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喜子は甘んじて言うことを聞くような様子は見せなかった。そもそも他人の言うことを、自分はそれが厭なのにどうして聞かねばならないかもまだよく理解していないのである。
母は喜子の成長の一端を愛おしく思う一方、最初の子育てでアレルギーになった幼児の聞きわけの悪さに構っているうちに、段々と、その病人のような顔に、実に薄っすらと軽蔑の気配が浮かんできたのが私には分かった。これは私が最も恐れる母の顔の種類のうちの一つである。
「……しーくん、お父さんとお母さん、少し向こうに行くけど、着いてくる?」
「ううん」と、私は首を横に振った。そう答えろと言うような母の恫喝まがいな低く呆れた、喉の奥で形の悪い小石を転がしているような声だった。
「じゃあ、きーちゃんとここで待っててね」
母は住職と、不倫の最中にある男女がするような目配せを交わして、そう私に言いつけた。「本当にいいのか?」と父が能天気に私に聞いてきた。母はまた一瞬あの恐ろしい顔をした。私は父に、何か最期に言いたいことはあるかと問われた冤罪凶悪殺人犯のように、無言で首を横に振った。