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分厚い扉を肩で押しながら、もぎられた半券の座席番号を見た。43とある。私はその座席まで行って、それからその席と同じ列に誰もいないのを確認すると、一つ隣の44番の座席に着いた。
今まで何度かそういうことをしてきた。特になんの意味もない。ただ少し、こういう小さな悪戯をするのが楽しいと思える年頃なのである。構いやしない。どうせ誰も来やしないのだ。この一年間毎週のように通い詰めて、館内の構造どころか劇場内にある全八十座席分の座席番号の配置すら正確に覚えている私が、今まで一度も、その四分の一も埋まっているのを見たことがないくらいには、この小劇場は閑散そのものとしているのである。
スクリーンに映画広告やら盗撮禁止の注意が次々流れてきて、じきに天井の燈火が落ち、静かな安らぎの闇が広がる。
座席に深く腰を沈める。シートクッションが痛んでいて僅かな不快を覚える。幕開ける大画面に集中する。不快などすぐに忘れられていなくなる……普段と何も変わらない、忽然と始まり忽然と終る、無辜の喜びに私は浸る……そのはずだった。
「あの、座席、間違えてませんか?」