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窓寄りのテーブルの上にアイスコーヒーのグラスが向き合って二つ。街角に降りしきる穏やかな雨足が、雨樋を伝って地面を踏みしめると、グラスに浮かぶ氷が揺れて甘苦い芳香を匂わせる。
ふいに金細工のドアベルが鳴る。レインコートを着た暗い顔が、咳払いをして店を出てゆく。すれ違いに入ってくる冷めた顔が、黒いこうもり傘を閉ざして雫を払う。その一連の仕草が、玄関マットに幾重の染みを残した。季節は梅雨である。
「雨の匂い」
都琉は高い鼻先を仔犬のようにひくつかせ、アルバート・ビアスタットの渓谷画でも鑑賞するかのように、感慨深い眼差しで窓ガラスの遠くを眺めた。