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月光をためた日本海の海原のような白銀の雪景色の遥かな間隙に、眩しい漁火のような赤い炎の先が見えて、そこから雪雲たなびく夜空に相見えようとばかりに、白い狼煙が龍神のように昇ってゆくのが見える。
あの狼煙が、行き先の菩提寺の篝火の目印である。遠くからでもそれがはっきり分かる。田舎街の夜である。
年末になると毎年必ず決まった場所で焚かれる篝火には、約千年の祭祀的歴史がある。来年の福を願い、今年の厄を祓うための神聖な拝火の伝統である。その聖なる炎で雪洞を灯した街の人たちは、請けまわりの町内会の催しの焼き鳥と甘酒を手に、定番のウィンターソングを歌いながら、盛大な無礼講の夜を明かすのだが、しかし私は、いかにも屈託のない子どもらしく、その愉楽の後夜祭の輪の中へ混ざり込もうなどという気など、微塵も覚えたことがない。
私はこの時にはもうすでに、雑沓に安心を見出すことが出来る人種ではなかった。そういうときの、他人の幸福な顔に自分の幸福を見出すことができる人種ではなかったのである。