表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/34

 モースは汚らしい家の前で不満げに腕を組んでいた。

 

 なぜ私がこんなことをしなければならないのだろうか。


 モースはある仕事を任されてここに来ていた。

 内容はいたって単純。モースが選考外として叩き出した例の二人。彼らをもう一度呼び戻し、そのうえで学園に入学させること。

 それを聞いた時、そんなことは前代未聞だとモースは反対した。しかしこれは命令だ、とあの人は言った。命令だ、と言われれば、残念ながら一教師であるモースには従う以外の選択肢はない。

 冷酷に追い出した手前、一体どんな顔をして二人に会えばいいのかわからない。先ほどの事がなかったようにふるまうか、それとも素直に謝罪をするか。いやいや謝罪なんて絶対お断りだ。おべっかを使うなんてもってのほか。彼女はなかなかプライドの高い人間だった。しかも、あの二人、とくにあの少女のほうは絶対にそう簡単に話を聞いてくれるとは思えない。これからのことを考えてモースはまた胃が痛くなるような気がした。

 はぁ...と、人知れず溜息をつく。

「こんなこと、なんで私がしなくちゃいけないのよ...!」

 モースは一人で不満の声をあげた。もちろんだれが聞いてくれるわけでもない。

「だいたい、いきなり窓ガラスを割って試験会場に入ってくるような人間よ?どうしてそンなやつらを学校に連れて行かないといけないのよ。それに試験も免除してすぐに入学させるだなんて、まったく!あの人も部屋に閉じこもりすぎてどうかしちゃったんじゃないかしら-。」と、一人で不満を垂れ流していると、


「あれー?」


 と不自然にのんきな声が聞こえた。

「もしかして先ほどの先生ですかぁ?」と、声が続く。

 振り向くと、そこにはまさしくお目当ての二人がいた。例の少女-リリア・ヘルド-と、少年。リリアは、気味の悪い笑顔を顔に貼り付けていた。そしてゆっくりとモースのほうへ近づいてきた。

「さっきぶりですねぇ、せ・ん・せ・い。どうしたんですかぁ?」とリリアがモースに尋ねる。彼女は下から見上げるようにしてモースを見ていた。

「あ、あぁ...。その節はどうも。」

 少女がじーっっと視線を送ってくる。さっきの独り言...聞かれていない...わよね?モースは心配になった。しかし、そんなことをおくびにも出さずに言う。

「あー、実は、君たちにお伝えすることがありまして。」

「ほうほう」

「...さきほど試験会場で私はあなたたちに試験資格なしと伝えました。しかし、それは、えー。」

 一度言葉を切る。

「こほん、それは、無効になりました。...そして君たちには特別にダリス・フーリア校への入学が許可されました。


「...以上です。」

 すかさず少女が畳みかける。

「ほーう。それだけですかぁ?」

「...まだ、何か?」

「いやー、試験会場でワタクシ結構いろいろお願いしたと思うんですよねぇ。先生に。...でもその時はさんざん冷たくあしらっていただいたじゃあないですか?」

「...まぁ、そんなこともあったかしらねぇ。」

 モースはちらっと少年を見る。少年は、申し訳なさそうに目線を斜め下にそらした。

「あのとき、私結構傷ついたんですよねぇ。それなのに急に、はいどうぞ、といわれてもあんまり納得できないというか。」

「え、まさか...断るつもりですか...?」

「いえいえー、そこまでは言わないですけどねぇ。ちょっと気が進まないというか?でも、せめて謝罪の一つでもあればなぁ、お詫びの品の一つでもあればなぁ...とか?」

「あなたねぇ...」と。


モースが少し反撃に出ようとしたとき。


「はっはっはっ。面白いお嬢さんだ。」と、突然、どこからか男の声が聞こえてきた。


「だが正確には君に決定権はないんだ。」


数瞬、誰も言葉を発しなかった。

最初に口火を切ったのは、リリアであった。

「...いったいどういうことですか?というか、顔も見せずに一方的に話しかけてくるなんてどうかと思いますけど。」


「おっと、これは失礼。...モース君。」

 声はどうやらモースのポケットの中からしてくるようだった。モースは顔を真っ青にしていた。

「校...長...?」

「すまないが、ポケットから出してもらえるかな?」

 モースは恐る恐るポケットに手を入れて、何かを取り出した。それは、小さな球体であった。大きさとしてはビー玉を一回りほど大きくしたものだろうか。声はどうやらそこからしてくるようだった。

 と、突然ビー玉から光が差し、少女とモースの間に人影が現れた。それはいわゆる立体映像のようなもので、そこには白髪の初老の男性が映し出されていた。穏やかな様子ではあるが、目は鋭い。威厳を感じさせる風体である。

「これでよろしいかな?リリア君」

 男は口元にだけ笑みを浮かべてリリアの方を見た。リリアは少しあっけにとられていたようだったが、すぐに調子を取り戻し、これはどうも、と返した。そして

「でも、私に決める権利がないというのはどういうことでしょうか?ずいぶんと上からのお言葉のようですけど?」と、相変わらず畳みかける。

「いや、これはすまない。お嬢さんに不快な思いをさせてしまったのなら謝罪するよ。」と男はあっさりと頭を下げ謝罪の意を示した。この反応は少女にとって予想外のものであり、彼女はつい言葉を見失ってしまった。

 そこに男は言葉を続ける。

「しかしこれは事実でね。私が尋ねたいのは実をいうとお嬢さんではなく、君のほうなのだよ。」と男はそういって、少年の方を見た。


「...え?」

 少年は急に話を振られて間の抜けた声を出した。

 男はしばらくじっと少年のほうを見て、それから言葉を続けた。

「我々は君のほうに興味があるのだ。君が我々の学園に入学し、協力してくれるというのであれば、ついでにお嬢さんも学園の入学を許可しよう。」

「ついで?!」と、少女は声を荒げた。しかし男は少女の方は見向きもせず少年を見据えている。

「えーっと...」

 少年は急なことであまり頭が追いつかなかったが、なんとか言葉を探した。

「協力、というと...?」

「なに、そう難しいことでもない。いくつか簡単な実験に参加してもらえればいいだけさ。」

 校長、と呼ばれた男は相も変わらず張り付いたような笑みを顔に浮かべている。これ以上の質問は答えないという無言の圧力のようにも少年は感じた。

「どうだろうか?そう悪い話でもないと思うが。」

「そ、そうですねぇ...。」少年はちらっと少女の方を見た。少女は急に蚊帳の外に置かれたのが気に食わなかったのか不満げである。

 少年は街を出たときの少女との会話を思い出す。少女は明日を生きるつてもない状態らしい。つまりそれは自分も含めてそうである。明日の食料もない。働くつてもない。そんな状況で、こんな打診が来るとは。これはまさしく、幸運というべきだろう。断る理由はなにもない。すぐにでもよろしくお願いします、というのが正しいだろう。少年は息を整えて、こう言った。


「...すこし、考えさせてもらえないでしょうか。」

 

 男の顔から笑みが少しだけ消えた。モースはきょとんとしている。少女は、じっと少年を見ている。

「...なにか心配事があるのかね?あぁ、もし費用のことを気にしているのならそれには及ばないよ。この学校において、生徒の生活はすべて国費でまかなわれる。」

 なんだそれ、すごいな。少年は素直に驚いてしまった。それはお兄さんも勧めるわけだ。

「ありがとうございます。

「...ただ、その、何分急だったもので、すぐには心が追いつかないというかなんというか...。」

 

 少年は少し言葉を濁した。いや、大いに濁した。あからさまですらある。

 男はじっと少年を見つめる。少年は少し目をそらす。


 やがて、男は、ふむ、と納得とも溜息ともつかない声を出した。

「確かに急なことは間違いない。こちらも結論は急いでいないから、ゆっくりと考えてくれたまえ。よい返事を期待しているよ。」

 男の顔はまた最初の笑顔に戻っていた。

「ではモース君、戻ろうか。」

「え、あの、よろしいので?」

「無理強いするわけにはいかないさ。生徒の自主性は尊重しないと。」

 はぁ、とモースは間の抜けた声をだした。

「それと、モース君。後で話がある。」

 そういって男は、正確に言えば男の映像は、姿を消した。


 その場にはリリア、少年、そしてモースが残された。

 モースは顔を青くしたまま顔をうなだれている。魂が口から抜け出しそうだ。

「さっきの...聞かれて...」と、つぶやいたところで、モースはハッとしてしばらく黙った。かと思うと突然、

「なんでもないですなんでもないですよーはは」と、明るい口調でしゃべりだし、

「では、ゆっくり考えてくださいねー!」と、愛想笑いで顔をひきつらせながら少年と少女の手を握りぶんぶんと振る。そして、ではまた!と言い残し、そのまま飛んでいってしまった。その顔にはそこはかとなく涙の後が見えた、ような気がした。

 ...少年は心なしかモースに同情を覚えた。働くって大変だ。


「それで?」

 後ろから氷のような声が聞こえた。少年はゆっくりと振り向く。

「納得のいく説明はあるんでしょうね?」

 少女が仁王立ちで立っていた。


 少年は生まれて初めて、人の視線は人を殺せるのかもしれない、と思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ