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 新任教師モース・グリットルは、教室の前に立って、しきりに眼鏡の位置を直していた。彼女の視線の先には多くの生徒たち-正確に言えば未来の生徒たちが座り、その時を今か今かと待っていた。開始まではもう間もなくである。しかし、教室にはまだ空席があるようだ。モースはそれに気づき、再度眼鏡の位置を直した。

 新暦201年の今日。この日、国立ダリス・フーリア校は入学試験当日を迎えた。この学校は国内でも指折りの名門校と名高く、それゆえ入学試験への応募数もかなりのものであった。本来であればモースは試験の監督をするような立場ではないのだが、人手が足りないということで急遽、監督官として招集されたのだった。せっかくの休日をつぶされた上に、面倒な仕事を押し付けられたものだ、と、モースは一人溜息をついた。

 広い教室には100人程の人間が座っている。そしてそのほとんどが隣に物言わぬ人形を置いていた。教室は劇場のように中心の壇上から放射状に広がっており、壇から離れるほど高くなる形状になっていた。部屋には物々しい雰囲気が漂っている。会場にいる受験生たちはじっと中心にいる人物、モースを見つめていた。

「はぁ...。はやく何事もなく終わりますように。」モースは心の中でつぶやいた。

 モースは横目で時計を見、そして空いている席を見た。もう今からでは間に合わないだろう。残念だが。

もう始めてしまおうか。とそんなことを思い彼女はふと窓の外を見る。そこには、この教室に向かってまっすぐ飛んでくる人の姿らしきものがあった。

「止まんなさいよーーーーーーー!!!」

「いやこれどうやったら止まるのか全然わか」

「ぶつかるぶつかるぶつかる!」

「「うわーーーーーーーーーーー!」

何事もなく終わってほしいというモースのささやかな願いは、教室の窓ガラスとともに粉々に砕け散った。


-少し前。

「あんた、飛べる?」

「え?」

「飛べる?」

「いや、たぶん無理、というかそんなことできるわけないだろ、そもそも飛ぶってどういう...っていたいいたい!」

話している間に少女はあわただしく身支度をして、それを終えるや否や少年の腕をつかんで家の外へ引っ張り出した。

「あんたが何者なのか、どこから来たのかそれはこの際どうでもいいわ。」少女は言い放った。

「今重要なのは、あんたは私が呼び出したってこと。それなら、きっと力が使えるはずだわ。」

少年は引っ張り続ける少女の手を振り払った。

「力って?それって一体何の-。」と少年が言いかけると、少女は無言で杖を少年に向けた。

「...なんで杖をこっちに?」

「いまからあなたに術を打ち込む。そうすればわかるはず。」

「ちょっと待っ」

 そういっている間に杖は光り始める。また見えない力が杖の先に集まっていくのがわかる。光が杖の先にたまっていく。

 まただ。また何の説明もなく、自分の意志にも関係なく物事が進んでいく。繰り返される無力感と絶望。ついに少年は言われようのない怒りを覚えた。もう、そんなのはごめんだ。少年は息を吸い込んだ。

「いい加減にしてくれ!!!」

 そう少年は叫んだ。杖の光が散る。少女が少年を見つめる。杖は構えたままだ。

「なんなんだよ、一体!さっきから勝手なことばっかり言って!こっちは次から次へとわからないことばかりで頭がパンクしそうなんだ!それだっていうのに、そっちの都合ばっか押し付けてきて!俺の意志なんか関係ないってか!ふざけんな!」

 いままでずっとそうだった。少年は言いながらいままでのことを思い出していた。自分はずっと置いてけぼりだった。両親も。おじさんも。世界も。何も自分に説明などしてくれないまま。みんな自分を置いていなくなってしまった。

「もう、うんざりだ!...うんざりなんだよ。」

 少年は自分がいまどんな顔をしているのかわからなかった。怒っているのか、泣いているのか。こんなに感情をあらわにしたのは久しぶりだ。それこそ...あの事故の時以来かもしれない。


 少女は杖をおろした。目はじっと少年を見つめたままだ。

 少女は言った。

「私はあなたの過去のことは何も知らない。そこまで興味もない。」

「...。」

「でもあなたが今、何をできるか、それは私にはわかる。なぜかを説明する時間はないれど。」

「...。」

「そして今わたしを助けられるのはあなたしかいない。だから。」


「お願い。あなたの力を貸して。」


 少女はまっすぐ少年を見つめる。

 またこの目だ。少年は思った。いままでこんな目で自分を見る人間は一人もいなかった。自分には何もできなかったから。自分は、何もできないと思っていたから。

 自分に可能性なんてない。自分に未来なんてない。そう思っていきてきた。


 でも、信じられるのなら。信じてくれる人がいるなら。自分は変われるのだろうか。


 少年は深く溜息をついた。全くどうかしている。

「わかった。」


 少女は目を閉じて杖を構える。また杖の先に光が集まり始める。少女の顔が光に照らされる。少年はその顔をきれいだと思った。


 光が少年に放たれた。衝撃が来るかと身構えていたがそうではなかった。暖かい。力が心臓を伝って体中にみなぎるのを感じる。周りの世界をよりはっきりと感じ取れるような、そんな感じだった。確かにいまなら。いまだったら。

 空も飛べるかもしれない。


「よし、いこう!」少女は少年の手をつかみ走り出す。その先を見る。そこは崖だった。

「って待って待って待っ」

 少女は少年の制止を聞かず走り続け、そして。

 崖から、空に跳んだ。

「うわーーーーーーー!?」

「飛んで!」と少女が少年に叫ぶ。

 少年は叫びながら必死でイメージした。飛ぶ?飛ぶってどうやるんだ?翼?翼を広げる、ってどうやって???無理無理無理無理なにかないかなにか-!

 と、頭に映像が浮かぶ。昔、まだ少年の体が生身だった頃の記憶。両親に連れられてヒーローショーに出かけた。ヒーローは空を飛んでいた。足の裏からジェットを出して-。

 これだ!少年は必死に足の裏からジェットを出すイメージをした。体中の力を足の裏に集める。しかし特に何も起きない。どんどんと地面が近づいてくる。もうぶつかる!やっぱり自分には無理なのか-。少年は思わず目を閉じる。


「お願い!助けて!」

 叫び声の中で、少女の声が聞こえた気がした。


 数瞬の後、叫び声が止み、辺りに静けさが広がった。しばらくして、少年は恐る恐る目を開ける。そこには。

 空と大地が広がっていた。


「飛んでる...。俺、飛んでるのか...。」少年はただただ眼下に流れる木々と遠くに見える空を見つめていた。そして少し遅れて体中から湧き上がるものを感じた。

「やっっっっった!!おれ、と」

「うるさい!」少女が頭を叩く。

「いった!」少年は痛みを訴えた後、なんだかこらえきれなくなって笑い出してしまった。

「ははっ、めちゃくちゃだ。なにもかも。」

「なに笑ってんのよ、急いで!」

「はいはい。」


-そして現在。

「...。」

 少年と少女は割れた窓ガラスとともに教室の床に立っていた。着地できたこととけが人がいなかったこと(少年以外)は奇跡といってもいいだろう。

 だが、それ以外はまさに。


「最悪だ...。」


 モース・グリットルは壇上でそうつぶやいた。

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