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思えばあの火事の夜以降、読経の習慣は消えたし、数珠の着用は必要無くなったし、不思議な概念図も聞かされなくなった。さらに嬉しいことに、両親は共にあの火事の時に負った生々しい火傷の跡が二度と癒えないことを医師から宣告されたときに、少しは信仰を諦めたらしく、何事もない平凡な日々をより慈しむようになった。
だがそれでもなお、朝な朝な地鳴りのように大きな念仏が、二階の床下を這いずるように聞こえてくるたび驚いて目を覚ます。そのような生活を、果たしてどれだけの人が我慢できるだろうか? 一人になった今でさえ、私はあの念仏の幻聴が聞こえて飛び起きることがある。
目を閉じてみる。自分の心音と呼吸が聴こえる。暫くして目を開けてみる。暗がりの中に、条坊の刻まれた天井から傘のついた電球が下がっている。窓から射す夕日は知らないうちに弱陽になった。そろそろ灯りが必要な時間だと気付くのと同時に、玄関に放り出したままの買い物袋を思い出して、私は起き上がった。