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ガラスが散った教室にチャイムが鳴り響いた。試験の開始を告げる合図だ。
「間に合った...!」と少女は言った。少年は体の痛みを抑えながら周りを見渡した。周囲にいる人々はあっけにとられたようにこちらを見ている。中にはあきらかに怒りをあらわにした目でこちらを見るものもいた。特に、壇上に立っている教師と思われる女性のこちらをにらみつける形相は恐ろしく、少年はとっさに目をそらした。しかしその女性はこちらにツカツカと足音を鳴らし少年たちのほうへ近づいてきた。
「あなた、お名前は?」
「私はリリア・ヘルド、天才魔法使いよ!」と少女は元気よく名乗った。
「このダリス・フーリア校の試験を受けに-。」
「そう。それは残念だわ。」女性教師-胸の名札はモースと読めた-はリリアに言った。
「悪いけれど、試験当日にこんな行いをするような人間を入学させるわけにはいかないわ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!確かに窓ガラスを割ったのは悪かったわ、でも時間には間に合ったし-。」
「でもじゃないわ。他の志望者たちは皆もっと早くに来ているわよ。それに、そもそもあなた、アルスを連れてきていないじゃない。それじゃあ試験になんて-」
「いいえ、こいつが私のアルスよ。」少女は少年を指さして言った。
一瞬教室が静まり、それから失笑が教室に響いた。目の前の教師は溜息をついた。
「あのね、どうみてもその子は人間でしょう。それじゃあテイマーの規定違反よ。エンチャンターの試験なら別の会場に行ってちょうだい。...まぁ、もう間に合わないでしょうけど。」
会場からはあざけるように、その違いも分かってないんじゃない?という声も聞こえた。
「...残念だけど時間も押しているの。今回は諦めて頂戴。あ、窓ガラスの掃除を忘れずにね。後で請求が行くと思うわ。」モースはそれだけいうと気を取り直したように会場に振り返った。
「少し時間を過ぎてしまいましたが、これから試験を開始-」
と、モースがしゃべり始めたその横で少女が杖を少年に向けて構えていた。杖の先に光が集中する。
「ちょっと、あなた何を-。」
「こいつがアルスだってことを証明すればいいんでしょう...。」少女は低い声でつぶやく。どうやら相当キテいるらしい。
「今からこいつにアルス起動用の電撃を打ち込むわ。」
「そんなことしたら無事じゃすまないわよ。」
「普通の人間ならね。でもこいつはアルスよ。だからなんともないわ。」
「そんなめちゃくちゃなこと、私の目の前で看過するわけにはいかないわ。」教師もすこし構えをとるようなそぶりを見せる。周りの志望者たちからは試験を急かす声、はやす声が聞こえ始める。
と、そこで少年が一歩教師に近づき、言葉を発した。
「どうかこれだけでも、見てもらえませんか。」
「...あなたね、どういう経緯があったのか知らないけれど。こんな無茶に付き合うことは-。」
「無茶かどうかは、見てもらえればわかります。だからどうか一度だけ、こいつにチャンスを与えてやってくれませんか。無理を言っているのは承知のうえです。」と、少年は教師の目をまっすぐに見て、どうか、よろしくお願いします、と願いを伝えた。教師は少しだけ考えたあと、溜息をついた。そして、わかったわ、と教師は言った。ありがとうございます、と少年は答えた。
少女の杖の先には光が十分にたまったようだ。少年は杖の前に立つ。どうやらこれに当たったら普通は無事では済まないらしい。しかし、少年は、幸いにも普通ではない。胸のあたりに手を寄せる。いままで自分の体のことをいいと感じた事はない。普通の体に戻りたいと何度も思った。でも今はすこしだけ違う。
杖の光が最高超に達し、少女がこちらを見る。そしてなぜか少しだけ目を伏せた。光の向こうでかすかに少女-リリアの口が動いたように見えた。その言葉を見て少年は驚いた。
きっと。光のせいで見間違えたのだろう。
光が放たれ、少年は光に包まれる。暖かい。少年はそう思った。