183
私は雨に一人取り残されて、また正気を忘れたかのように暫く茫然として、それから、やっと思い出したように、その証拠の残っているはずの唇に触れてみるも、やはりただただ痛感した。そこになんの肉感も、感動も、興奮も、僅かすら残っていないこと、そして今最も固形になるべき部位に、なんの鋭い感覚もないことに。
今度は私がその場から逃げ出すように、アパートへ向かって一目散に走り出した。分かりきっていたことをこうして改めてはっきりと知らされる苦しみから、私は今すぐ逃げなければなかった。
玄関に駆け込んですぐ、私はバスルームの洗面台に全てを吐き出した。あの初めての経験と思い出を、喉元にこみあがってくる胃酸の渋みやコーヒーの苦みと一緒に吐き続けているうちに、だんだんと、私は気が違ってくるようだった。
――やっと分かったかい? それが君だよ。君という怪物だ。ああ、それにしても驚いたね。あんな初心な子が、まさかあんな大胆な奇襲を仕掛けてくるなんてね。それで君はあの子にまさか本当に恋をしていることにやっと気付いたんだね。気付いたから、そうやって全部吐き出すんだね。そんな自分が気持ち悪いものね。