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目の前には見知らぬ少女がいた。
彼女は何か杖のようなものを構えてこちらを呆然とみている。
二人の目があった。しばらく沈黙が流れる。
「...どうして...。」少女がぽつりとつぶやく。
「これ...じゃあ...」
そこまで話すと少女は体から力が抜けたように倒れそうになる。
「うおっと。」とっさに少女を支える形になった。自然と少女の顔を見る。白い肌をしていた。ただ白い、というより青白いという方が近いだろうか。あまり健康的とは言えないようだ。どうやら少女は意識を失ったようで、目を閉じている。呼吸の音だけが部屋に響く。
一体何がどうなっているのか。ひとまず近くにあったベッドらしきものに少女を横たえ、冷静に状況を考えようとした。見慣れない部屋、見慣れない人。よく見れば着ている服も自分が見慣れている物とはずいぶんと違う。なんというか、古めかしい。いわゆる魔女という奴だろうか。見れば少女は杖のようなものも持っている。それに帽子も...と少女の顔の部分に視線を移す。ふと、彼は自分がベッドの上に無防備に少女を寝かせていて、それをじっと眺めているという状況に気づいた。辺りには誰もいない。急に落ちつかない気持ちになってきた。心臓の鼓動が早まる。とっさに胸のあたりを抑える。そこで彼は、当たり前のことを認識した。
「まだ...動いている。」
もう充電がされないはずの心臓が、いままでよりも力強く脈打っている。それは、まるでいままで死に向かっていたはずの鼓動が突如生きようとする意志をもったかのような。それは少年にとって初めての経験だった。
見慣れない部屋、見慣れない少女。そしてもう動かなくなるはずだった自分の心臓。彼は、ベッドの上で横になっている少女がまだ目を覚ましそうもない様子をみて、溜息をついた。外はだいぶ暗くなっていた。
「とりあえず朝まで待つか...。」
今夜はどうも、眠れそうにない。
トントントン-。
少し遠くから、小刻みな音が聞こえる。同時においしそうな匂いが鼻をくすぐる。
少女は音と香りに目を覚まし、ぼんやりとして台所の方を見る。
そこには男が立っていた。
「おにいちゃん...?」
男が声に気づきゆっくりと振り向く。それは見知らぬ少年であった。
少年と少女は目を合わせた。しばらく沈黙が流れる。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
少女は錯乱した様子で手元にあった杖を少年に向け、途端に杖の先が輝きを増す。中央に目に見えない力が集中する気配がし、何かが今にも炸裂しそうである
「え、ちょ、ちょっとまてまてまてまー」
「消えろ泥棒ーーーーーーーー!」
杖の先から電撃がほとばしる。それは光の奔流となって少年にまっすぐ向かう。
「うわっ?!」
少年はとっさに両手を顔の前に交差させる。哀れ少年が電撃で消し炭になるか-。
そう思われた瞬間、電撃は少年に吸い込まれるように消滅した。
「あれ...?」少年は自分の両手を見、体を見まわした。特に怪我はしていない。痛みも特に感じなかった。少女は今目の前で起きた現象が理解できず、驚いた表情をしている。次第にその表情は驚きから恐怖に変わり震えだした。
「そんな...私の雷が...。」そういって膝から崩れ落ちる。
「こんな泥棒に無効化されるなんて、やっぱり私って、才能ないんだ...。」
「あの。」
「もうおしまいだ。きっとこのまま泥棒にもてあそばれて殺されるんだ。」
「ちょっと。」
「なんてかわいそうなの私って...。」
「おい。」
「なによ。人が感傷に浸っているっていうのに。邪魔しないで。」
「めちゃくちゃだ...。」
少年は一度咳払いする。
「あー、俺は泥棒じゃない。そもそもここに来たのは-。」
ぐぎゅるるるるぅぅ。
少女はハッとして自分の腹を抑える。少し顔が赤いようだ。
少年は深い溜息をついた。
「とりあえず、食べるか...。」
辺りには湯が煮える音と料理のいい香りがするばかりである。