息を吞んだ。楽屋は静かだったが、不思議と息を呑む音がした気がした。


「私は一〇歳の頃から、若年性パーキンソン病という病気に罹っています」


「若年性パーキンソン病……?」。聞き慣れない単語に、私は思わず聞き返す。車椅子に座っているからには、難病の類なのだろうが、私は難病にとんと理解がなかった。


でも、高松はショックを受けた顔をしている。住永の病名に心当たりがあるようだ。


「パーキンソン病って、お年寄りの人がよく発症するあの病気……?」


「はい。高松さんの言う通り、私が罹患しているパーキンソン病は、ご高齢の方に多いとされています。手足が震えたり、筋肉が硬くなったり、動作がゆっくりとぎこちなくなったり。そんなパーキンソン病の症状が、四〇歳以下の人に現れると、若年性パーキンソン病という診断がつくんです。私の場合はかなり初期から歩行障害があって、発症から三年で、自分の足では歩きにくくなってしまいました」


住永は淡々と語っていた。もう説明し慣れているかのように。


しかし、それでも私はにわかに信じられない。難病というと永遠に治らない、余命いくばくかの命というイメージがあった。目の前の住永が、そんな状態になっているなんて思いたくもなかった。


「で、でも薬も飲んでるし、その若年性パーキンソン病はいつか治るんだよね……?」


「いえ。残念ですけど、今の医学ではこの病気に完治はないとされています。ゆっくりですが、確実に症状は進行していく。薬を飲むのも病気を治すためではなく、症状を軽減するためなんです」


「そんな……。じゃあ、いつか死ぬの……?」


「今すぐにではないと思いますが、いずれは。若年性パーキンソン病の患者さんでも、薬を飲みながら何十年も生きている人もいますし、私もそうなりたいとは思ってるんですけど……」


住永はその先を言わなかった。言葉に詰まっていた。


私は計り知れない不安に駆られる。住永が脱退して、高松と二人だけで活動しているところが、想像できなかった。


「ね、ねぇ。アンリミテッドはやめないよね……?」


「はい、やめません。身体が動く限り続けたいと思います。でも……」


「でも?」


「最近、薬が効かなくなる時間が少しずつ増えてきているんです。ウェアリング・オフ現象っていうんですけど、今日みたいに何もできなくなって、お二人に迷惑をかけてしまうと思うと、正直怖いです」


よほど勇気のいる告白だったのだろう。そこまで言って、住永はまた顔を下げてしまった。高松にも言ったけれど、私は住永じゃないから、住永が抱えている苦悩を全部理解することはできない。


でも、「迷惑をかけている」という住永の思いこみは、絶対に否定したかった。


「そんなことないよ! 迷惑かけてるどころか、私たちにいい影響を与えまくりだよ! もともと得意だった歌だけじゃなく、ダンスもがんばってめきめきと上達してきてるの、本当に私たちの励みになってるんだから!」


「そうだよ。むしろこっちが謝りたいくらいだよ。ごめんね。今まで病気のこと訊こうとしなくて。気を遣ってるふりして、事実を知るのが怖かっただけなんだと思う。私たちに病気を治すことはできないけれど、それでも症状が出たときには、精一杯フォローするから。何の引け目も感じず、これからもアンリミテッドの一員でいてよ」


それは住永に気を遣ったのではなく、私たちの本心から出た言葉だった。住永がいないとアンリミテッドは成り立たないことが、私たちにはとっくに身に沁みていた。


暖かい言葉をかけられて、住永の目は潤んでいる。


「お二人ともありがとうございます……。改めてこれからもよろしくお願いします……」


「うん、よろしく。それでさ、一つ提案があるんだけどさ」


「何でしょうか……?」


「住永の病気のことを、ファンの人にも公表するっていうのはどう? その方が理解も得られて、活動もしやすくなるんじゃない?」


「いえ……。お気持ちはありがたいのですが、私は病気のことを公表したくないです……。ファンの方に余計な心配をかけるわけにはいきませんから……」


声は小さかったが、住永の言葉には確たる意思が見られた。私もどちらかと言うと高松の提案に賛成だったが、それでも楽屋には住永の意思を尊重する空気が流れている。


病気を抱えている住永にしか、分からないこともあるだろう。足が動かない以外は健康体の私たちが、とやかく言うのは違うと思った。


「分かった。住永がそう言うなら、これからも公表はしないでおこう」


高松が井口に視線を向ける。井口は一つ咳払いをすると、住永の目線までしゃがみこんで言った。


「そうですね。引き続き、病気のことは伏せて活動しましょう。ただし、ファンやお客さんは住永さんの病気を知らない以上、これまでと変わらない、いやさらに成長したパフォーマンスを求めるはずです。今の状態で、住永さんはそれに応えられますか?」


「それは薬を飲む回数を調節したり、飲む薬の種類を増やしたり、お医者さんと相談して対応します。でも、私今まで以上にがんばりますから。いえ、がんばらせてください」


住永の言葉に根拠はなかった。医師と相談するとは言っても、根性論で乗り切ろうとしている。


私は住永を休ませてあげたい。だけれど、それを口には出せなかった。外から見たら順調にいっている今、一人でも休んだら勢いが止まると思ってしまった。


井口も逡巡している。でも、住永の目を見ると、観念したように口を開いた。


「分かりました。しばらくは今のペースで活動を続けていきましょう。でも、症状が辛かったら、すぐ私たちに言ってください。私たちも住永さんの様子は慎重に見ていって、アイドル活動が難しいなと思ったら、すぐにストップをかけますから。それでいいですね?」


何よりも住永の身体が大事だと、井口は目と言葉で語っていた。住永も頷いて、提示された条件を飲みこむ。何としてもアイドルをやめたくないと、双眸が訴えていた。


私たちはただ、住永の症状が進行しないよう祈ることしかできない。


だけれど、私はこれからは住永の体調や様子に、もっと敏感になろうと決めた。それが家族の次に、多くの時間を共に過ごす私たちの責務だと思った。



(続く)

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