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勇者乙の天路歴程  作者: 武者走走九郎or大橋むつお
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004『高御産巣日神』

勇者乙の天路歴程


004『高御産巣日神 』 






 わらわは……身は……我は……余は……ううん、久々ゆえ、己が身の謂いようにも困るのう……


 口をきいたかと思うと、古代衣装は一人称を決めかねてブツブツ言うのみ。


「しばし待ちや、これよりは令和の言の葉に変換いたすゆえ……」


 ブゥーン


 マブチモーターが回るような音がしたかと思うと、古代衣装の瞳がスロットマシーンのように回り出し、五秒ほどで一回り大きな瞳になって停まる。同時に表情もNHKの女子アナのように柔らかくなる。


「おまたせいたしました。わたしは、この地に長らく住んでおります、タカムスビノカミと申します」


「タカムスビノカミ……」


 記憶にはあるのだが……かなり古い神さまということしか浮かんでこない。


「中村さんは社会の先生なので、お分かりになると思うのですがぁ……」


「え、わたしのことご存知なんですか!?」


「令和の言葉と同時にいろいろダウンロードやインストールしましたからね。四十余年にわたる教職、ほんとうにごくろうさまでした」


「あ、いえいえ、長くやっていただけのことで……あ、思い出しました。タカムスビノカミと申しますと、イザナギイザナミのもっと前……アメノミナカヌシノカミの次でしたか?」


「はい、まあ、アメノミナカヌシノカミとタカムスビノカミとカミムスビノカミは、三つでワンセット。三位一体的な、みたいな、ぽい?」


「それはそれは……」


「…………」


「…………」


「フフ、そうですよね。いきなり神さまが現れたらビックリして、返す言葉にも困りますよねぇ……おとなり、よろしいかしら?」


「あ、どうぞ」


 尻を浮かすと、気楽に横に腰掛けるタカムスビノカミ。ちょっとN生命のオバチャン的。しかし、N生命にこんな若くてきれいな人はいなかった。めちゃくちゃいい匂いもするし(^_^;)。


「ホホ、若くはありませんわ。葬送のフ〇ーレンの十倍は年寄です」


「あ、恐縮です(#^_^#)」


 というか心読まれてる?


「いえ、表情に」


「あはは」


 いや、読んでるって!


「この公園は、昔は神社だったんですのよ」


「え、ああ……」


 言われて見渡してみると、正面の一段高くなったところあたりは拝殿と本殿が有っておかしくない石段、入り口の二本の石柱は鳥居の壊れのようにも見える。


「でしょでしょ、この楠なんて、いかにも神社のそれって雰囲気ですものねぇ」


「あ、ひょっとして御神木ですか!?」


 知らぬこととはいえ、御神木に尻を向けているのは落ち着かない。


「いえいえ、市の公園課がせめてもの敬意をと、終戦後に植えてくれたものです。前世紀の終りまでは教育委員会が立ててくれた由緒書きとかあったんですけどねぇ、今は遊具もない小公園なので、気も力も回らないんでしょうねえ……」


 ちょっとだけ自分の退職と重なって微笑んでしまう。タカムスビノカミも柔らかく微笑んで、いい感じなんだけど、収まりが悪い。


「あのう、それで、わたしになにか御用だったんでしょうか?」


「あ、そうそう。七十路に踏み込まれ、行く末を案じられていたご様子でしたので、一つの提案をと思いまして」


 七十からのライフプラン、ますます生命保険。


「恥を申すようなのですが、イザナギイザナミ以前の神は多くの取りこぼしや間違いがあります」


「え、そうなんですか?」


 そうなんですかには意味がある。


 古事記でも日本書紀でも国生みや神生みはイザナギイザナミから始まっていて、それ以前の神々は、名前があるだけで実質が無い。

 おそらくは、イザナギイザナミが優れていることを強調するために前座の神々を設定したんだ。落語でも紅白歌合戦でも、いきなり真打が出てきたら値打ちが無いからな。


「ところが違うんです」


 あ、また読まれてる……けどこだわっていては話が進まない。


「神話にも歴史にも残らないところで、ずいぶん力を尽くしました。しかし、イザナギイザナミ以前のことでもあり、様々な試行錯誤や失敗があって、なんとか、あの男女神に引き継げたというところなんです。ね、そうでしょ、イザナギイザナギもけっこう失敗をやっていますでしょ?」


「ああ……」


 たしかに最初に生んだ島々はできそこないで、海に流したりしている。最後には火の神を生んでイザナミが焼け死んで、イザナギは黄泉の国まで迎えに行ったけど大変な目に遭っている。


「でしょでしょ、神話には残っていないけど、古い神々も仲裁に入ったり説得を試みたんだけども上手くいかなくってぇ、ま、いいかって感じの見切り発車というのが実際だったんですよ。間もなく日本は皇紀2700年を迎えますでしょ」


「あ、ああ……」


 皇紀2600年は昭和15年だった、だから、その年に出来た新鋭戦闘機に下一桁の零をとって零戦と名付けたんだ。


「それまでに、全部は無理でもいくらかは取り戻したいと思うのです」


「でも、わたしは、もう70歳で……講師の延長も認められませんでした。とても神さまのお手伝いというか、荒事や難しい仕事はできないと思います」


「それは大丈夫! 引き受けていただけたら、中村さんには勇者の力と時間を差し上げます」


「勇者の?」


「大和言葉では猛き賢きたけきかしこきつわものとかになるんでしょうけど、長いしダサイでしょ。だから『勇者』、分かりやすいでしょ?」


「え、ああ、でも……」


「時間は……正直どれほどかかるか分からないけど、リアルでは一秒も掛かりません。いわば異世界に行くわけですから、戻ってくれば、この時間この場所です。もう準備もできていますのよ、ほら……」


 神が両手でラブ注入のような形をつくると、ホワっと光るものが手の中に生まれた。


「これをね……エイ!」


「あ、ちょ!」


 光の玉を胸に押し込まれる。ビックリしたのだが、胸に当てられた女神の手と胸の中がとても爽やかで気持ちがいい。


「ごめんなさいね、久々にやったものだから勢いが付いちゃってぇ、テヘペロ(๑´ڤ`๑) 」


「神さまがテヘペロとかしないでくださいよ!」


「いやあ、これはまだ半分でね、パテとか接着剤であるでしょ、二つの材料を混ぜなきゃ力を発揮しないのが」


「エポキシ樹脂ですか、わたしは?」


「そんな感じ」


「断っていいですか?」


「うん、それは自由だけどね……これ見て」


 もう一度女神が手をハートにすると、蠟燭が現れた。


「これは?」


「命の蝋燭」


「え!?」


 落語や童話の中にあった、これが消えると命が尽きる。


「……でも、これずいぶん長くて元気なようですが」


「これは息子さんの。比較のために出したの。中村さんのは……エイ!」


 女神が手を振ると、蝋燭はほとんど燃え尽きて、残った芯だけが心細く燃えて、パチパチいっている。


「ええ、消えかけじゃないですか!?」


「うん、あと二三日というところでしょうねえ」


「そ、そんなあ」


「これもね、憶えているかしら。黄泉比良坂でイザナギが千曳の大岩で蓋をするでしょ。そして『これからは、そちらの国の人間を日に1000人殺してやる』って、イザナミが呪うでしょ? それが、この二三日で順番が回って来るという意味なのよ。そういう歪をね……直して……ほしいんだけど、ちょっと張り切り過ぎたみたい……」


「あ、ちょ……」


 ガク


 うな垂れたかと思うと、女神は、背中に着いたゴム紐に引っ張られるようにして元のベンチに引き戻され、あっという間に老婆に戻り、キャリーのアングルに顎を載せて眠ってしまった。




☆彡 主な登場人物 


中村一郎       71歳の老教師

高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま

原田光子        中村の教え子で、定年前の校長

末吉大輔        二代目学食のオヤジ



 

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