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三歳になったばかりのまだまだ好奇心旺盛な喜子は、今自分が見知らぬ街、見知らぬ場所、見知らぬ人々をさすらいに来ているのだということ、そういった経験が後々愛娘の社交の足掛かりになることを両親が期待していることを、あやふやに理解しながら、それでもまだまだ仲の良い兄といつもそうやって遊んでいるように、手つなぎするだけで楽しいらしい上に、一人で放っておくと、移り気の激しいために、あちらこちらへふらふらと、不安など微塵もない楽しそうな顔をして歩いていってしまうので、それがまだ両親にとっては幸せな不安の種である。
順路通りに境内を一周し、境内を囲む鮮やかな紅葉色とは対照的に質素な佇まいの伽藍、坊主頭の若い修行僧たちの厭世な生活を見物したのち、本堂での記念撮影の流れで当寺の住職を訪ねた。
私たちの両親は懇意の菩提寺の住職を頼ってあれこれを手配してもらい、まさに今日、待ちに待った当寺の秘蔵物への謁見を許されたのである。両親の旅行の本当の目的は、結局のところこれに尽きた。