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二
弱々しい夏逝きの夕日が、玄関扉の銀の取手にしがみ付いて光っていた。息苦しい夏の汗ばんだ風が、網戸の細かい網目を通り抜けて、薄い浴衣からその下の肌着まで、染入るように手足にまつわりついてくる。
喜子に言われるがまま無理矢理百貨店の夏服売場で買わされた、慣れない夏衣装に戸惑いながら、私はアパートを出る支度をする。
さて持ち物は最低限に済ませるのが私の外出の決まりである。使いふるしの長財布、内臓疾患者の肌のように色変わりしたアパートの鍵、充電が長持ちしない型落ちのスマートフォン……それからこれらにやかましい喜子が加わるはずだったが、その本人はつい一昨日になって、「中学の友だちと県南のT市内の花火大会まで遠出することになったから、そっちは二人で楽しんできて」などと急に連絡してきて、するときっと今頃は、今年一番はしゃぎながら、百貨店で私に買わせた新しい浴衣を、友人たちに喜んで披露していると考えると、私は無性に子どもっぽい苛立ちを感じた。