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「僕も雨は好きだけど。なんで好きなのかは分からないな」
「雨も滴るなんとやらってやつ?」
「はは……そんなわけ」
私が自己侮蔑のように都琉の冗談を笑い飛ばして、飲みかけのアイスコーヒーで言葉尻を濁すと、都琉も無言で微笑してストローを咥える。まさか私が雨の冷たさに死を連想する異常者だとは思いもしないような、いかにも幸せそうな満ち足りた顔をして。
「都琉さんは別の映画館で観る気にはならんの? あんな汚い映画館より、すぐそこに広くて綺麗な映画館があるのに」
私は窓の外を見遣った。
私の薄ら訛りのようにくぐもった空の下に、百貨店とその立体駐車場が、普段は騒がしい雑沓に占拠されている街路に透明な影を落としている。そこにはおそらく生活に必要なものなら何でも揃っている。お洒落な服だって可愛らしい靴だって、新刊の雑誌だって綺麗な映画館だって。何より私のような、平凡で消極的で、人の目を避けずにはいられない人間と一緒でなくてもよい、輝かしく満ち足りた幸せが。
……私は友人と一緒にあの眩いばかりの街中を歩くような平素な高揚感を、ついぞ味わうことは無いだろうし、願いもしない。