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もしこれに私の唇が触れたとしたら、そのとき、そしてそれから先、一体何が始まってしまうのだろう――倒錯者の私ですら、それには思わず目を奪われ、何かが裡で揺れ動かされるような気分がする。
すると都琉は、この瞬間、私にとって一つの衝撃そのものへと昇華した。頭が焼けるように熱い。目頭に血流が滲む。
「……危なかったね」
深い藍色の瞳が動揺しながら月の光に感光したように輝くのを、私は釘で額を打ちとめられたように見逃さず、都琉もまたそうしながら沈黙を選び、その瞬間をもって私たちの間にはある一つの無言の了解が成立した。
ただここで信号機が青に変わると、都琉ははっとしたように逃げ腰に身体を縮こまらせて横断歩道を渡る。それを見て私は白昼夢から醒めたかのように、冷却されたように冴えわたった。そうしてただ都琉を追う。
都琉はもはやあからさまな動揺を濁すように語調を整えて、
「……ねえ善生くん。わたしの脚本、もうすぐ完成するから、絶対最後まで読んでね」
「脚本? ……ああ、勿論読むよ」
「言ってなかったけど、あれ、今度新人賞の選考に出すことにしたの」