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谷底から覗き上げるような空は白く淀んで、霧か雲かも分からない鬱積した何ものかに、岩山のようなたった三棟の低層ビルの狭隘が、巻かれるように覆われて見える。
「画になるなぁ」
「画? 雨が?」
「うん。雨の匂いと、雨の降る音が好き。こんなに優しい雨なら傘なんていらないって、思ったことない? 肌にしみる匂いと温度、足元を撥ねる透明な色彩と音楽。……素敵じゃない?」
海のように深い蒼色の瞳。海草のように緩く癖のある豊かに伸びた黒髪。
清らかな水との交わりなくしては地上に居続けることが出来ないような繊細なそれらが、沈静な湿度によって艶と潤いを増しているように思えた。