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なろう小噺

【なろう小噺】ブラック職場でもチート魔剣鍛冶はへっちゃらでスローライフを目指します!

作者: はまさん

宮廷鍛冶士のスミスは上司のブラック氏にこき使われていた。だがある時からスミスのすさまじい能力が判明し、国中が驚くことになる。

「お前はクビだ!」


 悪趣味な装飾のゴテゴテ並ぶ、宮廷鍛冶の執務室で、長官のブラック氏は言い放った。

「お待ちください、ただでさえ人手が足りないのに、それでは仕事が間に合わなくなります」


 最古参だったベテラン鍛冶士の反論に、だがブラック氏は鼻で笑う。

「そうやってノロマを言い訳にするから貴様はクビなのだ。人手ならアイツがいるだろう」

 何度か言い争って、聞く耳を持たないと悟ったベテラン鍛冶士はとうとう諦め、執務室を退室していった。


 やった、やったぞ! 遂にアイツもクビにしてやったぞ。

 ブラック氏はご機嫌であった。


 このクビでようやく最後。余計なのが全ていなくなった。いや、最後ではないな。宮廷鍛冶には、ひとりだけ残されている。

 だがクビにしてから、本当に自分の計画は大丈夫なのか。ブラック氏は少しだけ不安になってきた。

 そこで仕方なく、鍛冶場の様子を見ることにする。


 久しぶりに訪れた鍛冶場は、人手不足で片付けも掃除もできていない。埃っぽい上に、炉の熱で息苦しい。ブラック氏の美意識には相応しくない場所であった。

「おいスミス! ちゃんと仕事はやっとるのか!」


 すると煤で汚れた男が、槌を止める。

「はいブラックさん」

 ブラック氏はつくづく良い拾い物をしたと、緩んだ頬をたるませる。

 小汚いガキが鍛冶屋になりたいと門戸を叩いたのは一年前。何でもしますと言うものだから、こき使うことにした。

 それがスミスだ。


 だがスミスはシゴキに耐え、驚異的な速さで技術を覚えた。

 この道何十年のベテランたちと同等の腕前になるまで、たった数ヶ月とかからなかった。


 そしてスミスは犬のように忠実だった。

 ある日のこと、ブラック氏は思いつく。スミスさえいれば、他はいらないんじゃないか。

 かくしてブラック氏は宮廷鍛冶の職人をひとりひとり、クビにしていった。クビにすれば予算が浮く。浮いた予算は懐を暖めた。


「仕事は間に合うのか」

「な、なんとか」

「そういえばアイツもクビにしたからな」

 さきほどクビにした男の顔を思い出す。名前は覚えていない。


「え、じゃあ、自分だけ?」

「アイツも役立たずだったということだ。つまり現在、宮廷鍛冶は貴様ひとりということになる」

「でも、仕事の納期が……」


 ブラック氏はここぞと怒鳴ってやる。

「そんなもの、お前が寝ずに働けば良いことだろう。甘ったれるな。食事の暇も惜しんで働け。違うか!?」

「はい、わかりました、ブラックさん、やります」

 スミスはただ頷くと、また淡々と槌を振りだした。

 やはり犬は叱って躾けるに限る。


 ブラック氏はこんな居心地の悪い場所にいてたまるかと、早々に帰宅してしまった。

 暑い場所にいたのだから、今夜は美味い酒が飲めそうだ、とだけ考えて。


 それから毎日夜を徹しての作業により、無事納期は守られた。スミスひとりで現場は回ってしまったのだ。

 この日以降、スミスが食事を取っているところも、眠ったところを見た人間はいない。


     ※


 そうしてスミスが仕事をしている間、ブラック氏は飲み歩き豪遊の毎日を過ごしていた。何日に一回は執務室を訪れるだけで、鍛冶場を見ようともしない。

 しばらく経過した頃のこと。一応は出勤したブラック氏のもとへ、珍しくもスミスの方から訪れてきた。

「何の用だ。ワシは忙しいのだぞ」

 今夜は愛人との逢瀬がある予定だった。

「じ、実は」


 スミスが差し出したのは真っ黒になったハンマーだった。柄は途中で折れ、頭は粉々に砕けている。スミスの重労働にハンマーの方が耐えられなくなったのだ。


「ハンマーだけじゃないです。炉も、金床も、ボロボロで。もう道具が」

 ブラック氏はチッと舌打ちする。職場のインフラ整備に関する予算なら、もうとっくに使い込んでいた。

 第一、劇場で待ち合わせする時間がもうじきだ。


「そのくらい自分で考えてどうにかできんのか。工夫だ、工夫!」

「はい、分かりました。ブラックさん」


 それだけ言い渡すと、ブラック氏はいそいそと待たせていた馬車に乗り込んでしまった。その夜は存分に楽しむブラック氏。

 だが翌日、さすがに仕事ができないとなると自分の責任になってしまう。それで不安になったブラック氏は滅多に足を踏み入れることのない、鍛冶場の様子を見てみることにした。


 すると煤だらけの鍛冶場の中で、スミスはハンマーを振るっていた。炉には煌々と炎が燃えている。一体どこから道具を持ち出した?

 だが最もおかしいのは、ハンマーも炉も燐光を放っている。いや違う。スミスは燐光でできたハンマーを振るっているのだ。


 ブラック氏も成績優秀とは言えないが、貴族の高等教育を受けている。だから分かる。この燐光は魔力が放つ輝きだ。スミスは魔力を固め、物質化して炉やハンマーを形成しているのだ。


 何の冗談だ。

 魔法を使えるのは貴族の特権であるはずなのに。あの小汚いガキ、スミスが魔法を使えるなど。いや、そもそも魔力の物質化など、大魔道師と呼ばれる達人でも難しいと聞く。


 後ずさった音で、スミスはブラックに気づいたらしい。槌を止めて振り向く。

「仕事なら間に合わせてますよ、ブラックさん」

「やればできただろう!」

「はい」


 魔力の物質化などという超絶技巧を使いながらも、スミスは忠実な犬のままだった。ゆえに余計気持ち悪い。

 ただでさえ出勤をサボりがちだったブラック氏は、この日以降さらに遊びほうけるようになった。


     ※


 久しぶりに通勤したブラック氏は、執務机の上に問い合わせの書類が山積しているのを見てしまう。

 毎日遊びほうけていた結果、すっかり忘れていた。人件費を浮かそうとしたため、書類を片付ける人間もいなくなっていたのだ。


 しかし薄ら埃の積もった書類を読み返してみると、不思議なことが書いてある。

「材料も燃料も尽きているはずなのに、品だけが届いているのは、どういうことなのか?」とのこと。


 材料も燃料も発注しなかったのは自分だということを棚に置き、ブラック氏は憤慨した。

 そんな話は初耳だぞ! 当たり前だ。サボっていたのだから。

 品を納めているなら、細かいことなど構わないだろうに。事務方も小うるさい。

 どうせスミス、あの気味悪いガキがまた何かやらかしたに決まっている。


 ブラック氏はかつての気味悪い思いも忘れ、仕方なく様子を見ることにした。

 まず確かに倉庫には鉄鉱石も炭もない。自分が発注しなかったからだ。しかし不思議なことに、完成品は積み上がっている。

 何事だ?


 恐る恐る鍛冶場を訪れてみると、炉の熱も、炭臭さもない。ただ鈴が鳴るように金属の音だけがしていた。

 まるで聖域のように清浄な空気の中、スミスは祈りを捧げている。すると中空から剣が生じて、次々に足下へ落ちていった。


 もしかして、とブラック氏は思い出す。それは貴族教育の中の話ではない。おとぎ話の領域。

 今度は、大気中の魔力を集めて物質化、スミスは無から有を創造しているに違いなかった。

 それは人類に可能な業ではない。神霊や精霊、伝説にある異世界から召喚されたという勇者の域の話だ。


 ブラック氏は自分が何を見ているのか信じられず、恐ろしくなってきた。が、ひとつ悪巧みを思いついてしまう。

 これは考えようではないか。

 燃料も材料も必要とせず、仕事ができてしまうのなら、それだけ予算が浮くのではないか。


 ラッキーとばかりにブラック氏は以後、資材の横流しを始める。

 横流しはブラック氏の懐をさらに暖めてくれた。


      ※


 資材の横流しを始めたブラック氏だったが、さすがにこれは速攻でバレた。

 ついでに人件費を削っての横領もバレたし。スミスの驚異的な能力もバレた。


 スミスの処遇に関しては王宮魔道師の熱烈な引き抜きがあったが、結局は王国軍の所属となる。

 しかし王国軍所属となった途端にスミスは働かなくなった。炉の前に立たせ、槌を持たせても、何もしない。


 多くの王国重鎮がスミスに命令するが、頑として言うことを聞かない。そこで、ある大臣が問うてみた。

「なぜ剣を打たない」

「そういうのは……ブラックさんにお任せしてますから……」


 という何度かのやりとりの結果、どうもスミスはブラック氏の命令しか聞かないらしいと判明。

 ブラック氏はスミスとワンセットで王国軍所属ということになった。


 地下牢の鉄格子が開かれ、ブラック氏にその旨が伝えられる。

「二度目はないぞ」

「それはそれはもちろん!」

 かくしてブラック氏のクビは免れた。


     ※


 帝国は存亡の危機にあった。


 突然始まった王国の侵略に対し、帝国軍は撤退に次ぐ撤退。

 気づけば、すぐ後ろに帝都。眼前には王国軍が迫っている。

 こうなるまで一月とかからなかった。


 帝都ではまだ逃げ遅れている臣民が大勢いる。それから敬愛する皇帝陛下に、妻と幼い娘も。

「将軍、部隊の配置完了いたしました!」

「しーかし将軍の中で、最も若造の俺が生き残るたぁな」

「しっかりしてください。あなたが最後の五竜将軍なんですから」

「最後のひとりなのに、五竜将軍てのも笑える話だな。ははは」


 帝国最後の将軍も、そう自嘲するが既に傷だらけだ。だが負けるわけにはいかない。

「では任せたぞ」

 と副官の肩を叩く。

 開戦だ。


「打て!」

 初手からいきなり、帝国魔法師団の攻城魔法ファイアボールが放たれる。一撃で城壁をも砕く威力がある火の玉だ。それが魔力のありったけ、何発も。


 しかし王国軍の隊列は崩れもしない。

「水の魔剣隊、前へー」

 代わりに号令と共に前列に出てきた兵士たちが、青く輝く魔剣を一斉に突き出した。

 そこから放たれたのは、ファイアボールよりも巨大な水塊だ。勢いよく放たれた水はファイアボールを打ち落とした。戦場上空に派手な蒸気が巻き上がる。

 だが、まだファイアボールは残っている。


「次、風の魔剣隊!」

 先ほどの隊と交替に出てきた兵士たちは、また魔剣を掲げる。すると頭上に竜巻が舞い上がり壁となって、残ったファイアボールを粉々にかき消してしまった。


「火の魔剣隊、打て!」

 最後に出てきた部隊の魔剣から、今度はファイアボールが打ち返される。帝国軍の数十倍もの弾数。

 ファイアボールは隊列の真ん中に着弾し、大勢が爆風に焼かれた。圧倒的な火力差に、帝国軍は押し潰される。直前、副官は「ご武運を」と呟いて、ファイアボールに巻き込まれた。


 しかし、帝国軍本隊ですら、全ては囮だ。

「出撃!」

 若き将軍は精鋭を引き連れ、隠れていた森から飛び出した。あえて城壁から出て、王国軍本隊を引きつけていたのだ。

 王国軍の横っ腹へ突撃する。目指すは大将首。


 上手くいった。無数の魔剣という恐るべき兵器はあっても、王国軍兵士の練度はそこまで高くないようだ。もう王国は魔剣という切り札を使い果たしたのだろう。

 陣の半ばまで食い込む。そこで見た。


 牛馬に牽かせた台車に、巨大な剣が載っている。恐らくはあれも魔剣。

 やめろ、やめろ、やめろ!

 あそこにはまだ、妻も娘も、陛下もいるんだぞ!

 将軍は嫌な予感に襲われた。だがもう遅い。


「破竜の大魔剣、打て!」


 切っ先から放たれた閃光が視野を白く染める。将軍は間に合わなかった。

 その日、帝国首都は消滅。跡には大地に大きな穴しか残されなかった。


     ※


 軍部に引き抜かれてから、スミスはさらに多くの技術を吸収して成長した。特に王宮魔道師から魔法を学び、魔剣を作成するようになった。

 しばらくすると魔剣の威力は増しに増し、大量破壊兵器としか呼べないものと化す。


 圧倒的な武力を有した王国に敵はなくなった。まず敵対していた帝国を一月あまりで『消滅』させる。すると恐れた他の国は次々に、戦わずと降伏。抵抗を試みても敵わない。

 群雄割拠で乱れた大陸を五年とかからず統一してしまった。


 魔剣を作成するには本来、膨大な資源と魔力とが必要になる。だが無から有を生み出すスミスには、兵站すら意味を失った。

 スミスは最終兵器として認定され、軍部から次は王室の預かりとなった。


     ※


 王国が大陸を支配してから数年。人々の暮らしは豊かになった。


 各家庭に火と水の小魔剣が配布。火の小魔剣は、薪がなくとも竈に火をともす。水の小魔剣により、人々は水運びの手間から解放された。


 街道には帆の張られた荷車が、風の小魔剣から送られた風によって走る。

 農村では水の大魔剣により、水不足が解消。天候不順すら、風の大魔剣によって操作される。

 もちろん凶悪な魔物は、魔剣を持つ兵士が易々と討伐。一時は絶滅を危惧されるまでに少なくなった。


 ただしそれら魔剣の使用には、市民登録が必要となる。市民登録を行った者には市民剣という魔剣が証明書代わりに配布された。

 もしも犯罪を行えば、官吏の持つ魔剣・支配剣により魔剣使用の権利が剥奪される。

 そして現在の王国で魔剣が使えなくなるということは、生活ができなくなるということでもある。自然、治安は良くなった。


 支配された大陸の民は、この豊かな生活に、すぐ王国への不満を忘れた。

 そして王は偉大な賢王として称えられる。


     ※


 王国の賢王と称えられた男は、苦悩のただ中にあった。


 大陸中の民に配られた、何百万本という魔剣は、全てスミスが一人で作った。

 結果、他の魔剣鍛冶士は廃業した。魔道師も大勢が職を辞することになった。スミスの魔剣があれば、事足りるからだ。


 魔剣を作成するには本来、ミスリルといった希少鉱物が必要となる。だがスミスは無から魔剣を生成してしまう。

 結果、鉱山という鉱山は閉鎖の憂き目に遭った。

 鍛冶士も、魔道師も、いなくなった。鉱山も採掘しなくなった。現在の生活は便利すぎる。恐らくもう二度と、元の経済形態に戻すことは不可能だろう。


 それでも国民から不満の声はほとんど上がらない。国は豊かで、他に職の当てはある。食うには困らない。

 しかし、もしもスミスがいなくなればどうなるか。

 今は構わない。だが十年後、百年後はどうなるか。あの人外、スミスがいつまで存在するかも分からない。

 平和ゆえの不安。国王の苦悩を民は知らない。


     ※


 スミスがいなくなったら。それは王国上層部総員の悩みだった。そこで王命が下る。スミスと同等の能力を持った魔剣鍛冶士を育成すべし。スミスと並び立つ者がいれば、対抗手段となりうるはず。

 だがそんな無茶をどう果たせば良いか。やはりスミスに頼るしかなかった。


 ブラック氏は王城地下深く、スミスの工房へ向かうことになった。といっても炉すら既にない、だだっ広い部屋だ。明かりだけは充分に照らされている。だが無機質な石壁に覆われた部屋。

 ブラック氏は知っている。分厚い石壁の向こうは、さらに鉄板が仕込まれていることを。ここは工房なのではない。スミスがいつか暴れ出さぬよう、封印する牢獄なのだ。


 スミスは工房の真ん中で、魔剣を生成し続けていた。両手の間から小魔剣がざらざらと、小川のように流れ出している。

「おいスミス、新しい仕事だぞ」

「はい、ブラックさん!」

 無表情に作業をしていたスミスの顔が、新しい仕事の一言でぱっと輝く。


「こいつらに貴様と同程度のことが出来るように育ててみせろ。つまりは弟子を取れということだ」

 ブラック氏は、三人の若者を連れていた。皆、スミスにより職を失った魔道師であり、鍛冶士だ。王国を大国に導いた謎の魔剣、その制作者に弟子入りできるならと志願したのだ。


 スミスは少し悩んで

「初めてのことで慣れてませんから、三日頂いて構いませんか」

 可能なのか。それも、たった三日で。

 ブラック氏は内心驚きつつも

「ならば任せたぞ……君らも頑張るのだぞ」

 と若者たちを激励すると置いて、工房から出て行った。そしてスミスを封印するための、重い扉が閉じられる。


 閉めきられたと同時に、中から悲鳴が響いた。

「いやだ」

「たすけて」

「ころされる」

「やめて」

 扉を閉じてなお、王城全体にまで聞こえる。どんな拷問も生ぬるい。今から殺される死刑囚より、なお痛ましい。


 最初は言葉であった悲鳴は、じき獣の吠え声のような音となった。意味は分からない。ただ死ぬ以上の何かおぞましい目に遭っていることは本能で理解できる。

 悲鳴は三日三晩続いた。


 そして三日後の朝。スミスの工房から運び出されたのは、人の形をしていなかった。立方体をした肉の塊が三個。

「ブラックさん、出来ました。自分と同じ能力を持つ『物』です」

 スミスは晴れやかに報告した。


 確かに『肉塊』は命令に応じて、無から魔剣を生成した。きっとスミスと同じ能力を持つというのも本当なのだろう。

 だが十日が経過して、『肉塊』は腐り出し、液状に崩壊してしまった。


 後日、重罪人を利用して『スミスの弟子』を作ろうという計画も立てられたが、結局は中止。

 以降、『肉塊』が作られることはなかった。


     ※




 ブラック氏は、王の前にいた。輝かしいまでの大理石で建てられ、金糸錦に飾られている、玉座の間は寒々としていた。

 国王はすっかりやつれてしまっている。顔の皺に重い苦悩が刻まれていた。


「のうブラックよ……『シャチク』なる言葉を知っておるか」

「シャチク、ですか。いえ存じ上げませぬ」

「異世界の言葉らしい。何でも、主人の命令ならばいかなる艱難辛苦をも喜んで果たす異常者とかいう意味と」


 それだけ聞いてブラック氏は閃く。

「まさかスミスは勇者の末裔?」

「左様」

「すさまじき力を持ち、世界の秩序を乱すとして根絶やしにされた血が、まさか残っていたとは」

「手の者に調べさせた。スミスはその『シャチク』の子孫よ」


 自分の手にあったのは本当に怪物だったのか。ブラック氏は今まで、どんな危うい綱渡りをしていたかと遂に自覚し、恐怖で全身を震わせる。

「余は決意した。あれは人類の手に余る」

「しかしそれでは王国が!」


 スミスは便利すぎた。とっくに一部産業は衰退し、技術も途絶えている。復活させることも難しいだろう。

 民も贅沢な暮らしに慣れてしまった。今さら元の生活に戻れはしない。民の不満は凄まじいことになる。

 スミスがいなければ、王国は滅びてしまう。


「仕方ない……仕方ないのだ……」

 その一方、スミスの能力は日々、進化し続けていた。生産量は多く。一本一本の魔剣に込められた魔力は強く。

 『弟子』を作った時から、さらに成長は著しくなっているようだが。ブラック氏の命令では、今までと同じ魔剣しか作れない。

 スミスは作業を続けながら、傍目に不満そうにしていた。


 もうこれ以上、スミスを働かせてはいけない。これ以上成長させれば、どんな魔剣を作るかも分からない。

 そうなれば、王国どころの話ではなくなるのだ。

 この日、王は国を滅ぼすことを、そっと決断した。


     ※


 呼びつけられたスミスが玉座の間に入ると、国王と、すぐ傍らにブラック氏しかいなかった。他に護衛の兵士などいない。

 だが、そんなことどうでもいい。スミスは苛ついていた。


「よくぞ来たスミス。お前に話があるのだ」

「……なんでしょう」

「お前の働きにより王国はかつてない繁栄を迎えた。民も喜んでおる。これもスミス、お前の功績だ」

「はあ」


 スミスは興味なさそうに返事する。だがその無礼にもほどがある態度に、ブラック氏は思わず叱りつけた。

「おい、国王陛下に失礼だぞ!」

「よいよい。それだけの功績を成したのだ」


 スミスは相変わらず、ふてくされて、うつむいている。お構いなしに国王はできるだけ親しみやすそうに言葉を続けた。

「今までの褒美を与えようではないか。もう仕事はやめて、田舎暮らしでスローライフなぞどうだ」


 言ってから国王はしまったと後悔する。スミスが田舎にでも行こうものなら、その地がどうなるか分かったものではない。抑える者のいない土地で思う存分に腕を振るうスミスなど、想像したくもない。

 慌てて言い加える。

「嫁をもらうのはどうだ。美姫を紹介するぞ。上等な酒に、美食もどうだ。世の中、楽しいことはたくさんあるぞ」


 どうにかスミスに仕事をさせたくない一心で、国王はもはや必死であった。

 その一方、スミスはどんどん不機嫌になってゆく。

「もう構わないっすか。仕事があるので失礼させてもらっても」

「まあ待て、もう仕事をしなくても楽しく生きて構わないのだぞ!」


 その言葉で逆鱗に触れた。

 ブラック氏も今まで見たことがない。スミスが初めて見せる怒りの感情。

「ふざけるな!」

 怒鳴ると同時に、無数の魔剣を生成、スミスの背後から魔剣が山のように噴き出した。


「もっと、もっとだ! 仕事をよこせ! 魔剣を作らせろ! もっと凄いヤツだ! もっと人を殺せるような!」

 わめきながらも、スミスの全身から魔剣が生成される。もはや魔剣は津波となり、玉座の間から溢れ返ろうとしていた。


 大量の魔剣は錦をズタズタに引き裂き、大理石の柱を砕く。

 ブラック氏と国王のいる場所だけ魔剣の河が避けているのは、スミスに残された自制心のなせるわざか。


「仕事がないなら、こんな国……こんな国……どうなったって……そうだ、一番すごい魔剣で……フヒヒヒヒ」

 スミスの凶相にもはや国王は動けなかった。もう、このままスミスに王国が滅ぼされるというのか。絶望しようとした矢先、ブラック氏の恫喝が響いた。


「スミス、貴様に仕事だ! 古今東西において最高最強、世界無双の魔剣を作れ。それも今日明日で作れるようなものでは駄目だぞ。今より百年かけて、じっくり作るのだ」

 途端に魔剣の流出は止まる。


 その言葉を聞くとスミスは、いやらしい笑顔になり

「はい、ブラックさん」

 とだけ返事して、自分の工房へ帰っていってしまった。無数の魔剣で荒らされた、玉座の間を後にして。


     ※


「ところで、なぜスミスは私めの命令だけ聞いていたのでしょう?」

「知らぬよ」

「そんなあ」

「せいぜいが昔の上官に似ていたとか、その血を引いていたとか、程度の理由であろうよ」


 国王は城のバルコニーで茶をひと啜り、喉を湿らす。

 玉座の間は大量の魔剣でボロボロになっている。当分は使い物にならないだろう。改築が必要かもしれない。

「大義であった」


 思わぬ言葉にブラック氏は深々と頭を下げる。

「それにしても百年か。もっと多めに見積もれなかったのか」

「咄嗟ゆえ」

「仕方なしか」


 この会話の間にも微振動が不定期に城を揺らしていた。スミスはもう「百年かけた魔剣」を作り出しているらしい。

 「らしい」というのは、誰もスミスの工房の中を見ていないからだ。工房の扉は鉛で塞がれ、石が積まれ、もう誰にも開くことはできないだろう。

 中にいるスミス当人以外は。


 もしかして百年かかる前に寿命で死んでくれたらと願う。だが今まで睡眠も食事も必要とせず働き続けた人外だ。無理だろう。

 王もブラック氏も想像する。

 驚異的な早さで成長するスミスだ。百年もの時間をかけて、試行錯誤を続けたなら、どうなるか。


 現在時点で既に、都を丸ごと焼くような大量破壊魔剣を生成できるのだ。その威力たるや、きっと計り知れないことになる。

 国、大陸、もしかして大地を、世界をも打ち砕く魔剣を、必ずやスミスなら作ってしまう。

 つまりは世界滅亡まで、あと百年だということだ。


「ブラック、貴様の命令を聞いていたのが血ゆえだとして。せいぜい百年後まで血を絶やさぬことだ。最後の希望かもしれんのだからな」

 ブラック氏は苦渋の表情で平服するしかない。


 ブラック氏は平凡な貴族だ。そして貴族の本能とは、家督を残すこと。

 ゆえに横領までして、小金を稼いだ。スミスを利用した。その果てが世界滅亡なのか。基本的に小心者のブラック氏は苦悶する。

「孫の、ひ孫の代まで世界を残せないとは……私は貴族として……情けない」

「おいおい、その前にまず国が滅ぶのだ。やることは山積だぞ」


 スミスが百年魔剣に集中している以上、もうこれ以上魔剣が増えることはない。つまりは市民剣を増やせない、人口が今が限界だということになる。

 インフラとしての魔剣も、兵器としての魔剣も増えることがない。

 スミスの作った魔剣がどのくらいの寿命を持っているかは分からない。だが壊れて、減る一方になるのは確実だ。


 しかし魔剣鍛冶士は既にいない。鉱山も閉じてしまった。技術は途絶えた。

 ゆるやかに、王国は滅びるだろう。

 そんなことも世界の滅亡に比べれば、些事に過ぎない。


「たった百年……」

 王は残りの茶を一気に飲み干した。

「たった百年の、遅らされた命脈スローライフか」

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[一言] 習作と思いきや、なんのその。 星新一、と言ってしまうとはまさんさんは恐縮されてしまうかもしれませんが、良い意味で少しずつ読者の「読み」をずらしながら、なんとも言えない、しかし読んで何かが残る…
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