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この場にいる誰一人として、このような殺人行為を続ける私を止めようとする者はいなかった。一体誰が私の本性に気付けるだろう。私が生粋の異常者であり、その猟奇的な計画が今着々と進行しているなどと!
そこでは人間の他者に対する印象操作的な善悪判断機構が、誤って機能していたのである。まさか今私が人の命を救おうとしているのではなく、人を殺そうとしているなどと、この状況で考えられるはずもない。人間とは悲しいほどに、事実の現場を前にしたときほど盲目である。
ああそれにしても、私はきっと悪魔に違いない。今私は私の慾望を満たすためだけに、そう、自分が幸せになるためだけに、この死にかけの女を生贄にしようと必死なのだから!
私が女の死を強く願うほど、私の圧迫力は強くなるように思われた。死を願う圧の合力はその内圧と外圧とが表層と表層の接点に均等に配分されて、同時にこの圧力こそ私の雄々しい一部位に触れ難いほど熱い血潮を漲らせてくる! ああ、幸せだ。私は今計り知れないほど幸せだ!
止めとばかりに女の胸を潰しかねないほどこれ以上ない強さで圧迫しかけた、そのときである。
「善生くん、善生くん! 息が……息が戻った。戻ったよ! ……」
気の毒な金魚のビニール袋をアスファルトにぶちまけた都琉のひっきりなしの報告が、私の努力を一瞬で水の泡にした。
「そう……か」と私は心なし顔に血の気が戻ったように見える女の胸部から手を離し、人が変わったように、いかにも一仕事終えた外科医のように安心し深呼吸をする。