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「ま、気になさらんな。そういうこともあるわよ。」

「はぁ...。」と少年は溜息をついた。

 急にダウナーな気分である。

「なんだかやる気でなくなった。」

「ちょっとちょっと。急にどうしたのよ。ほら頑張ってくれるんでしょう、私のために。」

「...。」

「今のはちょっと余計だったわね。ごめん。」

 彼女にしては素直に謝った。珍しいこともあるものだ。

「ほら、ここにきてよかったこともあったでしょ?」

「よかったこと...。」

 そんなことあっただろうか...?

 悪いことばかりだったような...?


 少し、気まずい沈黙が流れた。


 しかし、よく思い出してみれば、少年にとって、ここに来ていいことは確かにあった。命を得られたこと。誰かと一緒に食卓を囲んだこと。空を飛べたこと。どれも今まではできなかったことだ。

 でも、少年はそれを正直に口に出さず黙っていた。理由は、少年にはなぜだかよくわからなかった。

「まぁ、あったかも、な。」と少年は間をあけて答えた。すると、

「でしょ!」と少女は急に得意げになった。


「と、いうわけで。

「私歩き疲れたから、また飛んでもらっていい?」

 少女は悪びれもせずそう言った。


 なにが『と、いうわけで』なのか全く分からない。確かにしばらく歩き通しだった。学園からずいぶんと歩いたような気がするがまだまだ道のりは遠く、少女の家の影も見えない。少年も、先ほどの事があったから少しためらっていたがそろそろ試してみてもいいかもしれないとは思っていた。

 しかし、相変わらず、なんというか...。

 少年は溜息をついた。

「飛ぶって簡単にいうけど。結局止まり方とかだってよくわからないし、そもそも、あんまり、その、エネルギー?使いすぎたりしたらまずいんじゃないのか?」

「エネルギー?なにそれ?」

「あー...」どうやらこの世界にはそんな言葉はないらしい。

「なんというか、魔力量といったら伝わるか?なんか飛んでいる最中に、その、動力の元?が無くなって落ちたりしないのかと思って。」

「うーん。あなたが何を心配しているのかがよくわからないけれど。とりあえず、途中で落ちたりすることはないから大丈夫よ。」

「...そうなのか?」ものすごい不安だ。

「ちょっと、なんで疑ってるのよ。あのね、アルス、というか魔法は空気中にある魔力を利用して動いているの。だから空気がある限りは大丈夫なのよ。」

「はぁ。」なんだか分かるような分からないような話だと少年は思った。

「それってあの本に書いてあったのか。」

「ええ、そうよ。」

「そうか...。」

 気になることはあるが、これ以上文句をいうとまた「兄さんの本に~」と言われそうだ。これぐらいにしておこう。

 と、ここで、少年は一つ当たり前のことに気づいた。

「って、俺はそもそもアルスじゃないんだが。なんで俺は飛べるんだ?アルスじゃなくても飛べるのか?俺が飛べるんだったらお前だって飛べるんじゃ―」


「あー、もうめんどくさいわね!」リリアはおおざっぱに一喝した。


「そんなに一気に聞かれたってわからないわよ!!とにかく、私はもう疲れたの!さっさと家に戻って水浴びでもして横になりたいの!わかった!?わかったらさっさと飛びましょう。」少女は堂々と無茶を主張した。

「まったくもって理不尽だ...」

 リリアは聞こえないふりをした。

 きっとこいつは他の人間に対してもこういう調子なのだろう。少年はまだ顔も知らない兄さんになんとなくシンパシーを感じた。

 まぁ...このまま歩くのは退屈していたしな、と少年は自分を納得させた。


「じゃあ、いくか。」

 少年がそう言うと、よろしく、といって。

 

 少女は手を差し出た。


 少年は一瞬何の事かわからず戸惑った。

「飛ぶんでしょ?」と少女はもう一度手を差し出す。

 少年は少し躊躇したが、そのまま少女の手、の少し先の手首あたり、をつかんだ。


「こんどはちゃんと着地しなさいよ。」

「努力する。」


 そうやって二人はゆっくりと飛び上がり始めた。


 少年は改めてこの遥か見知らぬ地を上空から眺めた。

 右を見ると遠くに大きな山がある。一体どれほどの高さがあるのだろうか?その頂上は雪で覆われている。

 左を向けば見渡す限りの海が見える。少年にはそれが本当のところ、海なのか湖なのかはわからなかった。どちらも見たことがなかったから。しかし、きっとこれが海なのだろう。少年はそう思った。

 季節は元の世界で言えば秋といったところだろうか。少し暑さは感じられるが、風は肌に心地よく、木々は少しだけ赤みを帯びていた。


「いいところだなぁ。」

「なに、何か言った?」

「なんでもない。」

 少年の顔は少し笑っていた。

「変な奴。」

「え、なんか言ったか?」

「なんでもないわよ!」


 すこし沈黙が流れる。聞こえるのは風の音と鳥の鳴き声だけだ。野生動物は意外と元居た世界と似たようなものなのかもしれない。少年はそう思った。


「さっき、アルスじゃないのに魔法が使えるのはなんでかって聞いたわよね。」

「いったっけ?」

「なんで忘れてるのよ!」

「すいません、聞きました。」

「...まぁいいわ。多分だけど。あなたはこの場所と相性がいいからだと思うわ。」

「相性?」

「そう。この国はね、他と比べて雷の魔力が大気に多くあふれている、らしいわ。そのおかげでこの国ではアルスのような人形を操る魔法が他の場所よりも簡単に効率よく使えるんですって。だからこの国はアルスの作成と操作魔法の技術に力を入れているそうよ。

「というわけで、多分だけど、アルスと似たような体を持っているあなたも雷の魔力と相性がいい、だから簡単に魔法を使える、っていうことだと思う。」

 少女は少年の腕を見ながらそういった。


 少年は考えた。雷の魔力、というのは電気、ととらえていいのだろうか。そうすると、この国は電気が多く空気中に含まれていて、自分の体がそれを吸収している、ということなのだろうか?表現としてあっているのかわからないけれど。

「どう?納得できた?」

「うーん。まぁ。なんとなく。」と少年は答えた。

 ふと少年は下から少女の視線を感じた。なぜかじっと見られている気がする。

「どうかした?」

「お礼は?」

「え?」

「疑問に答えてあげたんだからお礼するのは当然でしょう?」

 やはりこいつはなかなかいい根性をしている。

「ありがとうございますマイマスター。これでいいか?」

「まったく感情がこもっていないように聞こえるのだけど」

「それは気のせいですよまいますたー。」

「...」

「あ、ほらそろそろ家が見えてきましたよまいますたー。」

「その呼び方辞めて。」


 少年の言葉通り、視界の奥に少女の家が見えてきた。

 

 そしてよく見ると、なにやら家の前に人影が見える。


「うん?だれか来てるみたいだぞ?知り合いか?もしかしてお兄さん?」

 少女は目を凝らす。

「いや、違うみたいね。誰かしら...。」

 この距離から分かるのか...少年はすこし戦慄した。


 様子を見ようということで、二人は迂回して家の少し手前にある森の付近で着地することにした。

 少年はゆっくりと速度を落としながら高度を落とし、先に少女を着地させてから、静かに二本足で地上に降りたった。今回は速度が抑えめだったこともあり、無事に着地できた。飛行にはだいぶ慣れてきた気がする。 これは楽しい。また機会があったら練習しよう。少年は少しにやにやした。

「なに笑ってるのよ。」少女は声をひそめてこちらを睨んでいる。

 にやにやしたまま少年は少女の横で身をかがめた。


 二人の視線の先には、一人の女性が立っていた。


「あれ、なんだかあの人見覚えがあるような-。」

「しっ。何か聞こえるわ。」

 二人は草陰から耳をすます。

「こんな...んで...が...」

 声が途切れ途切れに聞こえてくる。はっきりとはわからないが女性は不満げなようだ。


「この声...どこかで聞いたことがあるような。」


 よく目を凝らしてみるとそれは。


 試験場で見た女教師のようだった。

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