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 アンネ村のある家にて。

 降ってきた雨に不満を言いながら、エプロン姿の女が干していた服を家に片づけていた。

「まったく、さっきまでいい天気だったのに急に降ってきて。困っちゃうわねぇ。」

「だから言ったろう。今日はやめといたほうがいいって。」

 夫と思われる人物が奥から声をかける。

「そういうなら少しは手伝っておくれよ!」

 そう怒鳴ると夫は黙り込んでしまった。

「まったく。」

 そういいながら女はシーツを急いで家にしまう。

 すると家の先に誰かいるのが見えた。雨でだいぶ濡れているようだ。

 女は不思議に思いながら声をかける。

「あんた、なんでそんなところに立ってるんだい。そのままじゃ体を壊しちまうよ。」

 その人物は動かずに呆然と立っていた。

 女はシーツを家にしまい、気味悪がりつつもその女-立っていた人物は女だった-に近づいた。

「ちょっとあんた、用があるなら-。」

 そこでエプロン姿の女は声を止める。その顔に見覚えがあったからだ。

「あんた...モース...なのかい?」 

 モースは顔をあげた。

「...ただいま。」

 彼女は雨に打たれながら、久々に家へと帰ってきたのだった。


「まったく最初は誰かと思ったよ。ずぶぬれで立っているもんだから、私はてっきり幽霊でも出たのかと。」

「何を言ってるんだお前は。」

「そういうけどねあんた。こっちが声をかけたって、ちっとも答えやしないんだから。」

 そう会話をしながら夫婦は、モースの母と父は楽しそうに食卓の準備をしていた。

 モースはそれを遠くから見ていた。

 何もかもが懐かしかった。帰ってきたのだと思った。

「もうちょっと待っててね。すぐにあったかいスープを用意するから。あ、あと着替えね。そんな恰好じゃあ風邪をひいちまうよ。いまあんたが来ているような良い服はないけど、あんたが置いてった服ならあるから。」

「それじゃあサイズが合わんだろう。」

「いちいち文句をつけるんじゃないよ。あんたもさっさと準備を手伝ってちょうだい。」

 母がそういうと父は仕方なくという感じで席をゆっくりと立った。

「とにかく、おかえり、モース。」

「...うん。」

「さ、とりあえずスープができたから。お飲み。」

 母がそういうと、父がどこからか椅子を持ってきてモースの前に置き、座るように促した。

 モースは言われるがままに座り、スプーンで皿からすくって口に入れた。

 それは、懐かしい味だった。

 彼女は長い間、人の多い学園街で暮らしてきた。当然、そこにはおいしい料理の店もたくさんあって、モースはそこでいろいろな料理を食べてきた。

 きっと、このスープはそのどの店よりも味としては劣るのだろう。

 でも、それでも。


 彼女にとってはたった一つの、故郷の味だった。


「...わたし...あのね...。」

「うん?」

 母が優しく聞き返した。

「...私、取り返しのつかない...ことをしてしまって...。」

 彼女は言葉に詰まる。

「もう...どうしたら、いいのか...。」

 二人は黙って聞いていたが、しばらくして母親が言った。

「とにかく、今は食べなさい。話はその後。」

「...。」

「あと着替え持ってくるから、スープ飲んだらとりあえず着替えちゃいなさい。いいね。」

「...うん。」

「あんた、着替え持ってきてちょうだい。」

「おれがかい?」

「あたしは今料理作ってるんだから手が離せないでしょうが!」

 モースはそれを見て、小さく笑いながら、くしゃみをした。

 

 体をタオルで拭きながら、モースは考えていた。

 自分は取り返しのつかないことをしてしまった。

 団長から聞いた話では、自分があの機械に乗っていた時、あの少年の叔父の命を奪ってしまったのだという。正確には少年が叔父さんと呼んでいたアルスを破壊した、ということらしい。

 アルスに記憶があるということ、そして、そのアルスと知り合いだったという少年の話は驚きである。

 今までそんな話は聞いたことがなかった。しかし、それが真実かどうかはおいておくとしても、あの少年の様子。自分が、彼の大事なもの破壊してしまったのは事実だろう。自分の意識がないとはいえ-。

 久々に家に戻ってきて、両親のやさしさに触れて。

 彼女は、奪ってしまったものの重さを思った。

 

 服を着替えて居間に戻った。

 そこには質素だけれども暖かみのある料理が用意されていた。

「お前が好きなものを用意したよ。食べておいき。」

「...ありがとう。」

 彼女は答えた。

 食事中は母がしゃべり父がそれを聞くという、モースにとっては変わらない日常であった。

 ただ、心なしか、少し張りつめているようにも見える。時折、何とも言えない気まずい沈黙が流れるのがその証拠だ。

 さっき自分があんなことを言ったからだろう。しかし、全てを話すわけにはいかない。話がすこし込み入っているのもあって彼女は何というべきか考えていた。

 その様子を見て、母親が見かねたように言った。

「...あんた、もし辛かったらね。こっちに戻ってきてもいいんだよ。」

「...。」

「確かになんにもない町だけどね。とりあえずやってはいけるさ。私たちがなんとかこうしているぐらいだもの。」

「そうだな。」

「あんたはもう少し頑張んなさい。...だからね。もし向こうの生活が辛いんだったら-。」

「ううん。お母さん。」

 モースは首を振った。

「そうじゃないの。...詳しくはいえないけど。私は取り返しのつかないことをしてしまった。だから、せめて自分にできることをしなくちゃいけないと思うの。だから、例え少しぐらい辛くたって、逃げるつもりはないわ。」

「でもねぇ...。」

 母は心配そうな表情をする。

「それにね。これは、私の恩返しでもあるのよ。」

「恩返し?」

「そう。助けてもらった恩は返すもの、でしょ?」

 それは昔から母が言っていた事であった。

 母は、娘の顔を見て、しぶしぶといった感じで息をはいた。

「...そう。あんたがそこまでいうなら無理にとはいわないよでもまた辛くなったら、いつでも戻っておいで。こんなものしかだせないけどね。それでもよければいつでも待ってるよ。」

「とくに用がなくてもな。」

「うん、ありがとう。」

 少しだけ、張り詰めた空気がゆるんだような、彼女はそんな気がした。

 

 その日の夜。

 モースは家に泊まることになった。

 一応キャラバンに助けられた身ではあるので、団長にも話しておいた。

 わざわざ伝えに来てもらわなくてもよかったのに、と団長は言っていた。しかし連絡は大事だ。逃げだした、などと思われては困る。

 彼女は自分が出ていったままの部屋で横になり天井を見つめていた。

 この部屋は何もかも変わっていない。ほこりもなく、奇麗なままだった。きっと母が掃除をしてくれたのだろう。

 そんなことを思っていると、部屋をノックする音が聞こえた。

「モース、起きているかい。」

 父の声だった。

「どうかした?」

 モースは横にしていた体を起こして扉の向こうに答える。

 父が直接話しに来るのは珍しいことだった。父は、そのままでいい、と言って、扉の向こう側で話し始めた。

「今日のお前の話だけどな。」

「...うん。」

「夕食の時は母さんはああ言っていたけどな。やっぱり、お前を心配してたよ。お前が来た時はずいぶん辛い様子だったから。本当に、行かせていいんだろうかって母さん言ってたよ。」

「...ごめん、心配かけて。」

「いや、いいさ。子供の心配をするのが親だからな。」

 父は少し冗談めかしていった。

「...俺はお前が行きたいというなら止めはしないよ。でも、あんな顔で『行かなきゃ』なんて言われたら応援もできないさ。」

「...。」

「だから、もし本当にお前が行きたいと思っているなら。

「明日は、どうか笑っておくれ。笑って、『行ってきます』って言ってやってくれ。

「母さんのためにも、お前自身のためにも。」

「...うん。分かった。」

「もちろん、そうでないならそう言ってくれていい。大したことはしてやれないが、なんとかはなるさ。」

 ははは、とそういって父は笑った。

「よく、考えておいておくれ。」

「うん。」

「おやすみ。」

「おやすみ。」

 そういって父の足音がは遠ざかって行った。

 モースは目を閉じて考えた。

 これから自分が何をするのか。

 何をするべきなのかを。

 


 翌日。

 彼女は着替えと旅立ちの用意をして、家の前に立っていた。

 母が言った。

「本当に、行くんだね。」

 少しだけ、母は心配そうな顔をのぞかせた。

 彼女は昨日の父の言葉を思い出した。

 そして、彼女は笑った。

 母のために、自分のために。


「うん。もう、決めたから。」


「...そう。じゃあ、気を付けるんだよ。」

「はい!」

「あ、それと、これ。」と言って、母親は手紙を彼女に渡した。

「どうしたの?これ。」

 そういって手紙の封を見ると、それにはダリス・フーリア校の印が押してあった。

「...学園から?」

「実は昨日届いていたんだけれど、あんたの様子をみて渡そうか迷っていたのさ。だけど、行くなら渡しておかないとね。」

「そっか...心配かけちゃったね。」

「なに、心配するのは親の特権さ。」

 彼女は、父が同じことを言っていたのを思い出し、少し笑った。

「分かった。ありがとう。」

 彼女は笑顔で歩き出す。

「じゃあ、行ってきます!」

 今は、それは作り笑いかもしれなかったが。

 いつか笑える日が来る。そう思って。

「今度は、旦那を連れてきなさいよー。」

 母が後ろからそう言ったのと、父がそれに対して何か言ったのが聞こえた。

 彼女の頭には、なぜかあの夢で見た少年の顔が浮かんだ。

 ...何を考えているんだ私は。

 彼女は頭を振って想像を振り払った。彼女は手を振って家を後にした。


 そういえば...手紙って一体何かしら。

 彼女はしばらく歩いた後、先ほど受け取った手紙のことを思い出し、鞄から取り出した。

 そして、封を開きその内容を読んだ。

 そこには次のような内容が書いてあった。

『モース・グリットル殿。貴殿を臨時校長に任命する。

-現在ストロフ・ガーウィン校長が失踪しており連絡がつかない。そのため臨時の校長を教員から選ばなければならなくなった。慎重に協議を重ねた結果、我々は貴殿がもっとも-。』

 以下略。

 そして最後には教頭の名前が記されている。

 彼女の笑顔は、すでにどこかに消えてしまった。

 どうやら、自分はまた面倒ごとを押し付けられたようだ。

 

 彼女は震えていた。

 昨日のような悲しみや後悔からではない。

 今、彼女を動かしているのは。

 まったくもって怒りという感情であった。


「ふっざけんなーーーーーーーーーーーーー!!」


 モースは怒りに任せ手紙をバラバラに引き裂いた。


 父さん母さん。

 もう、帰っても、いいかな...。


 彼女は早くも、自分の決意にひびが入ったのを感じた。

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