92
かの女性――以後私の休日の話し相手となる新木都琉は、普段の彼女の穏和な性格からすれば、ことのほか焦り切った顔をして私に駆け寄ってくる。私が素早く財布を差し出すと、都琉はそれをまるで他人の所有物のように丁重に受け取った。私の手元に差し伸ばされた、磯巾着のように心穏やかにゆらゆらする指先に縁取られた爪から、あのオー・デ・コロンの微かな芳香が漂ってくる。
「ああ、やっぱり。これ、私が落としたお財布です。よかったぁ。ありがとうございます。本当に助かりました」
都琉は財布を確認しながら、取り乱した人間のそれのように、奇態な饒舌さをもって私に感謝を伝え、ひとまず心配事が解決したと見えると、瞼を伏せて、まるで洗礼を受ける産まれたばかりの我が子を抱く聖女のように、優しげな・愛おしい顔になった。
「さっき劇場でこれを拾ったので、今ちょうどあそこに届けようと思ったんです」
私は他意なしに、受付を目で示すようで、しかし実際は都琉から目を逸らした。何にも増して彼女の顔を見続けていることが、何か必要以上に躊躇われたためである。私の視線は意識的にそれから逃げたと言ってよかった。そして逃げた先で目の合った、受付窓口の向こう側の、気だるい目をした、中年の小肥りの、えらの張った四角い顔の女が、これを甚だ鬱陶しそうに、目を逸らした。
⁂