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彼女が落とした財布を私が拾ったことがきっかけで、私たちは休日に度々あの古臭い映画館で顔を会わせると、挨拶代わりに会話をするようになって、それが今では互いの一番の趣味の映画について深く語り合う関係になった。
ただしそうそう私が映画、もしくは他の何かについて他人とそのように語り合うこともない。というのも都琉の家系に映画・美術関係者が多いというのが、彼女の映画好きに特別なこだわりを置いていて、それが新喜劇のものまねと中学生男子の猿まねの差も分からないくらい無粋な同級生たちとは比較も出来ないほど私を飽きさせないのだった。
彼女にとって映画とは、単なる趣味にはとどまらない。映画監督でワイン評論家のブルゴーニュ・フランス人の祖父、フランス・パリの元舞台女優の日本人の祖母、その血を引く映画脚本・演出家の父、そして日本育ちで映画美術監督のドイツ系の母、この四人の背中が歩んできた人生がいかに大きな影響を彼女に及ぼしたか。
それ自体がある一つの巧緻な芸術作品のような血脈に宿命されたかのように、彼女は尊敬する父と同様、将来は脚本家として大成することを夢見ている。