【第13話】怖いんだよね
「では、皆さん! 以上アンリミテッドからでしたー! またお互い、元気な姿でお会いしましょうー!」
全員で笑顔で手を振って、配信は終了した。時刻は一九時半過ぎ。今日はもう予定は入っていない。
パソコンの前に座っていた井口が、「皆さん、お疲れ様でした。寒くなってきてますし、風邪などひかないよう気をつけて帰ってください」と声をかける。一七時からのレッスンから続いた予定が終わって、私はようやく一息ついた。手を上げて背を伸ばす。住永もほっとした表情を見せている。
でも、横目に入った高松の顔はどこか固かった。気を抜いてはいけないというような。最近、こんな風に少し険しい表情をしている高松を見ることが増えてきた。自分で言うのもおかしいけれど、ここまではわりと順調に来ているのに、何か不安があるのだろうか。
「高松、どうかした? 顔固いよ?」
出会ったときには必要だった高松に話しかける決心は、気がつけばなくなっていた。活動を続けているなかで、リーダーとして、センターとしてアンリミテッドを引っ張ってくれている高松の存在の大きさを、身に染みて感じていた。
高松はどうか知らないけれど、私は高松のことをちゃんと尊重しようと、いつしか思えるようになっていた。
「えっ、そんなことないよ。別に普段通りだと思うけど」
高松は少しとぼけた声を出す。私に対する敵意は、薄くなっているようだ。
自然に話せるようになって、それ自体は喜ばしかったけれど、でも一歩引いた態度に、どこか壁を作られたようにも感じてしまう。
「そうかな。最近ちょっと思い悩むような表情してることが多いけど、なんかあったの?」
「ううん。何でもない。もし私がそういう顔してるように見えたとしたら、ただ単に疲れてるだけだと思うから。帰ったら、なるべく早く寝るようにするよ」
高松はそう言ってはにかんだけれど、私には少し無理をしているように見えてしまう。
もちろん、私には高松の苦悩は完全には分からない。真ん中から見る景色も、自分を見てくれる多くの人の存在も、私はまだ経験していない。昔から芸能界にいた高松にしか見えていないものも、きっとある。
それでも、私たちは同じ船に乗っている。高松の背負っているものを、少しでもいいから私にも背負わせてほしい。たとえどんなに重く痛いものでも。
「本当? 自分ばかりに人気が集中して、プレッシャーを感じてるってことはないよね?」
「溝渕さ、それ自分で言ってて悲しくならない? 溝渕にだってファンの人はいるでしょ。期待されてる以上、プレッシャーはどうしてもついて回るものだから。そんな心配しなくていいよ」
「でも……」
「溝渕」高松の目は、真剣だった。笑顔でごまかそうとしていない。
私も思わず息を吞む。それくらい高松の表情には、迫力があった。
「もう今日は帰って寝よ。疲れたでしょ。ゆっくり休んで、また明日からがんばろう」
私の返事を許さないような声色で、高松は言い切った。詮索してくんなと言われているようで、私は何も言えなかった。
私たちと井口にも挨拶をしてから、高松は部屋を後にする。配信のセットの撤去はとっくに終わっていて、私たちだけが残った部屋は、どこかうら寂しい。
高松が残していった油断できない空気を感じて、私はかすかに縮こまっていた。
次の日のレッスンでも、高松の様子は変わっていなかった。レッスンは問題なくこなしていたものの、時折深刻そうな表情を見せる。愁いすら帯びたその顔を、私は気にせずにはいられない。悩んでいるなら、相談してほしかった。
「高松、やっぱ何かあったでしょ。今日も時々、顔暗かったよ」
レッスンが終わったタイミングで、私は高松に声をかけていた。今日は住永も寄ってきていて、私たちの話に耳を傾けている。
私たちの心配するような目を受けて、高松は小さく笑う。でもぎこちない笑顔は、何の意味も成していなかった。
「何? 深刻そうな目して? そんな不安がらなくても、私は大丈夫だよ。二人が思ってるほど、悩んだり迷ったりしてないから」
また距離を置かれた。私たちの前でも、アイドルを演じきるつもりなのか。「あんたたちに言っても無駄」と言われているようで、私は腹が立つよりも切なくなる。結成してからもう半年以上経つのに、まだ私たちのことを信頼していないのだろうか。
私が意気消沈しかけた、そのときだった。
「高松さん、ごまかすのはもうやめてください。私たちの前でぐらい、素直になってほしいです。本音で話してほしいです。私たちは一つのグループなんですから」
意を決したように、住永が口を開いた。予想だにしなかった展開だったのか、高松は一瞬目を丸くしていた。
私も驚きを隠せない。あの高松に遠慮していた住永が、だ。
「いや、これは私が勝手に感じてる問題だから、私が解決しなきゃだから……」
「そうやって一人で背負いこむのは、もうやめにしましょうよ。私たちに言いづらいことなんですか? 私たちのパフォーマンスが不満なんですか? 確かに、私たちは高松さんに比べればまだまだですし、もっと努力しないとなとは思ってますけど……」
「いや、そういうわけじゃない。住永たちは悪くないよ。ていうか誰も悪くないし、悪いとすれば、こんな風に考えちゃってる私だから」
「じゃあ、どんな風に考えてるんですか? 他の人には言えなくても、私たちにだけは教えてくれたっていいじゃないですか」
言葉を濁す高松に、住永は食い下がった。それだけ住永も高松を心配しているのだろう。
今、貸しスタジオには仲川も蜂谷も井口もいない。私たち三人だけの閉ざされた空間だ。高松は目を動かして、そのことを今一度確認する。そして、念には念を入れるような小さな声で話し始めた。
「ねぇ、今から言うことは、他の誰にも言わないって約束できる?」
私は頷いたし、住永も「もちろんです」と答えた。私たちの態度を信用したのか、高松はゆっくりと口を開く。
「実はさ、怖いんだよね」
「怖いってステージに立つことが?」
「それもあるし、ファンサしてるときも、配信してるときも、何ならファンの人たちには見えてない、レコーディングやMV撮影のときも。ずっと、漠然としてるけど無視できない怖さを感じてるんだ」
「それは、プレッシャーを感じてるってことですか?」
「それもあるかもね。でもさ、何をしてても誰かに見られてる感覚が抜けないんだ。誰かが何か言ってくる。そのことに必要以上に怯えちゃってるんだよね。ほら、私たちってこういう身体じゃない? だから、普通のアイドル以上に色々言われるだろうってことは分かってたんだけど、それでもここまで大変だとは正直思ってなかったな」
ようやく打ち明けられた高松の胸の内を、私は自分のこととして受け取った。私だって見られることの恐ろしさを感じている。
でも、私たちとは段違いの注目度を持つ高松は、感じる恐怖も私が想像できないほど大きなものに違いない。思えば、以前の配信で言われた「感動ポルノ」という批判も、高松には堪えていたのだ。
その苦悩に薄々気づいていながら、今日まで何もしなかった自分が、少し腹立たしく思えてくる。
「あっ、でも別にアンリミテッドとかアイドルをやめたいってわけじゃないよ。ステージで歌って踊るのは楽しいし、これからも続けていきたいって思ってるから」
そうフォローするように言われても、私は言葉通りに安心できなかった。このままだと高松がどこか遠くへ行ってしまう。そんな感覚さえした。
井口が「そろそろ閉めますよ」と、貸しスタジオの中に戻ってくる。どうやら私たちの会話は聞こえていなかったらしい。高松が今の話はなかったかのような声で、一番に返事をする。私たちもそれに続いて、荷物を持って外に出る。
高松の唇がわずかに震えていたのは、強まってきた寒さのせいだけではなさそうだった。
「はい、カット」
監督の声に、漂っていた緊張感が一気に解ける。歩いたり、話すふりをしていたエキストラが元の位置に戻っていく。高松がこちらにやってくるのを、私たちは簡易テントの下で眺めていた。
合流したところで、たった今撮影したばかりの映像のチェックが始まる。エキストラが行き交う中で歌を口ずさむふりをしながら、前に進んでいる高松。時折見せる儚げな表情は、子役として昔取った杵柄のようなものを私に思わせた。
「うん、OK。次行こう」
監督がそう呟くと、助監督が「このシーンOKです!」と、場にいる全員に聞こえる声で拡散した。シーンが一つ終わった手ごたえもそこそこに、現場は次のシーンの準備で慌ただしい。
ゆったりと流れる川の側の歩道で、私たちは今日、来年発売されるアルバムのリード曲『恋はユーフォリア』のミュージックビデオを撮っていた。前回は閉校になった学校で、私たち三人だけを撮っていたのだが、今回は街中ということで、十数人のエキストラが入っている。
みんな防寒はしているとはいえ、一二月だから少し寒そうだ。ウインドブレーカーを着せてもらって、ストーブに当たっている私たちはちょっと負い目を感じてしまう。
次は私の出番だ。長袖の衣装の裾を、ぎゅっと握りしめる。その一方で、高松は車椅子を操作して、二人組で参加しているエキストラのもとへと向かっていた。驚かれていて知り合いではなさそうだったが、それでも高松はエキストラに気さくに話しかけていた。
何を話しているのかは、慌ただしい準備の音にかき消されて聞こえない。きっと楽しんで帰ってもらおうとしているのだろう。オフのときでも、アイドルを演じている高松は健気だ。私はそこまでの余裕はない。
もっとも今日はミュージックビデオの撮影用のカメラの他に、もう一台手持ちカメラが入っているから、それを意識したうえでの行動かもしれないけれど。(三〇分くらいのドキュメンタリー動画を作って公開するのだ)
「エキストラの方、今から段取りを行うので、もう一度集合をお願いしまーす!」
助監督が元気な声で言って、三人は引き離された。話し相手をなくした高松が、私たちのもとへと戻ってくる。「うぅ寒っ」と言いながら、ストーブに当たっていた。
「ねぇ、さっきエキストラの人と何話してたの?」
「別に何てことない話だよ。どこから来たんですかとか、普段は何してるんですかとか。そういう雑談」
「へぇ、やっぱドキュメンタリーのこと気にしてんだ」
「言い方悪いなぁ。やることなかったからだよ。昔もよくエキストラの人に話しかけてたし。向こうもただ待ってるだけじゃ退屈でしょ」
何の気なしに言う高松に、「へぇー」としか私は言えない。世の俳優や芸能人は、みんなそうしてるんだろうか。どこまでが打算でどこまでが天然なのか、高松の表情からは分からない。
私たちが話している間にも、助監督をはじめとしたスタッフが、エキストラに次々と動きをつけていく。さっきとは少しエキストラの芝居も変えるらしい。
しばらくして、「溝渕さん、段取り組みたいんでお願いしまーす!」と助監督に呼ばれる。私はウインドブレーカを着たまま、撮影場所に向かった。エキストラと一緒に指示通り動いてみる。
自分だけをカメラが追いかけてきていて、少し奇妙な感じがした。
(続く)




