21
学園にて。
校長は自分の部屋で独り言を呟きながら記録をつけていた。
「やはりあの少年は素晴らしい材料だ...。あの性能...。それにアルスとまるで血縁関係があるかのようなあの話ぶり。記憶を持ったアルスとのつながり...これはやはり...。」
「ストロフ・ガーウィン校長。」
突然声が部屋に響いた。それは温かみを微塵も感じさせない冷たい声だった。
校長は声のしたほうへ顔を向ける。
そこには覆面で顔を覆った、白い装束の人間が立っていた。
その白い装束に模様は無く。腰に帯剣している剣に紋章があるのみだった。
校長は、突然現れたその人物にあまり驚いてはいないようだった。
「教会の方が、なぜこちらに?」
「聞かなくても分かっておられると思うが。」
「いえ、あいにくと、私には身に覚えが-。」
「問答は結構。」
白装束は言葉を遮った。
「あなたは教会が定めている禁忌を犯しました。よって、これから裁きを下します。」
そう言った瞬間、白装束めがけて蜘蛛の糸が四方から飛び巻きついた。
部屋の片隅には機械蜘蛛の足に似た装置がつけられていた。
「....ふん。まさか私が何の対策もしていないと?」
「...。」
「残念ですが、あなたには死んでもらいましょう。それでは。」
校長が机の裏側をおすとその男がいた床に穴が開いた。そこに白装束は落ちていった。
そして、がこっ、という機械音とともに床が元に戻った。
「...さて、そろそろ他の場所に移ったほうがよいかな。」
「その必要はない。」
その瞬間。校長は自らの体が貫かれたのを感じた。驚いて目線を動かすと、横に立つ白装束の姿が見えた。
「...な..」
白装束は祈りのようなものを捧げる。
「罪人は裁かれました。彼の罪をお許しください。来世ではまた白き魂として生まれることを。」
白装束は剣を校長の体から抜いた。校長は床に倒れ、そのまま息絶えた。
すると周りから何人かの白装束が現れ、遺体の痕跡を処分し始めた。
校長を刺した白装束は机の上に目をやる。そこには書きなぐったメモが散逸していた。
そして白装束はそこに、少年と少女の名前を見た。
「...。」
白装束はその名前を見つめた。一体どんな表情を浮かべているのか、覆面の上から伺い知ることはできない。
しばらくの後。
その部屋には静けさだけが残された。
まるで最初から、誰もいなかったように。何も起きなかったように。
3日後。
モースは夢を見ていた。
何かに閉じ込められて苦しんでいる夢。このままでは自分は死ぬ。なぜだか分からないがその中で彼女は苦しんでいた。辺りは暗く何も見えない。
その時、暗闇の中に光が差した。そして暗闇のガラスにひびが入り、砕けた。そこから暖かい手が伸び彼女を暗闇の中から救い出す。
その手の先にいたのは-。
モースはベッドで目を覚ました。体を起こして辺りを見回す。彼女はしばらく、一体自分がどういう状態だったのかよくわからないでいた。頭がぼんやりしてうずくような痛みを感じる。それに、体もだるい。何があったのかうっすらと記憶をたどる。
確か...学園で校長に連れられて、地下室のようなところに行って...
「お、目が覚めたのか。」
部屋のドアの方から声が聞こえた。そちらを向くと一体のアルスが立っていた。
「ちょっとそのまま休んで待ってな、今団長を呼んでくる。」
そのアルスはすぐに部屋を出ようとする。
「ちょっと。」
モースは思わず声をかける。
「ん?なんだい。」
アルスが返答する。モースは普通に人間のようにふるまうアルスに戸惑いながらも尋ねた。
「ここは...どこなのかしら。」
「ん?あぁ。ここは、アイネ村っていうところさ。」
モースは、それを聞いて驚いた。
アイネ村。それは、彼女の故郷の名であった。
彼女は窓の外を見る。確かによく見れば、そこには見覚えのある風景が広がっていた。
自然に囲まれた町、といえば聞こえはいいが。何の変哲もないただの田舎町である。ここが嫌で飛び出して学園に入ったのがずいぶん昔のように感じた。
実際、この町を出てから何年が経っただろうか。両親とは手紙のやり取りだけでもう長い間顔を見ていない。そのうちに帰ろうと思いつつ、なんとなく機会を逃していた。
もしかしたら、無意識のうちに避けていたのかもしれない。まさか、こんなタイミングで帰ってくることになるとは。彼女はしばらく窓の外に広がる景色をただただ眺めていた。
するとノックの音が部屋に響いた。
「はい。」
返事をするとドアが開いた。そこには鎧を着けたいかめしい人間が立っていた。
「初めまして。モース殿。私はカミールと言います。」
その男は礼儀正しく名乗った。これが先ほどのアルスが呼んでいた団長だろうか、とモースは思った。
モースはカミールと名乗った男から自分がキャラバンを襲撃してきた機械に乗っていたこと、少年がそれを撃退し自分を助け出したことを聞いた。
彼女は話を聞いているうちに、うっすらと自分の記憶を思い出した。そうだ、確かに自分は機械に乗った。あの少年を捕えるために。
「一応、あなたからも話を聞かせてもらってもいいだろうか?」
団長は一通り話終えると、彼女にそう質問をした。
そこには若干の警戒の色が見えた。
自分は疑われているのだ、と彼女は感じた。それも当然だろう。実際のところ、襲われた機械の動力を担っていたのは自分なのだから。
「もちろんです。...ところで、例の少年はまだここにいるのかしら。」
「...。」
団長はそういってすこし考えてからこう言った。
「一応、あなたの話を聞いてからそれにはお答えしましょう。」
「...そうですか。」
「それに...今はあまり会わないほうがいいでしょう。」
その声の響きにモースは何か嫌なものを感じ取った。
「...よければ、理由をお聞きしても?」
「それは。」
団長は少し話すのをためらったように見えた。
「まぁ、順を追ってお話ししましょう。幸い、今は急いではいません。まずは、あなたのお話を聞きましょう。」
外ではいつの間にか雲が空を覆い、雨の気配を感じさせた。
村の中心から少し離れたところにて。
少年は石の前に立つと、それに花を添えて、手を合わせた。
「またここにいたのね。」
後ろからリリアが声をかける。
「あぁ。」
少年は答えた。少女も墓に花を添えた。
「あなたの世界ではこの石がお墓になるのね。」
「まぁそうだね。おじさんがどういう宗教だったのかよく知らないし、本当は線香とかあるといいのかもしれないけど。」
「せんこう?」
そう聞き返されて、少年は困った顔をした。
「うーん、なんといえばいいのかな。変わった香りのする、棒...?」
「なにそれ。」
「俺もよくわかってないけど。それをお墓の前に置くんだ。」
「ふーん。」
「それで手を合わせるんだ。こうやって。」
そうして少年はまた目をつぶって手を合わせた。
少女も見よう見まねで手を合わせる。しばらくそうして二人は手を合わせていた。
「...俺さ。あんまりおじさんと仲が良かったわけじゃないんだ。」
「...。」
「子供のころはそんなことなかった、と思うんだ。よく遊んでくれた覚えがある。でも...。
「まぁ、ある出来事がきっかけで、あまり、というかほとんど話さなくなったんだ。それがずっと続いて、結局それっきりで。
「でも、こっちの世界に来て久しぶりに話してみて。なんというか。嬉しかったんだ。自分と同じ世界を知っている人がいて。」
「...そう。」
「うん。でも、結局、あんまり話せなかった。もっと、聞いてみたいこととかあったんだけどさ。」
「...。」
「ごめん。なんか変な話した。」
「ううん。別にいいわよ。」
二人はそうして、しばらくそこに立っていた。
そこへ後ろから近づく足音が聞こえる。リリアはそれを聞いて振り向いた。
「!」
リリアは驚きと不快感を示した。
「-あんたっ。」
その視線の先には、モースが立っていた。
「...。」
彼女は黙って立っていた。
「一体何しに来たのよ、あんた。こっちはもうあんたたちなんて-」
「リリア。」
少年は、自分を守るように前に出たリリアを制して、モースのほうを見た。
「...なにか、ありましたか?」
彼女はしばらく黙った後、そうね、と言った。
「私は、あなたに謝りに来たの。」
「...」
「私は、あの機械に乗って、このキャラバンを襲った。そして...あなたの大事な、人を死なせてしまった。」
彼女はそこにあった墓を見つめた。
「なにを言ったところで今更でしょうし、許してほしいとも思っていない。でも。」
本当に、ごめんなさい。彼女はそういった。
少年はそれに対して言葉を返す。
「...あなたは悪くないでしょう。きっとあの校長が指示したこと、なんですよね。」
「えぇ。でもそれは-。」
「それなら、いいんです。あなたは、悪くないんだから。」
少年は言葉を切った。地面にははぽつぽつと雨の跡が見え始めた。
「そう...。
「これは。償いにもならないでしょうけど。これからは学校があなたたちに関与することはないわ。私がそうさせない。もちろん校長にもね。」
「当たり前でしょう。」
リリアははき捨てるように言った。
「えぇ、そうね...。でも、それだけ伝えておきたかったの。」
モースはそういって少年の顔を見た。
最後に。
助けてくれてありがとう。
そう言って、彼女は去っていった。雨は徐々に強さをましていく。
「...まったくなによ、あの教師。言いたいことだけ言って。」
リリアは不満げな顔をした。
「なんかあんたも言ってやったらよかったんじゃないの?」
「俺は...別に。」
「そう。」
「でも、よかったよ。」
「なにが?」
「俺にもだれかを助けられたんだなって分かって。」
「ふーん、そう。」
リリアはなんだか不満げだった。
「なんだよ。」
「なんでもないわよ。」
「?」
「いいわよ。もう、戻りましょう。雨も強くなってきたし。」
「うん、そうだな。」
二人はぬかるんだ道を歩きながら村へと戻っていった。